今週のひと言

産経新聞の極論と攻撃性

 産経新聞が2月8日、沖縄で米海兵隊員が重体になった交通事故を巡る記事について、取材が不十分だったとして削除することを紙面と自社サイトで明らかにした。同時に、記事中で「メディア、報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥だ」と批判していた沖縄タイムス、琉球新報に謝罪した。
 削除したのは、昨年12月9日にサイトにアップした「危険顧みず日本人救出し意識不明の米海兵隊員 元米軍属判決の陰で勇敢な行動スルー」の記事。同12日付の紙面にも掲載した。自身の車も事故に巻き込まれた海兵隊員が、横転した車から日本人男性を救出した直後に別の車にはねられたとし、さらに「『米軍=悪』なる思想に凝り固まる沖縄メディアは冷淡を決め込み、その真実に触れようとはしないようだ」として、“美談”が載っていなかった沖縄タイムスと琉球新報を痛烈に批判していた。ところが海兵隊も沖縄県警も、この海兵隊員が日本人男性を救出したとは確認しておらず、産経は沖縄県警に取材すらしていなかった。これらのことを琉球新報が1月30月に、沖縄タイムスも2月1日に報じて、産経の記事に疑義を呈していた。
 記事を書いた産経那覇支局長の取材のずさんさに驚くが、より本質的な問題は、沖縄タイムス、琉球新報に対して産経が抱いている憎悪と攻撃性だ。問題の記事には「常日頃から米軍がらみの事件・事故が発生すると、『けしからん!』『米軍は出て行け!』と言わんばかりにことさら騒ぎ立て、米軍の善行には知らぬ存ぜぬを決め込むのが、琉球新報、沖縄タイムスの2紙を筆頭とする沖縄メディアの習性である」とのくだりもあった。ここまで感情的で憎悪に満ちた文章は、組織の中にそうした物言いを許容する雰囲気がなければ書けるものではない。その意味で、那覇支局長個人や記者教育の問題にとどまるものではなく、組織そのものの問題ではないのか。
 第2次安倍晋三政権になって、在京紙では朝日、毎日、東京と読売、産経の論調の2極化が目立つようになった。同時に、産経の他紙批判も攻撃性を増している。それは安倍政権への無批判の支持の裏返しのように見える。沖縄メディアへの憎悪も根は同じで、さらには沖縄の基地反対運動や翁長県政にも攻撃は向けられている。いち早くネット展開した産経にとっては、そうした極論、攻撃性が安倍政権支持層に受けが良く、経営上も成功モデルになっているのかもしれない。だが、それはジャーナリズムとはほど遠い。


アンポをつぶせ

 東京・吉祥寺の繁華街などを市民有志が練り歩く「アンポをつぶせ!ちょうちんデモ」が2月15日で通算802回目を迎える。戦後から70年余を経たいまも、常に米国の軍事戦略に組み込まれてきた日本。もとをたどれば安全保障条約、すなわち安保に行き着く。だから叫ぶ。「アンポをつぶせ」と。
 デモはベトナム戦争中の1967年7月15日、社会運動家で数学者のもののべながおき(物部長興)さんが提唱して始まった。当初はベトナム反戦を唱え、毎月2回、行っていた。75年4月末の戦争終結後は、毎月15日と元日がデモの日となり、安保廃止がメーンの目的に。もののべさんが96年に他界した後は、元公立中学教師の谷島光治さんが遺志を継ぎ、いまは元私立高校教師の川手晴雄さん(70)らにバトンタッチされている。
 「被爆した長崎、広島の人々の価値観と、政府の間に大きなギャップがある」と指摘したのは、ノーベル平和賞の受賞団体、国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)事務局長のベアトリス・フィンさん(35)だ。先月、来日した際、日本記者クラブで会見し、日本政府に対して改めて核兵器禁止条約への参加を求めた。被爆国であるのに同条約に加わらないのも、日本政府が米国の顔色をうかがっているから。それでもなおフィンさんは「日本は独特の立場で(核兵器禁止の)リーダーシップを発揮できる」と希望を捨てていない。
 国会での改憲論議は一見、低調に見えるが、平和憲法が危機にさらされていることに変わりはない。「民主主義の基本はそれぞれが意見を表明すること。米軍基地撤去や平和憲法の大切さを粘り強く呼びかけていく」と川手さんは語る。この国の未来を決めるのは私たち市民であることを、忘れてはならない。


「明治」に何を学ぶのか

 今年は明治元年から150年。産経新聞は正月早々、「明治150年 『独立自尊』を想起したい 国難乗り越えた先人に学ぼう」という「主張」を掲げ、日本国憲法が占領下で作られたことに言及。「とうに改正されてしかるべき憲法だが、現政権の下でようやく議論は緒に就いた。これを加速させたい」と宣言した。安倍晋三首相も22日の施政方針演説で、明治の時代に活躍した人物を何人も取り上げ、「新たな国創りの時」だと憲法改正に意欲を見せた。
 近代日本の礎を築いた先輩たちから学ぶことは多い。問題は、何を学ぶかだ。
 安倍首相のお友達の稲田朋美前防衛相が2016年11月、「明治の日」実現を求める集会でこんな発言をしている。「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神だった。その精神を取り戻すべく、心を一つに頑張りたい」
 ここに見えるのは明治を利用したナショナリズムの発露である。押しつけ憲法への反発。そして、日本人らしさ、固有の文化・伝統、愛国心を強調する自民党の憲法改正草案へと連なっていく。
 だから、だろう。安倍首相は以前、権力を制限する立憲主義について衆院予算委員会で問われ、「かつて王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考え方」だと答えたことがある。一国の首相が立憲主義を理解していない、驚くべき発言だと受け止められた。
 翻って、明治の指導者はどうだったか。
 伊藤博文は、大日本帝国憲法の制定にあたり、「憲法を設くる趣旨は第一、君権を制限し、第二、臣民の権利を保全することにある」と喝破した。あの教育勅語を作った井上毅ですら、「君主は臣民の良心の自由に干渉せず」と言っている。
 明治の先人からまず学ぶことはそのことだ。立憲主義を理解しない政治家に憲法改正を論じる資格はない。もちろん、メディアも例外ではない。


無知は最大の武器

 昨年12月17日にフジテレビ系で放送された『THE MANZAI』で、原発問題や沖縄の米軍基地問題について「(夜7時には真っ暗になる地元の福井から)電気はどこへ行く?」「アメリカより沖縄に思いやりを」などと「お笑い」にして、早口でたたみかけるようにトークする漫才コンビ「ウーマンラッシュアワー」の演芸が話題となった。このネタは舞台では定番となっていたそうだが、テレビの全国放送では初めてとのこと。
 ツッコミを務める村本大輔さんは、年明けに沖縄に赴いて独演会を開催し、地元のファンらによって大入り満員となった。その際、県内報道各社のインタビューに答えていた内容が興味深かったので、以下のとおり、沖縄タイムスの記事から部分的に村本さんの発言を引用したい。
〈(ニュースで)辺野古とかで座り込みをしている人たちが(警察に)捕まえられている映像を見た。なぜこんなことになるのかと(疑問に)思った。なぜ基地を置くのか。なぜ沖縄にいっぱい集中しているのか〉
〈僕は基地賛成でも反対でもないけど、もし賛成、反対どちらでも泣いている人がいたら、同じ日本なら『どうしたの』『教えてよ』ぐらいは言えよと思う〉
〈無関心な人を傷つけたいんじゃない。沖縄の若い無関心の人に言いたい。無関心、無知は恥じゃない。無知は最大の武器だと思う。無知はこれからまだ知らない本を読める楽しさがいっぱいある。自分は思い込んでいないという思い込みが一番怖い〉
〈(座り込み運動を)『金をもらっている朝鮮人がバイトで行っている』と決めつけた方が簡単に語りやすい。例えば1人、地元のばあさんがいたらその声までレッテルを貼ってしまう。でも、ベッド、ソファの上でネットだけで情報を見て、親指一つで世の中を決めつけている人間が、差別にさらされながらあそこ(辺野古)で自分の思いを語っている人間を否定する権利なんて何一つない〉
〈フランスでは革命があった。ストライキやデモが当たり前。日本では声を上げると『やばいやつだ』というレッテルを貼られる。簡単にレッテルを貼るな〉


「改憲」と「歴史修正主義」

 2018年を迎えて、安倍首相が「ことしは実行の年」と表明した年頭所感に続き、4日の伊勢での「記者会見」で「新しい時代への希望を生み出すような憲法のあるべき姿を国民に提示したい」、5日の党本部・仕事始めで、「時代に対応した国の姿、理想の形をしっかりと考え、憲法の議論をしていくのは私たちの歴史的使命」、7日のNHK日曜討論では、「国会で議論を進め、国民の理解が深まることを期待したい。スケジュールありきではない。議論が深まり、幅広い賛同を得る形で発議したい」と立て続けに憲法改正への意欲を語った。
 自民党の「憲法改正推進本部」は暮れに、改正4項目のうち、「教育費無償化」「参院選の合区問題」についての改正条文のたたき台を発表、4項目についての「論点取りまとめ」を発表。水面下では「九条改憲」について、複数の条文案をまとめている。今年が改憲問題での重要な年になることは間違いない。
 一方で、政府は今年が「明治150年」に当たると、キャンペーンを始めている。関連施策を進めようと、各府省庁の連絡会議の開催やホームページを開設した。「多岐にわたる近代化への取組を行い、国の基本的な形を築き上げた」とし、「改めて明治期を振り返り、将来につなげていく」のだという。
 自民党は首相側近の下村博文元文科相本部長に「歴史を学び未来を考える本部」を活性化し、満州事変、東京裁判、占領政策などについて議論し、2022年、高校で必修になる「歴史総合」の教科書作成にも役立てたいのだという。いかにも日本会議が考えそうなこと。首相がその先頭にいることがうさんくさい。
 ちょっと立ち止まって考えると、憲法改正問題とは実は歴史認識、日本の近現代史をどう捉えるかという問題だと気付く。「強制はなかった」などと歴史を捏造し、「カネさえ出せば…」と、最初から無理な「合意」をつくって、文書もないまま、「不可逆的解決」などと押しつけた韓国との「慰安婦問題の合意」が壊れるのも当たり前のこと。これもそれも、明治以降の日本の侵略と、かつての15年戦争をどう総括するかにかかっている。
 「明治150年」―それを振り返るなら、海外の列強に負けじと植民地主義に走り、結局、アジアを巻き込んで、自分たちも反省を迫られた、その歴史を確認すべきではないのか。
非戦、非武装を願い続けてきた人類の歴史を、まっとうに、正しく継承した日本国憲法をどう発展させるか、世界にどう広げるか、それを考えるべきではないのか。「安倍改憲」が後ろ向きであることは、「明治」を考えれば、明らかになる。


軍拡の今こそ、9条の理念を現実のものに

 海上自衛隊のヘリ搭載護衛艦「いずも」の空母改造を防衛省が検討している、とのニュースが年の瀬、マスメディアを駆け巡った。最初は共同通信が12月24日に配信し、25日付の全国の地方紙などが掲載した。翌26日付朝刊で読売新聞が、27日付では朝日新聞や東京新聞も報じた。記事の内容には差異もあるが、要は政府が「空母ではない」と言い張っている「いずも」を改造し、米国製の最新鋭ステルス戦闘機F35Bを運用できるようにするということだ。そんな米軍並みの兵器を「専守防衛」の自衛隊に配備する余地はないはず。だから、さすがの産経新聞も「政府はこれまで『攻撃型空母』の保有は必要最小限度を超えるため認められないとの憲法9条解釈を継承しており、解釈の見直しや整合性の確保が課題になりそうだ」と書かざるを得なかった。
 空母の保有は問題だが、それ以上に問題だと感じるのは、明らかに憲法上の制約を超える兵器について、防衛省が独断で密かに検討を進めていることだ。憲法遵守の姿勢は見られない。似た例はほかにもある。陸上配備型迎撃システム「イージス・アショア」は国会での論戦もなく、閣議決定だけで導入が決まった。巡航ミサイルも防衛省の言い値で予算化された。そうやって2018年度の防衛費は6年連続増で過去最大となる。安倍晋三政権が5年続いて、実現したのは軍拡国家だ。そしてそのことに、反対の世論の大きなうねりが生じるわけでもないのは、北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の海洋進出が喧伝されているからだろう。思い起こすのはナチス・ドイツの大立者だったヘルマン・ゲーリングが戦後、米軍に拘束されていた際に遺した言葉だ。「政治指導者が国民を戦争に向かわせるのは簡単なことだ。攻撃されていると言い、平和主義者のことは愛国心が欠けていると言えばよい。どんな国でも有効だ」
 明けて2018年。確かに北朝鮮情勢は不安だ。トランプ米大統領の行動はもともと予測不可能と指摘されることもあって緊張が続く。北朝鮮がミサイル発射や核実験を繰り返すのは、日本に住む私たちにとって気持ちのいい話ではないし、核の保有も容認できない。しかし、だからと言って、武力に武力で対抗していく道を歩めば最後はどうなるかは、70年以上前の敗戦が示している。「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」—。この憲法9条の理念を今こそ現実のものにする時だ。


抑留者の思い

 敗戦後、ロシア・サハリン(樺太)からシベリアへ連行された民間人で、カザフスタンに抑留された阿彦哲郎さん(87)の半生が、同国の劇団により舞台化され21日、東京で上演された。一時帰国した阿彦さんは、母国での初の公演に胸を熱くした。
 樺太の本斗(現ネべリスク)出身。14歳で終戦を迎えた。母や弟、妹を港で見送り、父と引き揚げの機会を待っていた1948年、突然警察に逮捕された。
 「樺太の青年学校で軍事教育を受けていたことで反ソの疑いをかけられ、裁判で10年の懲役となった」という。行き着いた先はカザフ中部カラガンダ州の収容所。鉱山で石の採掘などの重労働を強いられ、肉体をむしばまれた。スターリンの死亡で釈放となったが、民間人だったためか日本人抑留者の名簿に自分の名はなく、「どこにでも行け」と放り出されたのが同州のアクタス村だった。
 芝居のタイトルは「アクタス村の阿彦」。カザフスタンの「アウエゾフ記念国立アカデミー劇団」によって昨秋、アマルティで初演された。「彼は多くを語らない。だから私が彼の心の世界に入ろうと努めた」と阿彦さん役を演じたドルガ・アクモルダさん(46)は言う。団長で同作品を発案したエルラン・ビラロフさん(46)は「スターリン時代はカザフの知識人も弾圧を受けた。現在、カザフには137の民族が暮らす。みんなが平和に暮らすことの大事さを表現したかった」と話す。
 異国で家庭を築いた阿彦さんだが、望郷の念は募り、「何度もカザフの日本大使館に手紙を書いたが相手にされなかった」と振り返る。旧ソ連崩壊後の1994年に初の一時帰国を果たし、2012年にはカザフ人の妻を伴い永住帰国。けれども日本での生活になかなかなじめず、2年後、カザフに戻った。
 「日本の子どもたちに平和の大切さを伝えられたら」と阿彦さんは願う。同作品は25日も上演される予定だ。

 自民党の憲法改正推進本部は20日、全体会合を開き、「改憲4項目」についての論点整理をした。9条については1項、2項を維持して自衛隊を明記する安倍首相案と、2項削除の2案の併記。年内の条文案作成は見送ったが、いずれにしても「平和憲法」がなし崩しとなることに変わりはない。
 「戦争ができる国」になることは絶対に避けなければならない。戦争の犠牲になり、国家や権力にほんろうされた人々の心を無にしないためにも。


主権者はだれ?憲法53条問題再考

 いよいよ今年も残りわずか。忘年会の酒席で、知人がぼやいていました。「メディアはなぜ、安倍政権の憲法53条違反をもっと大騒ぎしなかったのか」。南スーダンPKOでの日報隠蔽、共謀罪の強行採決、森友・加計問題での文書の廃棄・隠蔽など、安倍政権下で次々と民主主義の劣化を象徴するような問題が起きましたが、年の終わりにもう一度、憲法53条問題を考えたいと思います。主権者である私たちが問われているからです。
 53条はこう定めています。内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」
 あえて繰り返ししますが、臨時国会の召集を求められると「決定しなければならない」と義務づけられているのです。ところが、安倍政権はこれを平然と無視した揚げ句、大義なき解散に踏み切り、憲法改正のアクセルを吹かせています。憲法無視の政権に憲法改正を論じる資格がないのはもちろんですが、ここで考えたいのは、53条違反を結果的に許してきた国民とメディアの責任です。
 政府が憲法違反の行為をすれば、裁判所に訴えるというのが一つの手ですが、日本にはドイツのような憲法裁判所がなく、53条違反を裁判で問うのは難しいとされています。また、憲法7条による首相の解散権の行使の是非がかつて争われたことがありますが、「高度の政治性」を理由に裁判所の判断の枠外とされてしまいました。
 つまり、今の日本の三権分立の仕組みでは、安倍政権のような一強体制ができあがってしまうと、53条違反があっても、党利党略による7条解散があっても、ブレーキをかけるものがないのです。
 それでいいのでしょうか?
 しかし、ブレーキはあるのです。主権者である私たち一人ひとりです。憲法違反を繰り返す政権には選挙を通じて退場いただき、憲法を遵守する政権に新たに国家の舵取りを担ってもらう。あたり前のことですが、この大原則を年の瀬に皆さんと確認したいと思います。そのためにはまず、記者たちに憲法リテラシーを高めていただきたいと思います。
 では皆様、よいお年をお迎え下さい。


「生涯ジャーナリスト」を悼む

 ジャーナリストで元共同通信編集主幹の原寿雄さんの訃報が流れた。
 まずは、その共同通信のニュースの一部から。
〈1949年に社団法人共同通信社に入り、社会部次長、バンコク支局長、外信部長、編集局長、専務理事、株式会社共同通信社社長を歴任。新聞労連副委員長や神奈川県公文書公開審査会会長、民放とNHKでつくる「放送と青少年に関する委員会」委員長なども務めた。
 57年、「菅生事件」取材班の一員として、大分県で交番を爆破し共産党の犯行に見せかけた警官を捜し出して報道。社会部次長の時、60年代のマスメディアを巡る状況を記録した「デスク日記」(全5巻)を小和田次郎の筆名で出版した。
 その後も、官庁や企業の提供情報に依存した報道を「発表ジャーナリズム」と呼び批判するなど、メディアに警鐘を鳴らした〉
 幸い、原さんの謦咳に接する機会に何度も恵まれたが、印象に残っている一つは「市民」に対する視線だ。「良心的な人々が、良心的に黙っている」ことへの問題意識を、原さんは何度も口にしていた。そして、大衆が煽動されやすい存在であることについても。敗戦直後の朝日新聞の社説「国民と共に立たん」を指して「それではダメだ。結局また国民と共に戦争してしまうことになるぞ」と批判していたことが忘れられない。
 上記の「菅生事件」の思い出では「オマワリを捕まえることができるとは、何て面白い仕事だと思った」とジャーナリズムの醍醐味を語る一方で、件の警官の単独取材に際しては警察との裏取引があったことを明らかにして、権力とメディアの距離に関してもしっかり釘を刺していた。
 そしてもちろん、一ジャーナリストとしての原さんの存在の大きさ。
 研究会などの席で、既成観念に捉われない自由な発想に基づく質問を発し、報告者をはじめ一同を唸らせる場面を何度も目のあたりにした。あれほど「問いを立てる」ことの重要性を体現していた取材者は見当たらないだろう。参加者の結論はだいたいいつも一緒で、「原さんがいちばんラジカルだ」。
 享年92、と言えば大往生なのかもしれないが、原さんが私たちに語り遺そうとしていたことをどれだけ我がものにして来られたのか、と考えると、甚だ心許ない。
 とりわけジャーナリズムの危機、言論・表現の自由の抑圧が、これまでにないほど深刻化している今こそ「ジャーナリズムの思想」をもっと語ってほしかった、と悔やまれてならない。


改憲で2つの「たたき台」

 自民党の憲法改正推進本部の具体的作業が動き始めた。
 同本部は、今春、①2017年秋の臨時国会で自民党本部の改正案を提示、②18年の通常国会で、各党の案をまとめて発議、③19年には国民投票で、④20年には新憲法施行—の工程表を明らかにしていたが、11月に入って2回の会合で、4つの課題のうちの2つについて、同党の議論の「たたき台」を公表した。
 まとまったのは、16日の「参院選挙区の合区問題」と「教育無償化」についての「たたき台」。
 まず、参院選挙区の合区問題では、「国政選挙の実施方法は法律で定める」とした憲法47条に、「各選挙区は人口を基本とし、行政区画、地勢等を総合的に勘案して定めなければならない」の一文を挿入。ただし書きとして「参院議員の全部または一部については、改選ごとに各広域的な地方公共団体の区域から少なくとも1人が選出されるよう定めなければならない」との表現を盛り込む、というもので、国会議員を「全国民の代表」と位置付けた43条は改正しないという。
 そして、「教育無償化」については、26条の1項で「教育を受ける権利」を決めた憲法26条1項、「教育を受けさせる義務と義務教育の無償」を決めた2項に、1項に「経済的理由によって教育を受ける権利を奪われない」との文言を追加。「国は教育環境の整備に努めなければならない」との努力義務を3項として新設するとしている。
 自民党が4項目について改憲条文を検討する、としたとき、「目くらまし」か、と思ったが、この「たたき台」の発表はまさにこの「目くらまし」だろう。
 「改憲」をあたかも既定方針のように社会に定着させ、本命の「自衛隊明記」に進む。
 「たたき台」には、異論を出させていかにも再検討したようにみせかけ、推進本部案→自民党案→与党案、と進めて、「国会多数派案」となったところで、強行の下地もできる。
 新聞、テレビとも、この2つの「たたき台」についての報道は、消極的だ。その狙いを見抜いた報道こそ求められている。