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韓国放送メディアの新しい動き

 韓国のメディアが、また一歩先を進んでいる。昨年、韓国のメディアの労働組合である全国言論労働組合が、KBS、MBC、SBSといった韓国の主要放送局と包括的な労働協約を締結した。もちろん、文在寅政権になって初めて実現したものだ。
 その中には、以下のような項目が盛り込まれている。
 「使用者と組合は、国民の知る権利を満たし、文化水準の質的向上のために公正な放送の実現に最善を尽くす」
 「使用者と組合は、公正放送の実現のために、不当な圧力や干渉を排除し放送の独立と制作の自律性を守るために最善を尽くし…」
 「使用者と組合は、報道、編成、制作責任者の任命と評価などに、制作従事者の意見が
 必ず反映される手順と方法を定めなければならない」
 このように、国民の知る権利とメディアの独立を保障することが明記されているほかに、労働者の権利を保護する条項も合意されている。
 「使用者は、労働時間の規制と法改正の趣旨に合致しない制度を導入しない」
 「労働時間の制度改善により、組合員の賃金が下落しないよう努力する」
 「労働時間短縮のために、不必要な業務と慣行をなくし、放送、制作のシステム改善、インフラの拡充、適正な人員確保のために努力する。常時・持続業務の人材補充の際には、正規職の採用を原則とする」
 「労働時間短縮において、正規職と非正規職を差別しない」
 韓国でも日本のように非正規労働の拡大が深刻な社会問題になっているが、民主政権になって、労使が協力してそれを乗り越えようという努力が感じられる。これらは、政権交代後、放送局のトップも民主的なリーダーに交代したという効果が大きいだろう。
 振り返って、日本はどうだろうか。


日本型クーデターの悪夢

 新年のメディアは、「平成最後の初日の出」などと、春の天皇「代替わり」をショーアップする番組が多かった。安倍首相の年頭所感もまさに「都合のよい主張羅列」「モリカケ・原発言及も反省もなし」「『新時代感』出しリセット」「乏しい具体策『大言壮語」」(1月8日東京「こちら特報部」)というものだった。
 さらに安倍首相は、4日の年頭記者会見で「国会において活発な議論がなされ、できる限り広範な合意が得られることを期待する」(4日)、「新たな国づくりに挑戦する1年にしていきたい」(5日)など3日連続で改憲の執念を公言した。それだけにイヤーな気分がしてならないのは、「代替わり」を絡めた「日本型クーデター」の悪夢だ。
 安倍政権はこの6年間、結局どんな議論があっても、それを無視して、ブルドーザーのように、「壊憲路線」を進めてきた。そこで、気になるのは、安倍は参院選がある今年前半、「代替わり」も利用し、「日ソ」も、「消費税」も使って、予算が上がったらとたん、「時間がない」と高姿勢に転じ、すべてごり押しで「改憲」を進める「日本型クーデター」に出るのではないか、という「悪夢」だ。
 昨年秋の内閣改造で、自民党改憲本部に側近を送り込み、「改憲シフト」を取った安倍は、わざわざ「消費税」を予定通り増税することを強調、日ソ平和条約交渉を進めると打ち出した。新制度で外国人が入ってくるし、「G20 」や、FTA問題もある。辺野古や日韓、日朝問題もある。そんなあらゆる課題を、一挙にご破算にしてしまおう、というわけだ。
 安倍にとって、「異論」はどうでもいい。数で押しつぶせば、最初はマスコミも騒ぐし野党もいろいろ言うが、そのうち収まるから、「代替わり」の10日間の休みで、ちょっと落ち着かせ、同日選ですべてリセットすれば、問題はない。場合によっては「公明党切り捨て」も構わない。多数」だけを根拠に、立憲主義どころか、事実上の憲法破壊を進めて、「新時代」に「憲法改正」も間に合わせる。まさに、「日本型クーデター」だ。
 憲法審査会で「改憲合意」ができないことはもうわかっている。消費税を上げるにも軽減税率やカード還元などで問題は複雑になり、難しくなるばかり。だが、強引に動かして、「よくやった!」と、大向こうからの大義名分が立つのは、唯一、「一転高姿勢」で、騒然とした空気をつくり、「代替わり」で、社会が休みになるのを機会に 「新しい時代」 を演出する…。それくらいなのだ。元号が替わることで、何でも新しくなって、いいことになる、というキャンペーンが始まっている。
 「常識でいえば、安全を期さなければいけない元号や天皇が代わる年には、政治課題はできるだけ減らしておくもの。ところが、この政権は、北方領土から、北朝鮮、韓国に対するファイティングポーズなど、緊張をあおっている。かつて後藤田正晴氏は「日本人は大事なものほど、丁寧な議論をしないで、どさくさにまみれて混乱の中で決める性格がある、と言っていた…」というのは、ある「政界通」の見方だ。


辺野古、空母、クジラ〜続く憲法の危機

 師走の出来事をいくつか。いずれも「年が改まって終わり」ではない。
 2019年も憲法の危機は続く。マスメディアのありようも問われる。

 ▼辺野古埋め立て強行
 沖縄県名護市辺野古の埋め立てと新基地建設に反対との民意が9月30日の知事選で明確に示されにもかかわらず、安倍晋三政権は土砂投入を強行した。沖縄では、2月に予定される県民投票を巡り、安倍政権寄りとされる首長が不参加を表明。またも分断が持ち込まれている。安倍政権の強硬姿勢を支えているのは日本本土の住民の無関心だ。沖縄の人たちが自己決定権を手にするために、沖縄県外で、政権のお膝元の東京で、沖縄に犠牲を強いる現状へ「ノー」の声を大きくしなければならない。そのためには、沖縄で何が起きているかが知られることが必要。本土マスメディアが本土の住民に何を伝えていくかが問われる。

 ▼軍拡競争招く空母保有
 海上自衛隊の「いずも」「かが」を空母に改造し、米国製の最新鋭機F35戦闘機を運用できるようにすることが防衛計画の大綱に盛り込まれた。敵基地攻撃能力の保有が現実味を帯びる。攻撃型兵器の保有は憲法違反。中国との軍拡競争をして勝てると思っているのか。日本国憲法の「不戦」と「戦力不保持」の意味と価値をあらためて考える必要がある。空母保有とF35運用は、防衛省や自衛隊を差し置いての首相官邸の意向だという。トランプ米大統領が9月、「日本は大量の武器を買うことになった」と豪語し、自賛したのはこのことだったようだ。安倍首相はトランプ大統領と密談するたび、大盤振る舞いで歓心を買っているのか。マスメディアは内情に迫る取材を。

 ▼議論なきIWC脱退
 国際捕鯨委員会(IWC)からの日本の脱退が突然決まった。戦前の国際連盟脱退が引き合いに出されたりしているが、対話や議論を打ち切り、自国の主張を強引に実行に移す、ということではイラク戦争に突き進んだ米国と相似形ではないか。看過できないのは、日本国内でろくに議論もなく政府と与党が一方的に決めたこと。水島朝穂・早大法学学術院教授は、国際機関からの脱退は国政の重大な変更であり、憲法に照らせば国会での議論抜きにはあり得ないことを指摘。「憲法九八条が掲げる『国際協調主義』を捨て去る最初の一歩になりかねないと警鐘を鳴らしたい」と訴えている(12月27日付東京新聞朝刊)。そもそも、鯨肉の消費が増えそうもない中でなぜ今、商業捕鯨なのか。マスメディアの検証取材が必要だ。


メキシコの生態学者の言葉

 「この国は新時代を迎える」。
 メキシコの生態学者、パトリシア・モゲルさん(62)は、12月に就任したロペスオブラドール大統領の舵取りに期待を込める。メキシコでは1980年代以降、新自由主義の波が押し寄せ、通信や銀行、鉱山、石油などの産業が次々に民営化されていった。「それに伴い貧富の差が拡大した。加えて汚職や治安悪化に対する市民の不満が夏の大統領選の勝利に結びついた」と分析する。
 「祖父が先住民族」というモゲルさんは、メキシコ中部プエブラ州の山岳地帯で先住民族らが運営する「トセパン協同組合」のアドバイザーを務める。トセパンは「共に働き、話し合い、考える」の意。現在、22地域の計約3万5000世帯の組合員が加盟する。そこでは、多種類の樹木や果樹との混植によるアグロフォレストリー(森林農法)でコーヒー豆などを栽培し、森林保護と経済的自立の両立を図っている。そして、ロペスオブラドール大統領も国の政策として森林農法を推進する意向で、新政権で閣僚に抜てきされたマリア・ルイサ・アルボレス社会開発相はトセパン出身だ。
 モゲルさんは先月、東京で市民有志が開いた「しあわせの経済」フォーラムに出席し、メキシコの現状と未来について話してくれた。
 「日本にも環境や貧困、格差の問題はあると思うが、大切なのは、市民が政治の問題に関心を持つこと。そして子どもたちが希望の持てる国になるよう大人たちが行動すること」
 モゲルさんの言葉は、当然ながらいまの日本にあてはまる。
 もうすぐ新しい年がやってくる。この国のをかたちづくるのは私たち自身だと肝に銘じよう。


沖縄県民は日本国民か

本土紙は、「土砂投入」について社説を書いてくれた。その後も記事にはしてくれた。
「沖縄県民は日本国民か」と沖縄からの問いに賛同する新聞社はいないのか。
菅官房長官の発言、普天間基地が返還できないのは沖縄県知事のせいだ。
岩屋防衛大臣の発言、辺野古新基地建設は日本国民のためだ。
こんな欺瞞に満ちた発言を本土紙はスルーするのか。
もっと、日本国民は安倍政権の発言、ひとつひとつを吟味する必要があるのではないか。
そうしないと、発言が既成事実をつくり、どんどんエスカレートして、気がついたら、どうすることもできなくなるのではないか。

琉球新報:<社説>22年普天間返還困難 たちの悪い責任転嫁だ
2018年12月18日 06:01
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-850165.html
 1996年の普天間返還の日米合意以来、沖縄は何度も県内移設反対の民意を示してきた。しかし政府は県内移設にこだわり、返還時期の約束をほごにしてきた。96年の返還合意の際は5~7年後、2006年の米軍再編では14年の代替施設完成後、13年には22年度またはその後だった。仲井真県政が埋め立てを承認した際に約束した19年2月までの運用停止も困難という。近年は県の反発へのいら立ちからか「辺野古移設か、普天間固定化か」というどう喝まがいの二者択一を迫っている。
 こう見ると、政府の真の狙いが浮かび上がる。普天間の危険性除去は二の次で、軍港や弾薬庫といった普天間飛行場にない機能を備えた新基地建設を最優先することだ。
 岩屋防衛相は辺野古移設は「日米同盟のためではない。日本国民のためだ」とも述べた。日本の防衛の最前線は南西地域だと指摘し「この地域の抑止力を減退させるわけにはいかない」と強調した。
 「抑止力」の名の下で重視しているのは県民の生命や人権よりも、自衛隊や本島北部のヘリパッドなども含めた基地のリニューアル(再開発)である。防衛相の言う「国民」に県民は入っていないに違いない。有事には敵から真っ先に標的にされ、平時では事件・事故、騒音などで命や人権が侵害される。「抑止力」のために県民に犠牲を強いる構造的差別を可視化する発言であり、植民地主義の発想だ。
 新基地が欲しいのは米国よりむしろ日本政府だということも鮮明にした。何が何でも新基地を造りたい政府にとって「危険性の除去」は本気ではなく空手形の疑いがある。県の試算では工期はあと13年もかかる。「抑止力」のためにその間、普天間の危険を放置するのはあまりにも無責任だ。

沖縄タイムス:<社説>[岩屋防衛相発言]沖縄は民のうちですか
2018年12月18日 07:26
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/360820
 「国民のため」とは、どういう意味なのか。国民のうちに沖縄は入っているのか。
 翁長雄志前知事の生前の言葉を思い出す。2015年9月、新基地を巡る県と政府の集中協議で、安倍晋三首相にこう迫った。
 「『日本を取り戻す』という中に沖縄は入っているんですか」
政府が抑止力という言葉を口にしたとたん、政治家も国民も魔法にかけられたように思考停止に陥る。
 そして政府は説明責任を果たすことなく「辺野古が唯一の選択肢」という脅し文句を繰り返す。
 私たちが辺野古に代わる「プランB」を検討せよと言い続けているのはそのためだ。辺野古見直しは、譲ることのできない最低限の要求である。



新聞はどの事実を報道すべきかを考えよ

NHK:辺野古 埋め立て予定地に土砂投入はじまる
2018年12月14日 18時16分基地問題
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181214/k10011746901000.html?utm_int=news_contents_news-main_002

12月14日のNHK「ニュース7」で菅官房長官の発言にあぜんとした。「菅官房長官は、閣議のあとの記者会見で、「現職の知事としても、普天間飛行場の危険性除去をどう進めていくかは極めて重要な問題だと思うし、普天間飛行場の固定化は絶対に避けなければならないはずだ」と述べました。」の報道。
翌日の新聞、管見の限り、菅官房長官のこの発言はスルーされている。のんきな日本の新聞社だと今更ながらこれまたあぜんとした。
ぼくは、ニュースをみながら、「危険性をもたらせているのはだれだ。それを放任しているのはだれだ。辺野古に新基地を建設すれば、辺野古には危険性はないと断言できるのか。」と即座に思った。新聞社にはそのような発想はできないのか。「政府と沖縄県の対立激化」としかステレオタイプでしか報道できないのか。そのなかでどのような事実があるのか取捨選択できないのか。
菅官房長官の発言は重大だ。政府が責任を負うべきことを、「辺野古新基地建設に反対している沖縄県知事によって、普天間基地の危険性が除去されない」と責任転嫁している。政府の責任を報道するならいくらでも事実がある。なのにスルー?
もうひとつ、最近のメディアが共通して使う言葉。
「来年、一斉地方選挙、参議院選挙がある。その直前に重要法案で国会が対立したら、選挙に影響するから、今のタイミングで法案を通した」。
それは政府のことばでしょう。メディアは政府のことばをそのまま伝える機関ではない。ましてや、こんな国民を愚弄する発言に何のコメントもつけられない。「日本国民は忘れやすい」という愚弄したことば。
メディアの役割は、たとえ、「日本国民は忘れやすい」かもしれないが、選挙では、今までの政府の強引な政治を国民に思い出すような記事を掲載してほしい。選挙が始まって、メディアはすることは「当落予想」が中心、始まってすぐ、中盤、終盤とそんな報道をする必要があるのか。選挙は「ギャンブル」ではない。
メディアは政府と一定の距離をとることは常識。世界の中で首相と定期的に会食をしている日本は異常じゃないのか。だから、政府の情報を「垂れ流す」ことしかできないのではないか。
参議院選挙では、少なくとも、この3年間に安倍政権が行った、国民無視の、強引な政治手法を批判する記事を掲載して、「忘れやすい日本国民」を覚醒させてほしい。


なめられたメディア、そして国民

 こんなにひどい記者会見がかつてあっただろうか。河野太郎外相による11日の記者会見である。記者からロシアとの平和条約交渉に関する質問をされると「次の質問どうぞ」と同じフレーズを4回も繰り返し、無視したのだ。政治家が回答をはぐらかすのは常套手段だが、回答そのものを拒否するとうのは極めて異例である。異様だといってよい。
 報道によれば、立憲民主党の辻元清美国会対策委員長は11日、記者団に「議員や記者の後ろには国民がいる。質問に答えないのは国民を無視しているに等しい」と批判したというが、その通りだ。報道の自由や人々の知る権利という民主主義を支えている基本的な価値がなめられたのである。
 なぜ、こんなことが起きるのか。世界で広がる政治家のリーダーによるメディアへの攻撃と無縁ではない。
 米紙「ニューヨーク・タイムズ」は「真実をめぐる戦争が広がっている」(9日付電子版)と題する社説を掲げ、全体主義国家にとってメディアは憎むべき存在だったが、今や民主的な選挙で選ばれた政府によって報道の自由への攻撃が行われていると指摘。あのジョージ・オーウェルですら予測していなかった事態だ、と。
 同紙によると、フィリピンでは、ドゥテルテ大統領に批判的なネットメディア「ラップラー」が狙い撃ちにされ、同社のマリア・レッサ最高経営責任者らが脱税罪で起訴された。ハンガリーではオンラインメディアや地方紙を右翼のオルバン首相に近い金持ちが牛耳り、ポーランドでは公共放送が政権の代弁者に成り下がった。米国ではトランプ政権が、米CNNのジム・アコスタ記者の入庁に必要な記者証を取り上げるという暴挙に出た(後にワシントンの連邦地裁が記者証を返還するよう命じた)。
 「フェイクニュース」「オルタナティブファクト」を政権がばらまく傍ら、既存メディアを攻撃する。同じことは森友・加計問題に対する安倍政権の対応にも通じる。私たちの足元で確実に民主主義の内部崩壊が起きているのだ。なめられるメディア側の問題は大きい。しかし、国民もなめられた以上、政権に怒りをぶつけるべきだ。


市民が支えるメディアin韓国

 韓国・ソウルにあるインターネット放送局『ニュース打破』を訪れる機会があった。
 『ニュース打破』は2012年1月、当時の李明博大統領率いる保守政権下で生まれた。KBS・MBCといった公共放送局で政権批判の番組を制作したり、ストライキでたたかったりして解雇処分を受けたジャーナリストたちが設立したメディアだ。いま、各地でドキュメンタリー映画『共犯者たち』が上映されているが、これは『ニュース打破』が製作したもので、権力による容赦ないメディア弾圧と、それに迎合してしまうマスメディア、一方で激しく抵抗するジャーナリストたちと労働組合のたたかいが克明に記録された作品だ。
 解雇されたディレクターたちが無報酬でニュースを作ってユーチューブなどにアップしたのが『ニュース打破』の始まりだが、それは全国言論労働組合(新聞・放送などメディア業界の産業別労働組合)から2000万ウオンの支援を受けて、六ヵ月間限定のプロジェクト事業としてスタートしたものだった。初放送の直後から「支援したい」という市民の声が自発的に寄せられたが、『ニュース打破』は主流メディアが権力監視の役割を果たしていないというお詫びの気持ちで始めたので、市民からの支援を断っていたという。
 しかし、プロジェクトが終わる2012年夏、その年の暮れの大統領選に向けて、保守政権に掌握されていた主流のメディアは与党候補を集中的に報道していた。そこで『ニュース打破』は野党候補も取り上げて公正な報道をするため、一時的に市民の後援を受けることにした。すると、選挙が終わるころには支援者が2万人に達したという。労組が誕生に手を貸したメディアが、市民によって育て上げられたのだ。
 その後、政権を厳しく批判する調査報道を連発して市民の支持を広げた『ニュース打破』は、約3万4000人の会員、年間予算50億ウオンという一大メディアに成長した。このように、ジャーナリストと、市民と、そして労働組合が手を取り合えば、日本でも何かできることがあるのではないか。