主権者はだれ?憲法53条問題再考

    2017/12/15

     いよいよ今年も残りわずか。忘年会の酒席で、知人がぼやいていました。「メディアはなぜ、安倍政権の憲法53条違反をもっと大騒ぎしなかったのか」。南スーダンPKOでの日報隠蔽、共謀罪の強行採決、森友・加計問題での文書の廃棄・隠蔽など、安倍政権下で次々と民主主義の劣化を象徴するような問題が起きましたが、年の終わりにもう一度、憲法53条問題を考えたいと思います。主権者である私たちが問われているからです。
     53条はこう定めています。内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」
     あえて繰り返ししますが、臨時国会の召集を求められると「決定しなければならない」と義務づけられているのです。ところが、安倍政権はこれを平然と無視した揚げ句、大義なき解散に踏み切り、憲法改正のアクセルを吹かせています。憲法無視の政権に憲法改正を論じる資格がないのはもちろんですが、ここで考えたいのは、53条違反を結果的に許してきた国民とメディアの責任です。
     政府が憲法違反の行為をすれば、裁判所に訴えるというのが一つの手ですが、日本にはドイツのような憲法裁判所がなく、53条違反を裁判で問うのは難しいとされています。また、憲法7条による首相の解散権の行使の是非がかつて争われたことがありますが、「高度の政治性」を理由に裁判所の判断の枠外とされてしまいました。
     つまり、今の日本の三権分立の仕組みでは、安倍政権のような一強体制ができあがってしまうと、53条違反があっても、党利党略による7条解散があっても、ブレーキをかけるものがないのです。
     それでいいのでしょうか?
     しかし、ブレーキはあるのです。主権者である私たち一人ひとりです。憲法違反を繰り返す政権には選挙を通じて退場いただき、憲法を遵守する政権に新たに国家の舵取りを担ってもらう。あたり前のことですが、この大原則を年の瀬に皆さんと確認したいと思います。そのためにはまず、記者たちに憲法リテラシーを高めていただきたいと思います。
     では皆様、よいお年をお迎え下さい。