作成者別アーカイブ: kenpou-media

メキシコの生態学者の言葉

 「この国は新時代を迎える」。
 メキシコの生態学者、パトリシア・モゲルさん(62)は、12月に就任したロペスオブラドール大統領の舵取りに期待を込める。メキシコでは1980年代以降、新自由主義の波が押し寄せ、通信や銀行、鉱山、石油などの産業が次々に民営化されていった。「それに伴い貧富の差が拡大した。加えて汚職や治安悪化に対する市民の不満が夏の大統領選の勝利に結びついた」と分析する。
 「祖父が先住民族」というモゲルさんは、メキシコ中部プエブラ州の山岳地帯で先住民族らが運営する「トセパン協同組合」のアドバイザーを務める。トセパンは「共に働き、話し合い、考える」の意。現在、22地域の計約3万5000世帯の組合員が加盟する。そこでは、多種類の樹木や果樹との混植によるアグロフォレストリー(森林農法)でコーヒー豆などを栽培し、森林保護と経済的自立の両立を図っている。そして、ロペスオブラドール大統領も国の政策として森林農法を推進する意向で、新政権で閣僚に抜てきされたマリア・ルイサ・アルボレス社会開発相はトセパン出身だ。
 モゲルさんは先月、東京で市民有志が開いた「しあわせの経済」フォーラムに出席し、メキシコの現状と未来について話してくれた。
 「日本にも環境や貧困、格差の問題はあると思うが、大切なのは、市民が政治の問題に関心を持つこと。そして子どもたちが希望の持てる国になるよう大人たちが行動すること」
 モゲルさんの言葉は、当然ながらいまの日本にあてはまる。
 もうすぐ新しい年がやってくる。この国のをかたちづくるのは私たち自身だと肝に銘じよう。


沖縄県民は日本国民か

本土紙は、「土砂投入」について社説を書いてくれた。その後も記事にはしてくれた。
「沖縄県民は日本国民か」と沖縄からの問いに賛同する新聞社はいないのか。
菅官房長官の発言、普天間基地が返還できないのは沖縄県知事のせいだ。
岩屋防衛大臣の発言、辺野古新基地建設は日本国民のためだ。
こんな欺瞞に満ちた発言を本土紙はスルーするのか。
もっと、日本国民は安倍政権の発言、ひとつひとつを吟味する必要があるのではないか。
そうしないと、発言が既成事実をつくり、どんどんエスカレートして、気がついたら、どうすることもできなくなるのではないか。

琉球新報:<社説>22年普天間返還困難 たちの悪い責任転嫁だ
2018年12月18日 06:01
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-850165.html
 1996年の普天間返還の日米合意以来、沖縄は何度も県内移設反対の民意を示してきた。しかし政府は県内移設にこだわり、返還時期の約束をほごにしてきた。96年の返還合意の際は5~7年後、2006年の米軍再編では14年の代替施設完成後、13年には22年度またはその後だった。仲井真県政が埋め立てを承認した際に約束した19年2月までの運用停止も困難という。近年は県の反発へのいら立ちからか「辺野古移設か、普天間固定化か」というどう喝まがいの二者択一を迫っている。
 こう見ると、政府の真の狙いが浮かび上がる。普天間の危険性除去は二の次で、軍港や弾薬庫といった普天間飛行場にない機能を備えた新基地建設を最優先することだ。
 岩屋防衛相は辺野古移設は「日米同盟のためではない。日本国民のためだ」とも述べた。日本の防衛の最前線は南西地域だと指摘し「この地域の抑止力を減退させるわけにはいかない」と強調した。
 「抑止力」の名の下で重視しているのは県民の生命や人権よりも、自衛隊や本島北部のヘリパッドなども含めた基地のリニューアル(再開発)である。防衛相の言う「国民」に県民は入っていないに違いない。有事には敵から真っ先に標的にされ、平時では事件・事故、騒音などで命や人権が侵害される。「抑止力」のために県民に犠牲を強いる構造的差別を可視化する発言であり、植民地主義の発想だ。
 新基地が欲しいのは米国よりむしろ日本政府だということも鮮明にした。何が何でも新基地を造りたい政府にとって「危険性の除去」は本気ではなく空手形の疑いがある。県の試算では工期はあと13年もかかる。「抑止力」のためにその間、普天間の危険を放置するのはあまりにも無責任だ。

沖縄タイムス:<社説>[岩屋防衛相発言]沖縄は民のうちですか
2018年12月18日 07:26
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/360820
 「国民のため」とは、どういう意味なのか。国民のうちに沖縄は入っているのか。
 翁長雄志前知事の生前の言葉を思い出す。2015年9月、新基地を巡る県と政府の集中協議で、安倍晋三首相にこう迫った。
 「『日本を取り戻す』という中に沖縄は入っているんですか」
政府が抑止力という言葉を口にしたとたん、政治家も国民も魔法にかけられたように思考停止に陥る。
 そして政府は説明責任を果たすことなく「辺野古が唯一の選択肢」という脅し文句を繰り返す。
 私たちが辺野古に代わる「プランB」を検討せよと言い続けているのはそのためだ。辺野古見直しは、譲ることのできない最低限の要求である。



新聞はどの事実を報道すべきかを考えよ

NHK:辺野古 埋め立て予定地に土砂投入はじまる
2018年12月14日 18時16分基地問題
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181214/k10011746901000.html?utm_int=news_contents_news-main_002

12月14日のNHK「ニュース7」で菅官房長官の発言にあぜんとした。「菅官房長官は、閣議のあとの記者会見で、「現職の知事としても、普天間飛行場の危険性除去をどう進めていくかは極めて重要な問題だと思うし、普天間飛行場の固定化は絶対に避けなければならないはずだ」と述べました。」の報道。
翌日の新聞、管見の限り、菅官房長官のこの発言はスルーされている。のんきな日本の新聞社だと今更ながらこれまたあぜんとした。
ぼくは、ニュースをみながら、「危険性をもたらせているのはだれだ。それを放任しているのはだれだ。辺野古に新基地を建設すれば、辺野古には危険性はないと断言できるのか。」と即座に思った。新聞社にはそのような発想はできないのか。「政府と沖縄県の対立激化」としかステレオタイプでしか報道できないのか。そのなかでどのような事実があるのか取捨選択できないのか。
菅官房長官の発言は重大だ。政府が責任を負うべきことを、「辺野古新基地建設に反対している沖縄県知事によって、普天間基地の危険性が除去されない」と責任転嫁している。政府の責任を報道するならいくらでも事実がある。なのにスルー?
もうひとつ、最近のメディアが共通して使う言葉。
「来年、一斉地方選挙、参議院選挙がある。その直前に重要法案で国会が対立したら、選挙に影響するから、今のタイミングで法案を通した」。
それは政府のことばでしょう。メディアは政府のことばをそのまま伝える機関ではない。ましてや、こんな国民を愚弄する発言に何のコメントもつけられない。「日本国民は忘れやすい」という愚弄したことば。
メディアの役割は、たとえ、「日本国民は忘れやすい」かもしれないが、選挙では、今までの政府の強引な政治を国民に思い出すような記事を掲載してほしい。選挙が始まって、メディアはすることは「当落予想」が中心、始まってすぐ、中盤、終盤とそんな報道をする必要があるのか。選挙は「ギャンブル」ではない。
メディアは政府と一定の距離をとることは常識。世界の中で首相と定期的に会食をしている日本は異常じゃないのか。だから、政府の情報を「垂れ流す」ことしかできないのではないか。
参議院選挙では、少なくとも、この3年間に安倍政権が行った、国民無視の、強引な政治手法を批判する記事を掲載して、「忘れやすい日本国民」を覚醒させてほしい。


なめられたメディア、そして国民

 こんなにひどい記者会見がかつてあっただろうか。河野太郎外相による11日の記者会見である。記者からロシアとの平和条約交渉に関する質問をされると「次の質問どうぞ」と同じフレーズを4回も繰り返し、無視したのだ。政治家が回答をはぐらかすのは常套手段だが、回答そのものを拒否するとうのは極めて異例である。異様だといってよい。
 報道によれば、立憲民主党の辻元清美国会対策委員長は11日、記者団に「議員や記者の後ろには国民がいる。質問に答えないのは国民を無視しているに等しい」と批判したというが、その通りだ。報道の自由や人々の知る権利という民主主義を支えている基本的な価値がなめられたのである。
 なぜ、こんなことが起きるのか。世界で広がる政治家のリーダーによるメディアへの攻撃と無縁ではない。
 米紙「ニューヨーク・タイムズ」は「真実をめぐる戦争が広がっている」(9日付電子版)と題する社説を掲げ、全体主義国家にとってメディアは憎むべき存在だったが、今や民主的な選挙で選ばれた政府によって報道の自由への攻撃が行われていると指摘。あのジョージ・オーウェルですら予測していなかった事態だ、と。
 同紙によると、フィリピンでは、ドゥテルテ大統領に批判的なネットメディア「ラップラー」が狙い撃ちにされ、同社のマリア・レッサ最高経営責任者らが脱税罪で起訴された。ハンガリーではオンラインメディアや地方紙を右翼のオルバン首相に近い金持ちが牛耳り、ポーランドでは公共放送が政権の代弁者に成り下がった。米国ではトランプ政権が、米CNNのジム・アコスタ記者の入庁に必要な記者証を取り上げるという暴挙に出た(後にワシントンの連邦地裁が記者証を返還するよう命じた)。
 「フェイクニュース」「オルタナティブファクト」を政権がばらまく傍ら、既存メディアを攻撃する。同じことは森友・加計問題に対する安倍政権の対応にも通じる。私たちの足元で確実に民主主義の内部崩壊が起きているのだ。なめられるメディア側の問題は大きい。しかし、国民もなめられた以上、政権に怒りをぶつけるべきだ。


市民が支えるメディアin韓国

 韓国・ソウルにあるインターネット放送局『ニュース打破』を訪れる機会があった。
 『ニュース打破』は2012年1月、当時の李明博大統領率いる保守政権下で生まれた。KBS・MBCといった公共放送局で政権批判の番組を制作したり、ストライキでたたかったりして解雇処分を受けたジャーナリストたちが設立したメディアだ。いま、各地でドキュメンタリー映画『共犯者たち』が上映されているが、これは『ニュース打破』が製作したもので、権力による容赦ないメディア弾圧と、それに迎合してしまうマスメディア、一方で激しく抵抗するジャーナリストたちと労働組合のたたかいが克明に記録された作品だ。
 解雇されたディレクターたちが無報酬でニュースを作ってユーチューブなどにアップしたのが『ニュース打破』の始まりだが、それは全国言論労働組合(新聞・放送などメディア業界の産業別労働組合)から2000万ウオンの支援を受けて、六ヵ月間限定のプロジェクト事業としてスタートしたものだった。初放送の直後から「支援したい」という市民の声が自発的に寄せられたが、『ニュース打破』は主流メディアが権力監視の役割を果たしていないというお詫びの気持ちで始めたので、市民からの支援を断っていたという。
 しかし、プロジェクトが終わる2012年夏、その年の暮れの大統領選に向けて、保守政権に掌握されていた主流のメディアは与党候補を集中的に報道していた。そこで『ニュース打破』は野党候補も取り上げて公正な報道をするため、一時的に市民の後援を受けることにした。すると、選挙が終わるころには支援者が2万人に達したという。労組が誕生に手を貸したメディアが、市民によって育て上げられたのだ。
 その後、政権を厳しく批判する調査報道を連発して市民の支持を広げた『ニュース打破』は、約3万4000人の会員、年間予算50億ウオンという一大メディアに成長した。このように、ジャーナリストと、市民と、そして労働組合が手を取り合えば、日本でも何かできることがあるのではないか。


ゴーン逮捕で「置き替え」を許すな

 東京地検特捜部の日産・ゴーン会長の逮捕は衝撃的だった。この真相が何だったのか、米国→日本政府vs.フランス+欧州の経済戦争、という見方もあるし、余するに外資にやられた会社の「復権クーデター」というのもある。どれも当たっていそうだし、真相は結局わからないだろう。
 ただ、はっきりしていることがある。このニュースで明らかに後景に引いてしまったのが、問題がずっと続き、安倍政権が続く間、国民の意識の中に、疑惑として残っている「森友・加計問題」だ。ゴーン氏の逮捕で、籠池夫妻への10か月の拘留が話題になるのは、皮肉なものだが、「安倍夫妻の国策私物化」が「外国人投資家の大企業私物化」にいつの間にか置き換えられ、「森友・加計問題」の追及がおろそかになってはならない。
 特捜事件で特徴的なのは、事件報道が結局、検察リークのウエイトが高くなることだ。もちろん、企業人から「情報屋」まで、自社取材の積み重ねが勝負を決めるが、それもほとんど情報は、当局の確認が必要な場合が多いし、限られたソースから、特殊な「夜回り会見」でのリークが報道の流れを決める。いろいろ言われながら、取材のシステムはあまり変わっていないようだ。その結果、「検察の意図」については、正確に報道されるが、そのことの意味や行動が批判の対象にされることは、ほとんどない。つまり、ジャーナリズムとしてのチェックは不在だ。
 数年前、小沢一郎氏がターゲットにされ、検察情報が執拗に流されたが、結局事件にはならなかった。しかし、その結果、小沢氏が「カネの疑惑」の代表のようにされ、政治的に不利な立場になったことも確か。一体どこで、どういうメカニズムが働いたか?
 「国策捜査」という言葉がある。それは本来、「司法」にとって、不名誉な言葉だ。ゴーン逮捕があっても、「森友・加計問題」は終わっていない。


ゴーン前会長逮捕と地検特捜部

 カルロス・ゴーン日産自動車会長の11月19日の電撃逮捕には驚いたが、即時に日産が会長職の解任、代表権のはく奪を言明したことにも少なからず驚いた。密かに内部調査を進めていたのだという。11月22日の臨時取締役会で会長解任などを決めた。ゴーン前会長の経営支配から脱したその迅速ぶりが際立つ。東京地検特捜部と綿密に意思を疎通させていなければできないことではないか。
 前会長の金融商品取引法違反の容疑は、5年分の報酬を約50億円少なく有価証券報告書に記載したとの内容であり、本当なら許されないことには違いない。ただ虚偽事実の公表は、投資家の判断に悪影響を与えるから問題なのであり、悪質さという点では、企業業績の粉飾ほどに重いとは思えない。また、報酬には税法上の問題が出てくるが、ゴーン前会長の納税状況ははっきりしたことは伝えられていない。そもそもトップの報酬のごまかしが、日産ほどの巨大企業でトップと一部の側近だけでできることなのか。日産とルノーの間には提携を巡って確執があったということも報じられている。ルノーはフランス政府が筆頭株主で、そうなると日仏の国策絡みの背景事情はないのか。
 前会長が容疑を認めているのかも一般には不明なまま、経営からの放逐だけは迅速に決まったとの印象が強い。それを可能にしたのは東京地検特捜部による前会長の逮捕だが、では特捜部はなぜ、日産の内部調査結果の公表を待たずに逮捕に踏み切ったのか。法務検察当局、さらには首相官邸との間で事前に協議があったのか、なかったのか。
 思うのは、同じ特捜検察である大阪地検特捜部が森友学園の土地取引問題を巡り、財務省の公文書改ざんを立件しなかったことだ。日本の民主主義の根幹にかかわる、はるかに重要な問題だったのに不問に付した。特捜検察とはいったい何なのか。2010年に発覚した大阪地検の証拠改ざん事件を機に、特捜検察は解体的出直しを図ったはずだ。どう変わったのか、変わっていないのかはマスメディアの報道の課題でもある。ゴーン前会長や日産というビッグネームばかりに目が行きがちな事件だが、特捜部の動きの綿密な検証が必要だ。


演劇人らの闘い

 「このままだと憲法9条をはじめ、人権、人間の尊厳など民主主義の根幹が崩れる。自分たちの手で、表現の自由を守らなければならない」
 演出家や劇作家、俳優ら有志による「安保法制と安倍政権の暴走を許さない演劇人・舞台表現者の会」が今月21日、「表現の自由」をテーマにした集会を東京・六本木の俳優座劇場で開く。同会の呼びかけ人の一人で文学座の演出家、西川信廣さん(69)らが企画した。作家の池澤夏樹さんと作曲家の池辺晋一郎さんの対談のほか、劇団文化座代表の佐々木愛さんら女優たちが、日本国憲法の前文を朗読する。「会として初めて企画する集会。とりわけ若い世代に私たちの声を届けたい」と西川さんは語る。
 2015年9月16日、演劇人や音楽家ら計約300人が、東京や京都、神戸など20カ所以上の駅前に立って、参院で審議中の安全保障関連法案の強行採決などに抗議し、1時間の「サイレントスタンディング」を行った。その3日後の19日未明、「戦争法案」と呼ばれた安保関連法案が参院本会議で可決。その瞬間を胸に刻み、西川さんをはじめ、演出家の鵜山仁さんら会のメンバーは毎月19日に、それぞれ最寄りの駅前で、「無言の抗議」を続けている。
 解釈改憲で集団的自衛権の行使を可能にさせ、安保法制を成立させた。「三選された安倍首相は今度は憲法を視野に入れている」と西川さん。「新しい形での意思表示」の第一弾が今回の集会だ。
 まずは自分たちができることをする。粘り強く継続する。そうして市民が互いにつながっていけば、やがて大きな輪ができる。その動きをしっかりと追うことがメディアの役割だ。