今週のひと言

「戦争しなければ…」ということ

 日本維新の会の丸山穂高議員の「戦争しなければ、領土は返らない」発言は、大問題だ。さすがに維新は除名処分にしたが本人は、「言論の自由だ」と開き直っている。国会で辞職勧告決議案をという提案にも、何と「先例になるのは困る」とまとまらないらしい。要するに、同じような感じを持っている人たちが多い、ということなのか? 変な議員がいるのは、それを支持する人が少なからずいるということだ。この際、この問題をじっくり考えてみなければならない。 
 日本国憲法は「再び政府の行為によって戦争の惨禍が起こることがないように」と、「主権在民」や「戦争の放棄」を決め、天皇以下大臣や議員、公務員に「憲法擁護義務」を課した。戦争好き、戦争は必要だと思っている人は、議員や公務員にはなれない。それは「言論の自由」「思想の自由」に抵触する話ではない。
 国際的には、1928年の不戦条約があり、いまそれで世界が動いている国連憲章がある。そんなものはそっちのけ、の戦争があることも事実だが、日本は「戦争をしないと決めた国」なのだ。
 日本には、まだ「丸山議員的感覚」が残っている。いま、外国の戦争が報道される。その中で、「日本は戦争しないのだ」という考え方を改めて培っていくことが大切だ。
 領土問題だとやたらに強硬論が出る傾向がある。しかし、どの問題でも、まず大事なのは、実効支配。北方領土はロシア、竹島は韓国、尖閣諸島は日本が実効支配している。それが原則だ。意見の違いを認めた上で、どう現実的に解決するのか。方法は話し合いしかない。そのためには、国際司法裁判所での解決も一つの方法だが、基本は話し合い。戦争、つまり武力行使は論外なのだ。


天皇制論議をタブーにするな

 4月から5月にかけて「改元・天皇代替わり」の一連のイベントが行われました。この間のマスメディア、とくにテレビはまるでお祭り騒ぎのようだった。NHKは『平成紅白歌合戦』や『ゆく時代くる時代』などと、年末年始を思わせる長時間の特番をはじめ、特別編成で二日間を放送した。
 天皇の交代によって年号を変えるという習慣を残しているのは世界でも日本だけということで、近代国家と天皇制はどのように相容れるのか、また国民主権を掲げる日本国憲法と天皇制はどのような関係にあるのか、国民的な議論を起こす絶好の機会だったが、テレビはただ大騒ぎをするばかりで、せっかくのチャンスをふいにしてしまった。
 まったくメディアに登場しなかったのは、天皇制そのものの是非に関する議論だ。
 戦時中の「慰安婦」問題を追及し、資料収集・展示などをしているアクティブミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」は、退位の日の4月30日に「天皇制は、自由と平和、平等と民主主義に反する制度です。日本の戦争責任、植民地支配責任を果たすためにも、日本人が自らの手で天皇制に終止符を打つ、その歩みをみなさんとともにこれからも進めていきます」とするアピールを発表した。また即位の日の5月1日にも、天皇制を批判する講演会やデモが都内など各地で行われたが、テレビ各局のニュースなどでは触れられなかった。
 天皇制に対する批判があるという事実すら報道されない状態では、天皇制の今後を考えるための冷静な議論は期待できない。実際、天皇制に関する問題はマスメディアではタブーのようになっている。こうした現実が、日本における表現の自由を息苦しいものにしている側面もあるのではないか。天皇制論議をタブーにしてはならない。


ドロボウネコ

 新元号の決定、平成最後の行幸啓…などと騒いでいる間に、改憲策動が前に大きく進んでいる。この後、天皇退位、新天皇即位で10連休、などと浮かれているうちに、まるで、どさくさのスキを狙った「ドロボウネコ」。改憲をテーマにして衆参同日選が仕掛けられているのかもしれない。
 萩生田光一自民党幹事長代行は、18日、インターネットの右翼テレビ「虎ノ門ニュース」(DHCテレビ)で、景気の指標になる日銀短観を念頭に、消費税増税先送りの可能性を示唆、「(増税を)やめるとなれば、国民の皆さんの了解を得なければならないから、信を問うということになる」と発言、さらに進んで、憲法審査会について、「野党と合意しようと現場は頑張っているが、そろそろしびれちゃってる」と発言。「ここまで丁寧にやってきても(野党は)聞かない。総理がたびたびスケジュール感の発信をすると責められる。発信してもだめ、静かにしてもだめだったら、もうやるしかない」「(天皇の)譲位が終わって新しい時代になったら、ワイルドな憲法審査を自民党は進めていかないといけない」と述べた。
 萩生田氏は消費税先送り発言について追及され、、「撤回」したが、同じことをまた言っており、意見は変わらず。改憲については、24日の憲法審査会の懇談会で、自民党が謝罪して、憲法審査会開会に反対していた野党も腰砕け。25日の審査会開会に合意した。
 一方で安倍首相は、23日、新憲法制定議員同盟(会長・中曽根康弘元首相)の「新しい憲法を制定する推進大会」へのメッセージで、「令和元年という新しい時代のスタートラインに立って国の未来像について真正面から議論を行うべきときにきている」と表明。「憲法に自衛隊と明記し、違憲論争に終止符を打つことは政治家の責任ではないか」などと国会議員に号令をかけた。
 「改元、代替わりキャンペーン」で、なぜか内閣支持率が10ポイント近くアップ、統一地方選の投票率は、前回より下がる低調ぶり。安倍政権にとってはまずまず「計算通り」の展開だったのではないか。メディアも、いよいよ、どさくさ紛れの改憲に反対する覚悟を決めるべきだ。


「拗ね者」の精神を継ぐ

 元読売新聞社会部記者の本田靖春さんが2004年12月に71歳で死去して15年。昭和50年代後半から60年代に新聞記者を志した世代なら、「不当逮捕」や「警察回り」などの作品をむさぼるように読んだ経験があるはずだ。ノンフィクション作家の後藤正治さんが、担当編集者らに丹念に取材してまとめた評伝「拗ね者たらん 本田靖春 人と作品」(講談社)が昨年暮れ、上梓された。がんや糖尿病と闘い、両足と右目の視力を失いながら執筆を続けた最後の日々の壮絶さには息をのむ。最後の作品「我、拗ね者として生涯を閉ず」(講談社、2005年)は、本田さん自身「私はこの連載を書き続けるだけのために生きているようなものである。だから、書き終えるまでは生きていたい」と書きながら、最終回を残して絶筆になった。
 この作品を古書で入手した。読み終えて「もっと早く読んでおけばよかった」と思った。植民者の子として戦前の朝鮮で生まれ、敗戦後の引揚生活で苦労した。日本の植民地支配の実相も肌で知っていた。それらの経験が終生、戦争を憎み、戦争を招くものには徹底的にあらがう姿勢の土台にあった。根っからの平和憲法支持者だったことがよく分かった。
 本田さんは、社会部の黄金時代の終焉とともに1971年に読売新聞社を退社した。社会部の黄金時代とはどんなものだったのか、実例もふんだんに書かれている。だがむしろ、現在のマスメディアとそこで働く人たちにとって意義があるように思うのは、部内で声を上げる気風が急速に失われていきつつあった中で、本田さんが若手記者たちに説いていたという「野糞の精神」のエピソードだ(本田さん自身「下品になって恐縮だが」と断って紹介している)。
 「可能ならば、全員で立ち上がって戦ってほしい。できないなら、せめて、野糞のようになれ—」「野糞はそれ自体、立ち上がることはできず、まして、相手に飛びかかって噛みつくなぞは絶望的に不可能である。でも、踏みつけられたら確実に、その相手に不快感を与えられる。お前たち、せめてそのくらいの存在にはなれよ、—と訴えたのであった」
 管理強化が進んだ組織の中で、立ち上がって声を上げるのは大変な勇気が必要だ。皆が続いてくれるとは限らないし、孤立すれば居場所がなくなる。でも、もし「このままでいいのか」と思うのだったら、いきなり声を上げるのは無理でも、まずは本田さんが「せめてそのくらいの存在には」と書いたところから始めよう。そして仲間を増やしていこう。


「憲法くん」が求めるもの

 わたし、憲法くんは個人の自由が奪われないように、国を治める人たちが、自分勝手な政治を行わないように、歯止めをかけているんです–。
 芸人、松元ヒロさん(66)による一人芝居「憲法くん」を原案にした映画「誰がために憲法はある」(井上淳一監督)が今月27日から東京などで公開される。
 松元さんに代わって映画で「憲法くん」を演じるのは女優の渡辺美佐子さん(86)だ。「憲法には国家が暴走しないように権力者をしばる役割がある。それを聞いて、戦争を知る世代である私がこの役を演じる意味があると思った」
 東京で生まれ育ち、東京大空襲を経験した。毎晩のように鳴る空襲警報。ひもじい毎日。そして同じクラスで、思いを寄せていた少年がある日、姿を見せなくなった。「広島の親類の家に疎開し、原爆で命を失っていたことを戦後から35年を経て知った」という。自分は生き延び、俳優という道を歩んできた。戦争で命を失った人々への「申し訳ない」という気持ちが、平和を強く願う思いに結びついた。
 映画では、そんな渡辺さんが女優有志で始めた朗読劇「夏の雲は忘れない」にも視点を当てる。台本には被爆した子や母、元米従軍カメラマンの故ジョー・オダネル氏の手記などを盛り込み、作曲家の池辺晋一郎さん(75)が音楽を担当した。初演は2008年。以後、夏の時期に全国各地を公演でめぐってきた。だが、この朗読劇も「今年が最後」という。「体力的につらくなってきた。若い人たちの感覚で平和の大切さを表現してほしい」と渡辺さん。
 「理想と現実が違っていたら、普通は、現実を理想に近づけるように、努力するものではありませんか」と訴える「憲法くん」。平和をつくるために一人ひとりが行動する。それこそ、日本国憲法が私たちに求めることにほかならない。


忖度?思考停止? この改元狂奏曲

 ある程度予想されたことではあったが、ここ数日の朝刊各紙とテレビの情報番組による改元狂奏曲は、日本のジャーナリズムの弱さを改めて示すことになった。
 「令和」の典拠となった万葉集ブーム。ゆかりの太宰府で「歓喜の宴」。「令和」商戦。全国「令和さん」紹介……。社会面はほぼ奉祝記事で埋め尽くされた。政治面等で日本の歴史上初めて国書が典拠とされた背景に安倍晋三首相の強いこだわりがあったことなどの解説はあるものの、「一世一元」とは何か、国民主権との関係でどうなのか、という本質的な問いが欠落していた。おめでたい席に異論を唱えるのは差し控えるという「忖度」か、メディアで働く人間の思考停止がここまできてしまったのか。
 3月27日、弁護士や作家、フリージャーナリストが元号制定の差し止めを求めて東京地裁に提訴した。元号の制定は、国民を「天皇の在位の時間」に閉じ込めるから、憲法13条の「個人の尊厳」を侵害する。元号法は国民主権を根本原理とする日本国憲法の精神に真っ向から反する――。問題の核心を突く主張を記者会見で訴えたが、大手メディアやテレビのほとんどが黙殺した。
 歴史を駆け足で振り返ると、一世一元の制度は、1868年9月8日の明治改元の詔に記された。空間だけでなく、時間も天皇が支配することを狙った。「祭政一致国家」を目指した明治政府は、天皇の権威を高めるために天皇統治の正当性を神話に求めるなど、様々な仕掛けを用意し、一世一元もその一つだった。日本国憲法の制定で主権は、天皇から国民に移る。一世一元の見直しは論理必然であり、1979年制定の元号法をめぐって、国民主権の観点からも激しい議論が起きた。そんな過去は忘却の彼方にいってしまったかのようだ。
 新天皇が即位する5月以降、「剣璽等承継の儀」や「即位礼正殿の儀」、「大嘗祭」が続く。すべて政教分離や国民主権との関係で問題をはらんでいる。「忖度」「思考停止」は、ジャーナリズムの自殺である。


AMラジオ「廃止」でいいのか

 日本民間放送連盟が、現在のAM放送からFM放送に乗り換えることができるよう総務省に制度改正を要望した、と報じられた。現在、多くのAM局が難聴対策や災害対策のために「ワイドFM」としてFMの周波数帯でも同じ番組を放送していること、AMはFMに比べて大規模な送信所どが必要なため設備更新には多額の費用がかかることから、放送事業者の判断でFMに一本化できるよう求めるものだ。2028年の再免許時までの実現をめざすという。
 ラジオ局は確かにどこも経営が苦しく、大規模な設備更新やAM・FMの並行運用がたいへんだ、というのは理解できる。しかし、いきなり「AMラジオをやめます」というのは、多くのリスナーにとって文字通り“寝耳に水”だろう。ツイッターなどで反対の声が沸き上がったのも無理はない。
 FMでも同時放送しているから、と言っても、各地のワイドFMはまだ普及の途上で、周波数の周知も十分ではない。またFMの高周波数帯までカバーできる受信機がなければ聴取できない。ラジオ局の負担軽減のために受信機買い替えをリスナーに強いる、ということでいいのだろうか。
 FM波は波長が短くて送信設備が小さい分、電波の届く範囲がAM波より狭い。このため、遠くまで電波を飛ばすためには中継局を増設しなければならないはずで、これが逆にラジオ局への新たな経営的負担になることも考えられる。
 最近はスマホのラジコアプリで聴いているリスナーも多いと言われるが、災害などの非常時に情報インフラとして頼りになるのは、乾電池でも長時間作動できる小型のラジオ受信機だ。災害の多いこの国で、繰り返しラジオメディアの重要性が確認されてきたことを、放送事業者はどう受け止めているのか。
 広告収入の落ち込みを、人減らしや番組制作費の削減でごまかして、その結果としてラジオ媒体の魅力を自ら低下させてきたツケを、リスナーに転嫁するようなことは許されない。この機会にラジオの魅力を再認識してもらうような、いわばピンチをチャンスに変える発想をラジオ関係者に求めたい。


地方選挙の課題

 いよいよ統一地方選。安倍首相は16日、防衛大学校の卒業式で、「自衛隊が強い誇りを持って職務を全うできる環境を整えるため、全力を尽くす」と決意表明。改めて自衛隊を憲法に書き込むという改憲への執念を見せた。
 これまで自民党は、「地方選と国政は別」と議論を避けてきたが、今回は地方選挙でも、「国民世論を呼び覚まし、憲法改正に向けて道筋をつける」と、「改憲」を打ち出した。
 地方選挙で国政の問題を主張するのは野党・革新系、国政問題を隠して「どぶ板」で多数を取るのが保守・自民党系―という構図も変化している。

 自民党は昨年来、地方支部に「改憲推進本部」を作り、地元の改憲団体と一緒に集会を開くなどして「改憲機運」を高める、としている。一例は、自治体への自衛隊適格者名簿の提出要請。2月14日には、全所属国会議員に、自衛官募集の関連名簿提出を地元市町村に促すよう求める通達を出した。
 小野寺五典安全保障調査会長らの名前で、「募集に関する名簿を紙媒体や電子媒体で提出するよう要請しているにもかかわらず、市町村の約六割が提出していない」とし、「募集事務の適正な執行」だとした。冗談ではない。民間はもちろん、警察や消防の募集にも住民票から適格者の年齢で名簿の一覧を出すなどということはない。
 「一強」の国会情勢に対し、自治体議会が反対の請願を採択したり、決議や要請書を上げる例が増えている。この自衛隊募集でも同様だ。「安倍9条改憲」が導き出すのは、この「自衛隊員の候補者抽出」から「勧誘」、「説得」…、勇んで「出征」だ。地方議員は「関係ない」とは言っていられないはずだ。

 地方選の候補者に、課題を問い掛け「あなたは中央直結の地方自治体」を作るのか、それとも「中央政治にもの申す、住民の声を代表する地方議会」を作るのか、を問い掛けるのは、メディアと住民の責任だろう。

 あなたが投票する候補者は、どう言っていますか?


立ち上がる市民

 統一地方選の一つとして実施される広島市長選(4月7日投開票)に「憲法と平和を守る広島共同センター」の代表で、元広島市職労書記の川后(せんこう)和幸氏(67)が無所属で立候補する。市民団体「市民の願いにこたえる広島市長を誕生させる会」の世話人で今月初め、自ら出馬を表明した。
 同会は「核兵器禁止条約の署名・批准を日本政府に本気で働きかける市長を誕生させよう」と年明けに結成された。きっかけをつくったのは一昨年末、オスロであったノーベル平和賞の授賞式で、「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)を代表して核の被害を訴えたサーロー節子さん(87)=カナダ在住=だ。
 広島で被爆したサーローさんは昨秋、帰郷し、広島の松井一實市長に「戦争被爆地の広島市長には核兵器禁止条約を成立させるために道義的責任を果たしてほしい」と要請した。これに対して松井市長は「とんがらなくてもいい。ドングリの背比べでいきたい」と返答したと報じられている。
 「市長の姿勢を変えるために一人一人が声を上げて行動を」。サーローさんの呼びかけが、広島の市民を立ち上がらせた。
 一方の首都東京。首相官邸前で14日、「FIGHT FOR TRUTH!私たちの知る権利を守る」をスローガンにした抗議行動があった。
 新聞や出版といったマスメディアの労組などでつくる「日本マスコミ文化情報労組会議」(MIC)が主催し、現役の記者や弁護士、市民、野党議員らが参集。官房長官の記者会見で質問の制限や妨害に遭っている東京新聞の望月衣塑子記者は「民主主義が衰退する」と声を上げた。
 4月の統一地方選の次は7月の参院選だ。平和、環境、報道の自由をどう守るのか。次の世代にどんな国を残すのか。私たち主権者の行動がそのカギを握る。


特捜検察の事件とメディアの役割

 特別背任などの罪で起訴されている日産自動車のカルロス・ゴーン前会長が3月6日、東京拘置所から保釈された。昨年11月に東京地検特捜部に逮捕されてから身柄拘束は108日に及んだ。特捜部の捜査は続いており、前会長は起訴事実をすべて否認。公判前整理手続きも始まっていない。その中での保釈は異例だという。これまでも特捜検察の事件では、長期の身柄拘束が伴う「人質司法」が批判されてきた。ゴーン前会長の事件で国際的にも批判を浴びたことが、裁判所の判断に影響を与えたのでは、との指摘もある。保釈翌日の7日付の新聞各紙の社説では、朝日新聞や日経新聞のほか多くの地方紙が「人質司法を脱する契機に」と説いた。
 特捜部の捜査にはほかにも検証が必要なことがある。例えば昨年11月に最初にゴーン前会長を逮捕した際の発表だ。容疑は、日産自動車の有価証券報告書に前会長の報酬を約50億円少なく記載したとの内容。普通に受け止めれば、前会長は手にした報酬のうち約50億円を隠蔽していたのだろうと考える。しかし、実際には未払いで、検察の発表の中でそのことは明らかにされなかった。「50億円は未払い」と分かっていれば、事件と前会長について一般の人が当初抱いた印象は異なっていたかもしれない。なぜそんな発表になったのか、踏み込んだ検証記事は今に至るまで見当たらない。
 逮捕直後から日産自動車は前会長の解任に動き、「社内調査」についての情報発信も積極的だった。結果として詳細も真偽も不明のまま「金に汚く、会社を私物化したゴーン」の印象が広まった。そのことがその後の捜査の追い風になった観は否めない。前会長の逮捕に向けて、特捜部と日産自動車の間でどんなやり取りがあったのか。ハードルは高いかもしれないが、検証は不可欠だ。
 かつて特捜検察は、厚生労働省官僚だった村木厚子さんを逮捕(後に無罪確定)した事件で、大阪地検特捜部の主任検事が証拠を改ざんするという不祥事を引き起こした。捜査機関として極限までの堕落。その最大の要因は特捜検察のおごりだが、メディアも「巨悪を眠らせない」などと無批判に特捜検察を持ち上げ続けていた。メディアは今一度、その反省に立って、検察の捜査を監視し、検証すべきだ。