「国会抜き記者会見」を首相の「道具」にするな

    2017/09/22

     安倍首相は、どうやら臨時国会を開くと見せて所信表明もせず、質問も受けないまま25日の記者会見で解散を表明、自分勝手な「争点」や「公約」をぶちあげて、「朝鮮危機」を煽り、総選挙で票をかっさらおうという魂胆のようだ。
     この記者会見の方式、国会では説明せず、メディアを自分の伝声管として使うという政治手法をメディアは唯々諾々として受け入れるのだろうか?
     このやり方、読売と「改憲集会」という自分の好きな場所で「9条自衛隊改憲論」をぶち上げ、国会での説明を拒否したやり方と全く同じ。メディアは結局、首相のいいなりにその主張を伝え、首相の発言を既成事実にした。政治はその方向で動いている。
     今回、メディアの多くは「大義なき解散」と解散を批判しているが、一方で、自民党が当然先行する「公約」や「争点」を紹介し、野党の主張はその補完物になってしまっている。果たして、これでいいのか? 
     メディアは「事実」を報じなければならない。しかし一方で、その「効果」や「影響」がどうなるかも見定め、必要な評論や、別の事実を紹介しなければならない。メディアは結果的に、首相の勝手な「道具」にならないための工夫をしなければならない。
     ここであえて、提案したい。この際、メディアは、首相会見は取材はしても、当日、即時の報道は控え、野党党首にも同様に記者会見を求めて、翌日あわせて掲載することで、「大義なき解散」への姿勢を見せられないか。
     佐藤首相が退任記者会見を誰も居ない会見場のテレビの前でしゃべりまくった記憶、環境庁(当時)の記者クラブが石原慎太郎長官の閣議後記者会見を何ヶ月か拒否した記憶がある。どちらも、約束違反や説明拒否を怒った記者たちの行動で、国民の「知る権利」には何の障害にもならなかった。
     この際、メディアはこの首相の会見の「道具化」の姿勢に抗議する意思を明らかにし、野党は揃って党首が記者会見し、メディアに同等の報道を求めるべきだ。国会召集の日の紙面を勝手な記者会見で覆わせてはならない。