まるで“ヘイト司法”ではないか

    2017/09/15

     これではまるで“ヘイト司法”ではないか。そう思わざるを得ないような判決が出た。日本政府が朝鮮学校を高校無償化の対象から外したのは違法として、東京朝鮮中高級学校の元生徒62人が国を相手に賠償を求めた訴訟で、東京地裁の田中一彦裁判長は9月13日、訴えを認めなかった。判決理由であれこれ並べているが、要は、朝鮮総連、北朝鮮とつながっているとして日本政府が取っている差別的措置を、「裁量」という便利な言葉で全面的に追認するものだ。その具体性を欠いた説得力のなさは、裁判官による政府への忖度と言ってもいい。
     この判決のおかしさは、もっともらしい法律論からいったん離れてみれば分かる。朝鮮学校で学ぶ生徒は日本で生まれ育ち、将来にわたっても日本に居住する。日本の大学は、日本の高校と同じように朝鮮学校の卒業生にも門戸を開いている。何よりも、在日コリアンは納税者として日本社会に応分の貢献をしている。そうした彼らが、朝鮮学校に在籍しているという一事で、日本の高校に通う生徒たちと異なった扱いを受けるのは差別と言うほかないし、その差別を是正できないなら、日本は三権分立の法治国家であることすら危うい。
     同種の訴訟は全国で5件あり、地裁判決は広島、大阪に次いで3件目。7月19日の広島地裁判決は原告敗訴だったが、同28日の大阪地裁判決は、国の政治的外交的な意見に基づく違法な処分と認定していた。その後に続く司法判断として東京地裁判決は注目されていたはずだが、マスメディアの扱いは必ずしも大きくはない。東京発行の新聞各紙では、1面で伝えたのはこの結論を歓迎する産経新聞だけ。朝日新聞に至っては、第3社会面に見出し2段、写真もなし。記事に気付かなかった読者もいるのではないか。
     名古屋地裁と福岡地裁小倉支部の訴訟がこれから判決を迎える。ミサイル発射、核開発で北朝鮮への批判は高まっているが、それとこれとはまったく別の話だ。裁判官たちが自由な心証でまともな判断を示せるような社会環境であるためには、世論の後押しが必要。そのためにはまず、今回の判決のおかしさが広く知られなければならない。マスメディアの責任は大きい。