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終わることのできない「戦後」

 冬休み初日の29日昼前。スマホのニュースを見て、目を疑った。「稲田防衛相が靖国神社参拝、就任後初 『未来志向に立ち』」。
 記事によれば、稲田氏は参拝後、安倍晋三首相の米ハワイ・真珠湾訪問に同行したことに触れ、「未来志向に立ってしっかり日本と世界の平和を築いていきたいという思いで参拝をした」と述べた、という。
 靖国神社は、人々を無謀な戦争へ駆り立てていった軍国主義の精神的支柱だった。戦争指導者のA級戦犯も合祀されている。中韓が首相の参拝に神経質になるのも当然で、3年前の2013年12月、安倍首相が靖国神社を参拝した際、米国から「失望した」と言われたのを忘れたわけではないだろう。
 だとすれば、今回の首相の真珠湾訪問で、過去のことはきれいさっぱり水に流してもらった、とでも思っているのだろうか。安倍首相も今回の真珠湾訪問の狙いを「日米の間で、『戦後』が完全に終わったと示したい」と周辺に語っていたという。
 本気なのか? 戦争をしたのは米国だけではない。侵略し、未曽有の被害を与えたアジア諸国との和解の道は遠い。にもかかわらず、首相の演説には加害の歴史やアジア諸国への言及が一切なかった。
 稲田氏は安倍首相の秘蔵っ子である。靖国神社参拝という彼女の行動から浮かぶのは、見たくない過去には目を閉ざし、自国を美化する歴史認識の下、空疎な「未来志向」を繰り返す政権の本質だ。
 安倍首相は記者団から稲田氏の靖国神社参拝について問われ、「ノーコメント」と答えた、という。これしか答えられない安倍首相に「戦後」を終わらせることなど、できるはずがない。


スノーデンのメッセージ

 3年前、アメリカ国家安全保障局(NSA)の秘密文書を大量に暴露して追われる身となり、未だに亡命生活を送っている元CIA職員、エドワード・スノーデン氏。インターネットを通じて、日本人で初めて彼に単独インタビューしたジャーナリスト・小笠原みどりさん(元朝日新聞記者・現カナダ在住)の著書『スノーデン、監視社会の恐怖を語る』(毎日新聞出版)がこのほど発売された。
 すべての人々を犯罪者予備軍とみなしてあらゆる情報を収集しようとする当局の狙い、監視の対象が差別思想に基づいて選択されているという現実、「テロ防止」の名目で行われている監視が実はまったく役立っていないこと(フランスやドイツで相次ぐテロ事件を見れば明白だ)、むしろテロ以外の目的のために監視が増殖していることなど、戦慄の事実が列挙されている本書には心底驚かされたが、インターネット時代の申し子のような技術者スノーデン氏が語った言葉に、既存のマスメディア(に携わる人々)を励ますような一言が記されていた。
 政治とメディアが大きな社会問題となった2016年を振り返りつつ、紹介したい。
〈~人々が本当に政府の活動や広い世界を理解する唯一の手段はメディアだからです。通りを歩く普通の人々が頼っているのは、知るべきことを伝える専門家たちの仕事です。だからもしニュース組織が『これは深刻な問題だ』『だけど報道すれば広告を引き上げられるかもしれない』『政府が妨害してくるかもしれない』と萎縮することは、非常に危険なのです。ニュース組織にとってだけでなく、社会全体にとってです。政府内で何が起きているのかを知らなければ、政府をコントロールすることはできません。ですから僕たちは単に自由なだけでなく、対抗力を持った報道機関が必要なのです。政府だけではない、企業にも対抗できる力です〉


「安倍国際劇場」

 明らかに解散を意識したからだろうと思うのだが、安倍首相は12月に「外交スケジュール」を詰め込んだ。日中韓の首脳会談で、対米、対露にも「結束」を見せ、ロシア・プーチン大統領を自分の地元に迎えて「領土問題の前進」を図り、慌てふためいて飛んでいったトランプ氏との就任前の会談で気まずくなった米国には「真珠湾の慰霊」。「謝罪ではないよ」と言い続けながら、「解釈はご自由に」―。メディアをフルに使って宣伝し、「戦後の課題は全て私が解決した。残された課題は改憲だけ」と、年明け解散に踏み切り、総選挙。トランプ政権発足に合わせて、「アジアの大国」として胸を張りたい。そんな夢が膨らんでいたはずだ。
 しかし、そう問屋は卸さない。韓国が民衆の力で政変必至、プーチン大統領との交渉でさえ、結局、70年間の「実効支配」と「経済進出」を狙う経済界の論理が、「領土」「領土」とこだわる首相の「思想信条」を上回ってしまった。そもそも「領土」を前提にすること自体、前世紀的で「時代錯誤」。間違っているのだが、それは首相の「思想信条」に反する。ロシアも経済交流は一段と進むだろうが、「領土」は、2島返還の合意以前に戻ってしまった。「安倍大国主義」が、「経済」に敗れたのは間違いなさそうだ。

 それにしても、わけが分からないうちに「強行」が続いて、TPPだけでなく、年金切り下げ、カジノ解禁まで通ってしまった臨時国会でもそうだったが、問題はメディアがこの「安倍国際劇場」にもそのまま付き合い、きちんとした批判をしていないことだ。
 早い話、北方領土にしても、その帰属についての主張は主張として、ロシアの実効支配を認めて必要なことを進める、と発想の転換をしなければ、いつまで経っても解決などはないだろう。この原則は、尖閣でも、竹島でも同じだが、堂々と、ロシアの実効支配の下での自由往来、経済交流を広げればいいではないか。

 「プーチン大統領の主張は以前より後退していないか」という産経・阿比留記者の質問に、大統領は、歴史的経過を説き、「日本と米国が特別の関係にある中で、どう日露関係を進めるのかわからない」と切り返した。「それはそっちの問題でしょう? こちらが聞きたい」と言っているようなものだ。
 真珠湾についても、率直に謝ればいい。同時に、柳条湖、盧溝橋、南京と進んだ中国侵略ももう一度見直して、謝って政策転換をしなければ、「21世紀の外交」は築けない。憲法が言う「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は普遍的なもの」というのは、実はそういうことではないのか。
 「安倍国際劇場」のパフォーマンスをいくら繰り返しても、まず、対米従属から脱却する「国の在り方」と、真の善隣友好外交が根付き、日本国憲法に沿ったものにならない限り、「戦後」は終わらない。


「12月8日」は何の日か

 今年の12月8日は、1941年の太平洋戦争開戦から75年だった。その直前に、安倍晋三首相の米ハワイ・真珠湾訪問が発表されたためか、例年にも増して「12月8日」が注目されている。真珠湾は日本海軍が空母機動部隊による奇襲攻撃で米海軍に先制の第一撃を放った場所。米国ではひきょうな不意打ちとして「リメンバー・パールハーバー」が合い言葉になった。その場所を、安倍首相が戦没者の慰霊のために、オバマ米大統領と訪れるという。意義があることではあろうが、一方で気にかかることがある。日本のマスメディアでは「太平洋戦争開戦=真珠湾攻撃」とする捉え方があまりにも目立つのだ。
 史実で言えば、真珠湾への第一弾投下より1時間余り前に、日本陸軍はマレー半島北部への上陸作戦を開始した。翌年1月にかけて日本軍は英軍を撃破しながらマレー半島を南下し、2月15日にシンガポールの英軍守備隊が降伏する。日本の占領期にシンガポールやマレー各地では、華僑系住民がスパイの嫌疑で処刑されるといった例が数多くあった。当時、日本が中国でも戦争を継続していたことと関連があったはずだ。
 そもそも太平洋戦争は米国との戦争それ自体が目的ではなく、「蘭印=オランダ領インドシナ=今日のインドネシア」の油田地帯の確保が大きな目的だった。中国との戦争に米国が強硬姿勢を示し、当時、日本が米国に依存していた石油輸入を止められたことも、開戦の要因にはある。「12月8日」を今日振り返る時には、中国との戦争に始まる前段の経緯や、真珠湾攻撃だけではない陸軍の作戦にも目を向けないと、75年後のこの日の意義を一面的にしかとらえられなくなるのではないか。
 このままでは、12月26、27日の安倍晋三首相のハワイ訪問と真珠湾での慰霊の際に、今日の日米軍事同盟の意義が高らかに喧伝されるような報道ばかりが目立つようになりかねない。


元米海兵隊員の訴え

 バグダッドに着くやいなや、通報を基に民家の襲撃を繰り返した。ドアを爆破して中に入り無辜の市民を尋問する。「幼い女の子たちの叫び声がいまも耳から離れない。テロと戦うためにイラクに行った。けれども、私自身がテロ行為をしていた」――。
 米国の退役軍人らでつくる平和団体「ベテランズ・フォー・ピース(VFP)」のメンバーらがこの秋、来日ツアーを行った。広島や横浜、東京など各地をめぐり日本の市民らと交流した。冒頭の証言はかつて沖縄に駐留していた元海兵隊員、マイケル・ヘインズさん(40)のイラク戦争での体験を語ったものだ。
 沖縄の東村高江などにも訪れたヘインズさんは「沖縄にこれだけの米軍基地が集中し、辺野古で新基地建設が進んでいることはほとんどの米国人は知らない」と断言。南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に参加した自衛隊の「駆け付け警護」については「自衛隊の『最初の一発』で死者が出た場合、戦後70年余の日本の平和の伝統が崩れる。憲法9条は何としても守ってほしい」と訴えた。
 南スーダンへの派遣は、自衛隊の活動範囲を大きく広げた安全保障関連法に基づいている。私たちが日常生活に追われている間に、日本の平和がじわじわと崩れていく。
 現在はサンディエゴで農業を営むヘインズさんは言う。「きれいな水と食料の確保、そして太陽光などによる自然エネルギー中心の社会。これが実現できれば人々は争わなくても済む」と。市民がどのような政治や暮らしを望み、どう行動するかによって国の形は変わる。社会を変革するのは市民であることを忘れてはならない。


自己目的化した改憲論議を許すな

 衆院の憲法審査会が1年5カ月ぶりに審議を再開した。2015年6月4日の審査会で、集団的自衛権の行使を認めた安保関連法案について、参考人の憲法学者3人全員が「違憲」と発言。これを機に「安保法は立憲主義に反する」との市民の抗議のうねりが全国に広がり、審議が止まっていた。
 11月24日にあった審査会の主要テーマは「立憲主義」。野党は当然、安保法と立憲主義の関係を突いた。「憲法によって縛られている権力の側が長年にわたって積み重ねてきた解釈の根幹を動かすことで、立憲主義に反する」(民進・枝野幸男氏)「憲法を乗り越える恣意的な解釈で集団的自衛権の行使を認めたことこそ、立憲主義に反する」(共産・大平喜信氏)
 対して与党は、「『立憲主義に反する』と批判する方は現政権の活動を批判しているだけ」(自民・中谷元氏)などと述べて、問題の本質をそらし続けた。
 憲法審査会の役割について、国会法はこう定める。「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行い、憲法改正原案、日本国憲法に係る改正の発議又は国民投票に関する法律案等を審査する」
 改憲項目の絞り込みに前のめりの与党は、憲法と憲法に密接に関連する基本法制について調査を行うという審査会の役割をすっかり忘れている。
 調査すべき重大なテーマは目の前にある。安保法と立憲主義の関係はもちろん、皇位継承問題は内閣や一部有識者に任せっぱなしにしてよい性格ではない。歴代自民党政権が乱用してきた解散をめぐっても、「7条解散」をどう考えるか、詰めた議論が求められる。
 ところが、与党はそこに目を向けず、とにかく手をつけやすいところから憲法を変えたいと改憲が自己目的化している。
 メディアはその倒錯ぶりを丁寧に市民に伝えるべきだ。


働きすぎのマスコミ業界

 広告会社・電通の新入社員、高橋まつりさんが昨年末に過労自殺を遂げていたことは、大きな社会問題となった。電通としても午後10時から午前5時まで全館消灯するなどの対策を打ち出したが、同社では1991年にも若手社員の過労死事件があり、これは裁判で争われて、最高裁が初めて過労死認定の司法判断を下したことで知られる。明け方に帰宅し、着替えたらまた出社するのが日常だったという過酷な事実は、母親の日記で立証された。
 このような勤務実態は、電通に限らず日本のマスコミ業界全体に通底しているのではないだろうか。新聞社でもテレビ局でも、ひと月100~200時間の残業は枚挙に暇がない。
 報道取材や番組制作の現場では、取材相手の帰宅を待ちかまえる場合や、タレントの都合、ロケ先の事情などでしばしば「手待ち時間」が発生するから、デスクワークでの超過勤務に比べれば労働密度は薄いとは言える。それにしても、マスコミ業界で異常な長時間労働が常態化しているのは間違いない。
 なぜそうした状態が改まらないのか。企業側の労務管理のいい加減さも重大な問題だが、働き手の側にも問題がないだろうか。
 一つには、マスコミは労働集約型で「少数精鋭」主義であるため、マスコミ企業の正社員にはエリート意識の高い労働者が多い。確かに給与水準は最高レベルで、それゆえ高い給料に見合うような大量の業務をこなすことを期待されている、という自覚があるのではないか。そういう観念が結局、進んでサービス残業をしてしまうことにもなる。また、上司も同僚も他の働き方を知らない、ということもあるだろう。
 実際、マスコミ関連企業では、新卒の求人に人が集まらなかったり、採用した新入社員が数年と経たずに退職したりしているのが現状だ。業界全体として働き方を見直さないと、本当に将来が危ぶまれることになる。


トランプ現象

 「過激」というか、「品がない」というか、「暴言候補」で売ったドナルド・トランプ氏が米国大統領に決まった。
 日本のメディアは、「新自由主義の敗北」、「反既成主義政治」、「自国第一」を指摘。「『予測不能』の事態の展開にも冷静に対処することが肝要」(読売)、「米国が劇的な変化を求めた結果を冷静に受け止めるしかない」(産経)としながら、「民衆の悲憤を聞け」(東京)と受け止め、「危機に立つ米国の価値感」(朝日)、「世界の漂流を懸念する」(毎日)と不安と動揺を隠さないが、実はトランプ氏の登場は、日本でも同じ現象が起きているのではないか、と思えてならない。
 短い言葉でグサッと暴言に近いことばを吐き、一般の批判を浴びる。それには構わず、また次のことばで大衆を引き付け、喝采を受けたり顔をしかめさせたりするが、相手には物を考えさせないまま、事態を進める。小泉時代には「ワンフレーズ・ポリティックス」と言われたが、「戦闘地域とはどういうとこか」と聞かれて、「そんなこと私がわかるわけがない」「自衛隊が行っている戦闘地域ではない」と答えた答弁は、結局いまに残っている。安倍首相の「放射能は完全にコントロールされている」などというウソもそれで済んでしまったし、いま起きているのは「強行採決など考えたこともない」とうそぶいた後の「採決強行」、閣僚などからは「強行採決という形で委員長に報いたい」(福井照自民党理事)、「強行採決を決めるのは議運委員長の佐藤勉さんだ」「冗談でやめさせられそうになった」(山本有二農水相)と連発されている。TPP採決については、読売、産経が「強行」を見出しにしなかったように、さっそく効果を上げている。
 メディアがいくら批判しても、人々は動かない。それでも伝えるべきことを伝え、批判すべきことを批判する。メディアには、強い意志が求められている。


日本版チェルノブイリ法

 〈日本国憲法前文2項 (前略)われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する〉――。
 2017年版の「原発いらない福島おんなカレンダー」(1部1000円)が完成し、市民有志が普及活動を展開している。カレンダーの巻末には、憲法の前文をはじめ25条(生存権)や13条(幸福追求権)を掲げ、「私たちは、ここに示された権利の確立を実現するべく、これからも行動し続けます」と宣言。具体的な目標の一つが、「日本版チェルノブイリ法」をつくることだ。
 チェルノブイリ原発事故(1986年)を受け、旧ソ連では5年後に「チェルノブイリ法」を制定。同法では、年間の被ばく線量が1ミリシーベルトを超える地域を被災地と定めて移住権を認め、事故から30年を経た今もベラルーシでは保養など被ばく者のための対応がなされている。「日本の場合は、年20ミリシーベルト以下になると見込まれる地域から避難指示が解除され、自主避難への支援打ち切りを進めている」とカレンダーを企画した「原発いらない福島の女たち」のメンバーで郡山市在住の黒田節子さんは訴える。
 カレンダーは2014年版から制作をスタート。来年の暦に添えられる写真は、メンバーが今年の春から秋にかけて撮影したものが中心だ。女性たちは、愛媛県の伊方原発や鹿児島の川内原発など各地で再稼働に反対する市民と心を通わせ、さらに基地問題で揺れる沖縄の名護市辺野古や東村高江を訪れ、共闘する。
 「私たちは緊急事態という異常の中に投げ出され、現在もその異常の中で暮らしている」。原発事故から6年8カ月。福島の人々の叫びを、この国全体できちんと受け止めるべきだ。


「土人」「シナ人」発言はなぜ問題なのか

 沖縄の米軍・北部訓練場のヘリパッド建設を巡って、何とも気分の悪い出来事が起こった。フェンス越しに抗議行動をしていた市民に警備の大阪府警機動隊員が「どこつかんどんじゃ、ぼけ。土人が」と発言。別の場面ではやはり大阪府警の機動隊員が市民に「黙れ、こら、シナ人」と言い放った。機動隊員は2人とも20代。10月18日朝のことで、それぞれ罵声を浴びせる様子の動画がネット上にアップされ、沖縄のマスメディアが報じ、翌19日になって沖縄県警は、いずれのケースも暴言と認めて謝罪。本土マスメディアも報じた。
 「土人」も「シナ人」も「ネトウヨ」が好んで使う用語とされ、一般には侮蔑的、差別的なニュアンスを含むと受け取られるのは明らか。大阪府警は、2人はそういう意味合いは知らなかったと釈明したが、冗談ではない。「ぼけ」は関西では相手を侮辱する単語だ。その後に続けて「土人」と言い放った際に、どんな感情があったかは言わずもがなだ。大阪府警は処分をしながら、本質的な問題点の隠蔽を図ったに等しい。単に警察官が公務の最中に不穏当な発言をした、という問題ではない。
 琉球新報は10月20日の社説「警察『土人』」発言 『構造的差別』責任は政府に」で、「沖縄差別は歴史的な問題だ。琉球処分、大戦時には沖縄を本土防衛の防波堤にし、戦後は米軍占領を許し、米軍基地を集中させた。政府の沖縄に対する歴史に根差した『構造的差別』の延長線上に、辺野古新基地建設、ヘリパッド建設がある。県知事選、名護市長選、県議選ほか幾たびの国政選挙で県民は基地反対の民意を示してきた。民意を踏みにじり基地建設を強行する国家政策そのものが『構造的差別』と言わざるを得ない」と指摘した。本土から派遣された若い警察官が1人ならず2人もが差別的な暴言を口にしたことで、こうした「構造的差別」に本土の警察組織が末端まで組み込まれていることが鮮明になった。2人を擁護した大阪府の松井一郎知事も同様だ。
 中央政府が「外交と安全保障は国家の専権事項」と言い放ち、選挙で示した民意が実現される自己決定権が奪われているのは、日本では沖縄だけだ。その構造的差別の上に立って、沖縄を見下したのが「土人」「シナ人」発言だ。