ニュースと論評

かもめマシーン「俺が代」さよなら平成ツアー

ひとりの俳優が「身体」を使って憲法を「読む」異色のパフォーマンス。

→ https://www.kamomemachine.com/oregayo-japan-tour

演出 萩原雄太
出演 清水穂奈美

日程
■名古屋公演
@愛知県芸術劇場小ホール
公演日程:
4月19日(金)   19:30 ★アフタートークゲスト 相馬千秋(芸術公社)
20日(土)   15:00  ★アフタートークゲスト 笠井叡(舞踏家)
※4月18日(金)18:00 高校生ゲネプロ無料招待あり
チケット料金:
一般 2,800円(当日3,000円)
U25 1,000円
チケット予約:
https://t.pia.jp/pia/ticketInformation.do?eventCd=1908742&rlsCd=001
https://www-stage.aac.pref.aichi.jp/event/detail/000143.html#000143

■東京公演
@早稲田小劇場どらま館
2019年4月27日(土) 15:00
4月28日(日) 15:00  ★アフタートークゲスト 安田登(能楽師)
4月29日(月・祝) 14:00 / 19:00
4月30日(火・祝) 15:00  ★アフタートークゲスト 細馬宏通(人間行動学者)
チケット料金:
一般 2,800円(当日3,000円)
学生  1,000円
チケット予約:
http://481engine.com/rsrv/webform.php?sh=2&d=421e6f0db7

■沖縄公演
@アトリエ銘苅ベース
公演日程:
2019年5月5日(日)15:00  ★アフタートークゲスト 榎森耕助(せやろがいおじさん)
5月6日(月・祝)15:00  ★かもめマシーンによる座談会形式のトーク
チケット料金:
一般 2,000円(当日2,500円)
U25  1,000円
チケット予約:
http://481engine.com/rsrv/webform.php?sh=2&d=0f7f39f16b


琉球新報の社説に、全国の新聞社は「返答」しよう

3月5日に琉球新報は下記のような「異例な・異常な」社説を出した。
このような社説を出さないといけないほど、沖縄県民投票の価値がないがしろにされている証拠だ。また、「普天間基地返還には辺野古新基地建設が唯一」と強弁する安倍政権への怒りだ。
社説は、「本土の国民の意識が問われる番である。」から始まる。
ぼくは、当然、全国の新聞社は、この社説への「返答」をするものだと「錯覚」していた。
3月6日に「返答」を書いた新聞社説を「お目にしてない」。

いま、安倍政権は、東京新聞記者を排除する「報道の自由」を侵害することを平気で、当たり前のごとくしている。それに対する抗議の声に耳を傾けようとする姿勢は微塵もない。
翻って、沖縄県にある米軍基地問題。沖縄県民はこれ以上の米軍基地はいらないと何度も表明している。
報道の自由が侵害されているなか、琉球新報の社説には、全国の新聞社は答えないのか。

安倍政権は、日本は独立国家だとくりかえし、軍事増強を当然視している。
独立国家だったら、日本の陸・海・空が日本の法律、国際法を無視しているアメリカ軍に対して抗議すべきだ。東京オリンピック・パラリンピック開催中も、アメリカ軍は通常通りにするという。
このように、日本にアメリカ軍基地が必要か、必要としたら、アメリカ軍に対して、日本政府としての意見をしっかり表明し、それを遵守させることが、独立国家として当然のことだと思う。

あす、全国の新聞社のいくつが、琉球新報へ「返答」できるのだろう。

琉球新報:<社説>県民投票の県外反応 「辺野古」全国で議論を
2019年3月5日 06:01
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-884002.html

 本土の国民の意識が問われる番である。
 名護市辺野古の新基地建設に伴う埋め立ての賛否を問う県民投票で投票者の7割超が反対の意思を示した。沖縄を除く46都道府県知事を対象に本紙が実施したアンケートで日米政府は結果を尊重すべきかを聞いたところ、回答を得た知事43人中「そう思う」と答えたのは静岡県の川勝平太知事、1人だけだった。
 未回答の岩手県の達増拓也知事は会見で「(結果を)重く受け止めるべきだ」と述べたものの、28人は回答を控え、14人は「どちらとも言えない」と答えた。
 米軍普天間飛行場の代替施設の受け入れを検討できるかとの問いに「検討できる」と回答した知事はいなかった。
 残念だ。全国の知事の態度は、過重な米軍基地負担を背景に県民が示した新基地建設反対の明確な民意に向き合っているとは言い難い。民主主義の担い手であるはずの都道府県トップの政治家がこのような意識でいいのか。
 そもそも知事選や国政選挙など節目の選挙で辺野古新基地反対の民意を示してきた県民が、県民投票で改めて意思を示さなければならなかったのは、普天間飛行場の代替施設を本土側が受け入れないことが大きな理由の一つだ。
 複雑な心情や分断の痛みを伴いながら県民投票を実施した大きな狙いの一つは、明確な民意を示すことによって全国的な議論を喚起することだった。
 玉城デニー知事は1日の日本外国特派員協会での会見で国民全体で議論するよう呼び掛けた。辺野古移設問題のボールは日米両政府や本土の国民に投げられたのだ。
 ところが安倍晋三首相は結果を「真摯(しんし)に受け止める」と述べながら、埋め立て工事は強行したままだ。言行不一致も甚だしい。岩屋毅防衛相に至っては、国会の答弁で「一部に反対のご意見があることも承知している」と述べ、7割超が反対した民意を「一部」と断じ、矮小(わいしょう)化した。
 こうした態度を示す政府を支えているのは本土の有権者だ。安倍政権を選挙で選んだ責任がある。無理解・無関心は無責任だ。県民投票で沖縄の明確な民意が示された今、工事の強行を黙殺することはなおさら許されない。
 憲法学者の小林節慶応大名誉教授は「県民投票には憲法上の拘束力がある。政府は憲法の趣旨に従って『少なくとも県外への移設』を追求すべき義務がある」と述べている。重要な指摘だ。政府も本土の国民も、この憲法上の拘束力を認識すべきだ。
 一方、東京都の小金井と小平の両市議会は普天間の代替施設の必要性や移設先について国民的議論を求める意見書を可決した。この動きが全国に広がってほしい。一人一人が沖縄の基地問題をわが事として捉え、活発な議論を繰り広げることで、全国で理解が深まることを切望する。


「剣璽等承継の儀」に女性は参加できないのか

信濃毎日:<社説>皇位継承儀式 議論避ける政府の怠慢
https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190119/KT190118ETI090009000.php

朝日新聞:<社説>皇位継承儀式 「女性排除」の時代錯誤
2019年1月23日05時00分
https://www.asahi.com/articles/DA3S13860418.html?ref=nmail_20190123mo

いずれも、女性皇族が参加できないことを批判している。その点には異論はない。
しかし、現在のままでいくと、女性閣僚が参加することになる。各紙報道によると、「憲政史上初」とある。
それならば、女性閣僚は認めて、女性皇族は認めないのは不公平でないかとの指摘があってもいいと思う。女性閣僚については「憲政史上初」に実現できたのであれば。
「女性排除」ではない、同じ女性でも「区別」している。そのことを問題視することはできないのだろうか。
私は、そもそも、天皇の退位・即位に関わることを「国事行為」とすることに反対だ。天皇を国民のなかに意識づけるためのものにしか思えない。
憲法第1条には、「(天皇の)地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とある。
それならば、天皇の行為について、そのあり方について、国民的な議論が必要なのではないか。
天皇の退位は現天皇から、大嘗祭のあり方は秋篠宮から提案があった。これらの問題は、国民が議論し、提案すべきことだと思う。
あまりにも、日本国民は政府に任せすぎる。国民生活に直接関わらなくても、税金を納めているものとして、税金がどのように使われているかの視点からでも政治問題に意識すベイだし、意見を述べるべきだと思う。
天皇制に関しては「タブー」とされ、自由に意見を述べることがはばかれる時もあった(現在にもないとはいえない)。
象徴天皇制は憲法の趣旨からすると、国民の総意に基づくもの、国民が考えるべきものだと思う。皇室行事は確定したものはなく、明治以降のものを踏襲している場合が多い。これは天皇家の私的行事にしろ、それを「国事行為」とすべきなのかを含めて、もっと自由に意見を述べるべきだと思う。


沖縄県民は日本国民か

本土紙は、「土砂投入」について社説を書いてくれた。その後も記事にはしてくれた。
「沖縄県民は日本国民か」と沖縄からの問いに賛同する新聞社はいないのか。
菅官房長官の発言、普天間基地が返還できないのは沖縄県知事のせいだ。
岩屋防衛大臣の発言、辺野古新基地建設は日本国民のためだ。
こんな欺瞞に満ちた発言を本土紙はスルーするのか。
もっと、日本国民は安倍政権の発言、ひとつひとつを吟味する必要があるのではないか。
そうしないと、発言が既成事実をつくり、どんどんエスカレートして、気がついたら、どうすることもできなくなるのではないか。

琉球新報:<社説>22年普天間返還困難 たちの悪い責任転嫁だ
2018年12月18日 06:01
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-850165.html
 1996年の普天間返還の日米合意以来、沖縄は何度も県内移設反対の民意を示してきた。しかし政府は県内移設にこだわり、返還時期の約束をほごにしてきた。96年の返還合意の際は5~7年後、2006年の米軍再編では14年の代替施設完成後、13年には22年度またはその後だった。仲井真県政が埋め立てを承認した際に約束した19年2月までの運用停止も困難という。近年は県の反発へのいら立ちからか「辺野古移設か、普天間固定化か」というどう喝まがいの二者択一を迫っている。
 こう見ると、政府の真の狙いが浮かび上がる。普天間の危険性除去は二の次で、軍港や弾薬庫といった普天間飛行場にない機能を備えた新基地建設を最優先することだ。
 岩屋防衛相は辺野古移設は「日米同盟のためではない。日本国民のためだ」とも述べた。日本の防衛の最前線は南西地域だと指摘し「この地域の抑止力を減退させるわけにはいかない」と強調した。
 「抑止力」の名の下で重視しているのは県民の生命や人権よりも、自衛隊や本島北部のヘリパッドなども含めた基地のリニューアル(再開発)である。防衛相の言う「国民」に県民は入っていないに違いない。有事には敵から真っ先に標的にされ、平時では事件・事故、騒音などで命や人権が侵害される。「抑止力」のために県民に犠牲を強いる構造的差別を可視化する発言であり、植民地主義の発想だ。
 新基地が欲しいのは米国よりむしろ日本政府だということも鮮明にした。何が何でも新基地を造りたい政府にとって「危険性の除去」は本気ではなく空手形の疑いがある。県の試算では工期はあと13年もかかる。「抑止力」のためにその間、普天間の危険を放置するのはあまりにも無責任だ。

沖縄タイムス:<社説>[岩屋防衛相発言]沖縄は民のうちですか
2018年12月18日 07:26
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/360820
 「国民のため」とは、どういう意味なのか。国民のうちに沖縄は入っているのか。
 翁長雄志前知事の生前の言葉を思い出す。2015年9月、新基地を巡る県と政府の集中協議で、安倍晋三首相にこう迫った。
 「『日本を取り戻す』という中に沖縄は入っているんですか」
政府が抑止力という言葉を口にしたとたん、政治家も国民も魔法にかけられたように思考停止に陥る。
 そして政府は説明責任を果たすことなく「辺野古が唯一の選択肢」という脅し文句を繰り返す。
 私たちが辺野古に代わる「プランB」を検討せよと言い続けているのはそのためだ。辺野古見直しは、譲ることのできない最低限の要求である。



新聞はどの事実を報道すべきかを考えよ

NHK:辺野古 埋め立て予定地に土砂投入はじまる
2018年12月14日 18時16分基地問題
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181214/k10011746901000.html?utm_int=news_contents_news-main_002

12月14日のNHK「ニュース7」で菅官房長官の発言にあぜんとした。「菅官房長官は、閣議のあとの記者会見で、「現職の知事としても、普天間飛行場の危険性除去をどう進めていくかは極めて重要な問題だと思うし、普天間飛行場の固定化は絶対に避けなければならないはずだ」と述べました。」の報道。
翌日の新聞、管見の限り、菅官房長官のこの発言はスルーされている。のんきな日本の新聞社だと今更ながらこれまたあぜんとした。
ぼくは、ニュースをみながら、「危険性をもたらせているのはだれだ。それを放任しているのはだれだ。辺野古に新基地を建設すれば、辺野古には危険性はないと断言できるのか。」と即座に思った。新聞社にはそのような発想はできないのか。「政府と沖縄県の対立激化」としかステレオタイプでしか報道できないのか。そのなかでどのような事実があるのか取捨選択できないのか。
菅官房長官の発言は重大だ。政府が責任を負うべきことを、「辺野古新基地建設に反対している沖縄県知事によって、普天間基地の危険性が除去されない」と責任転嫁している。政府の責任を報道するならいくらでも事実がある。なのにスルー?
もうひとつ、最近のメディアが共通して使う言葉。
「来年、一斉地方選挙、参議院選挙がある。その直前に重要法案で国会が対立したら、選挙に影響するから、今のタイミングで法案を通した」。
それは政府のことばでしょう。メディアは政府のことばをそのまま伝える機関ではない。ましてや、こんな国民を愚弄する発言に何のコメントもつけられない。「日本国民は忘れやすい」という愚弄したことば。
メディアの役割は、たとえ、「日本国民は忘れやすい」かもしれないが、選挙では、今までの政府の強引な政治を国民に思い出すような記事を掲載してほしい。選挙が始まって、メディアはすることは「当落予想」が中心、始まってすぐ、中盤、終盤とそんな報道をする必要があるのか。選挙は「ギャンブル」ではない。
メディアは政府と一定の距離をとることは常識。世界の中で首相と定期的に会食をしている日本は異常じゃないのか。だから、政府の情報を「垂れ流す」ことしかできないのではないか。
参議院選挙では、少なくとも、この3年間に安倍政権が行った、国民無視の、強引な政治手法を批判する記事を掲載して、「忘れやすい日本国民」を覚醒させてほしい。


南北首脳会談に期待する

3回目の南北首脳会談が実施された。「平壌共同宣言」が発表された。私はこの動きをまずは歓迎したい。
しかし、新聞社説を読むと、「歓迎」する立場、「北朝鮮の動きを信頼できない」立場に分かれている。
後者の立場の主張は、(1)北朝鮮の非核化にむけて具体的なプロテスが明らかでない、(2)アメリカのトランプ大統領が北朝鮮に不信感をもっている、(3)拉致問題への言及がない に集約される。
(1)については、まずは会談をして、非核化に向けて進んでいくことを約束したことを評価すべきではないのか。具体的なプロテスが明らかでないというなら、日本政府の「非核化」政策はどのくらい具体的な見通しがあるのか。核保有国と非核保有国の「橋渡し」の役割を果たすと主張しているが、これにどれぐらい期待できるのか。ましてや、「戦争被爆国」なのに、核兵器禁止条約制定の会議にさえ参加しないなんて、世界の諸国が日本政府を信頼しているだろうか。
(2)トランプ大統領の云々は、昨年の米朝会談をふりかえると明らか。会談直前までトランプ大統領は「会談はしない」、「会談途中で打ち切りもありうる」といいながら、会談は実現した。トランプ大統領の言動にふりまわされないでほしい。また、トランプ大統領の主張があたかも「正しい」という感覚で社説を書くのはやめてほしい。
(3)北朝鮮政府から日本政府に送られたメッセージは、韓国やアメリカを通してではなく、日本政府から北朝鮮政府に直接いってほしい。このことを記事にした新聞社は少ない。また、日本政府と北朝鮮政府の間に正式な外交ルートがないことぐらい、新聞社なら常識である。お互いに大使館を置いていない。そのもとは日韓基本条約にある。また、新潟で行われていた貿易も中断したまま。日本政府は拉致問題を最重要課題だと位置づけるなら、まずは、正式な外交ルートをつくることが先決だと思う。また、新聞社も拉致問題を論じるなら、日本政府と北朝鮮政府がどのようにしたら外交ルートをつくれるかも論じてほしい。

1年前を考えてほしい。だれが南北首脳会談の実現すると予想しただろうか、だれが米朝首脳会談の実現すると予想しただろうか。首脳会談が実現した成果をまずは評価し、そこで出された「共同声明」が履行できるように応援・支援するのが近隣国の責任ではないだろうか。
北朝鮮体制を是とする気持ちは毛頭ない。国内外への人権侵害には警告すべきだ。私には日本が北朝鮮体制にだんだん進みつつあると考えるが、これは偏見だろうか。


広告による異常な印象操作

南日本新聞2面(下5段)に「安倍総理と日本を変える」(月刊Hanadaセレクション)
の広告がありました。
南日本だけでなく、地方紙(共同通信)で同じような広告があったようです。
http://www.asyura2.com/18/senkyo250/msg/369.html

自民党は総裁選挙にあたり、新聞社などメディアに、「公正・中立」な報道を求める通知を出した。これじたい、異常なことだし、憲法上も許されることではない。
メディアがこの通知に従うだけでなく、安倍情報を積極的に報道することは、メディアの使命を忘れている。メディアは政府には距離をとること、政府への批判的な姿勢をとることが、その使命だとぼくは思う。

「自民党総裁選挙 今日告示」の記事の下にこのような広告がある。
新聞社がいうには、「記事」と「広告」は別だ、という。しかし、5段組の広告を見せられた読者にはそのような印象はいだかない。「印象操作」(安倍首相がお嫌いな)が働くとしか思えない。

安倍首相が、自衛隊幹部を集めた場で、公的な場で、「憲法改正を促すような」訓示をしても、新聞は大問題としてあつかわない。
憲法発議は国会の権能、内閣の権能ではない。しかし、内閣が憲法改正をしきりに主張している、これは大問題。首相としての資格はない。

1980年9月3日の朝日新聞の1面の記事の「見出し」。
「護憲運動を逆批判」、「法相(=奥野)、重ねて「改憲」強調」、「罷免要求は脅迫」、「9条解釈 合意必要」

憲法改正を主張する首相、大臣は新聞の批判対象だった。また、首相も大臣も任期中は控えた。それがいま堂々と主張する。新聞もそれほど批判しない。
国会は「国民の代表機関」。国民の多数は、緊急に憲法改正を望んでいない。それなのに、国会、内閣が憲法改正をしきりに主張。これは異常な状態だ。異常と新聞は認識できないのか。


安倍首相の「憲法改正」発言に、メディアはもっと講義せよ。

首相が「憲法改正」を主張することは憲法上許されないことです。
憲法では、「国会が発議」するとなっています。
法律案と違って、内閣に発議する権能はありません。
安倍首相は、国会では、「自民党総裁」と立場と「内閣総理大臣」の立場を巧妙に使い分けています。
私的グループでの発言ではありません。自衛隊幹部を集めての場での発言です。
重みが違いすぎます。
もっと、メディアは追及してもいいと思います。内閣総理大臣につながる「自民党総裁」としての資格に欠ける、総裁出馬を辞退せよ、ぐらいの論調があってもいいと思いますが。

第52回自衛隊高級幹部会同 安倍内閣総理大臣訓示を読んで、それでも、メディアは「沈黙・沈黙に近い」ですか。
http://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201809/03jieitai_konshinkai.html


新聞は「ヘイトスピーチ」にあまい

毎日のように、安倍政権の閣僚、自民党議員から「ヘイトスピーチ」が流される。二階幹事長の発言は、今まで自民党議員が何度も繰り返してきたものだ。安倍政権、自民党にはそのような本質があることを新聞はもっと批判すべきだ。「ヘイトスピーチ」はネットでは「常識」になっている。翁長知事が「沖縄慰霊の日」に平和宣言をした。その姿は痛々しかった。しかし、ネットのなかでは人格を否定した言葉が乱雑している。国会で堂々と「ガン患者」に暴言をはく、こんなことが許されていいはずはない。新聞は「ヘイトスピーチ」にあまりにもあまいのではないかと思う。日本国憲法は「個人の尊重」、「個人の尊厳」を規定している。憲法尊重義務があるものがそれを否定する発言をくりかえしているのを放置していいのか。新聞社の使命が問われる。


田畑忍元同志社大学学長一家の戸籍抹消事件

5月29日の共同通信は「「共産と同一行動は問題」 3人出産発言を巡り 自民、女性県議を注意」を報道した。私は、これは重大な問題だと思っている。石破幹事長(当時)が沖縄県選出国会議員に「米軍基地問題」へ転向を求めたことと同じだと思っている。
以下、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟鹿児島県本部作成資料(2000年10月10日)から引用する。

田畑忍元同志社大学学長一家の戸籍抹消事件

奄美大島は国防上の重要な拠点として古仁屋要塞の構築が始まり、これに反対したアナーキストを弾圧し、カトリック排撃運動が名瀬で起こり1934年暮れにはすべての宣教師が奄美大島から引き揚げざるを得ない状態にエスカレート、1935年には古仁屋要塞司令官であった笠(りゅう)蔵次陸軍大臣が名瀬町長にまつりあげられ5年間勤めましたが宣教師が居なくなった教会の跡に町役場を移し、信者を集め信仰を捨てなさいと話し「もし、余が言うことが間違っておればこれをもって余を刺せ」と、自分の軍刀を投げ出した話は有名です。また、宗教転向書をたくさん印刷して署名捺印を強制したり、防空演習にかこつけて、信者の家を焼夷弾の投下の的にして、家財道具から店の商品も台無しになるほど水をぶっかける、こういう蛮行が展開された。
こういうなかで名瀬ゆかりの憲法学者、田畑忍さん一家の戸籍抹消事件が起こりました。8歳下の弟・田畑しげしさんが全協食品部支部責任者、全協京都支部協常任として活動中、1932年5月に共産党に入党、9月検挙、11月起訴されました。当時は、本籍地の役場に通知が来るしくみでしたが、名瀬の町会では、急遽招集が行われ、「非国民一族の本籍が名瀬においていくわけにはいかない」という決議がされ、それを田畑家につきつけられ、お父さんは、泣く泣く本籍を名瀬町金久村から京都府東山区に移さざるを得なかったのです。「昭和10年3月22日全戸除籍」となっています。共産党員、アカ、非国民と言われれば、戸籍まで抹消される、人権もない暗黒の時代でした。
名瀬市議会では治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟鹿児島支部(当時)の陳情にもとづき審議、こうした戦前の痛恨の反省にたち1994年10月5日「治安維持法犠牲者への国家賠償を求める意見書」が全会一致で採択されました。