岩国発

【岩国発】基地共存で現実路線歩む

 昨年12月13日、「錦帯橋空港」が開港した。米海兵隊岩国基地の滑走路を民間利用するもので、全日空が羽田まで150人乗りのジェット機ボーイング737型機(全日空)を1日4往復させている。
 地元では「開港」ではなく、「再開」と言う。戦後まもない1952年から国際線が発着、マリリン・モンローやインドのネール首相が降り立った歴史があるからだ。48年ぶりの空港再開に経済界や市民は沸き立ち、開港1か月の平均搭乗率は75・9%と、まずは順調な滑り出しとなった。

 ▼「再開」の条件
 岩国の歴史を振り返れば、戦前に旧日本海軍が航空隊を置き、海軍兵学校分校が開設された。終戦後は進駐軍が接収、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、インド、アメリカ軍が利用、朝鮮戦争当時は頻繁に攻撃機が出撃したこともある。
 戦後の民間空港時代を除き、市民にとって市街地中心部に広大な面積を持つ基地はいわば迷惑施設。高度経済成長期も沿岸コンビナート群は航空制限が設けられ、高層プラントが建設できず、経済的発展を阻害された。
 そこで、市街地から幾らか遠ざけ、墜落の危険性や騒音被害を低減しようと考えられたのが、滑走路の沖合1000メートル移設だった。この計画に市民は民間空港再開の夢を乗せた。だが、その夢は国の政策の中で浮かんでは消える泡沫のように翻ろうされた。
 だから、「再開」と言われても半信半疑の市民が大半だった。何か重大な条件が背負わされているのではないか。結果としては、その通りではあった。米軍再編計画の中で日米両政府は艦載機59機を厚木から岩国に移す計画を示した。
 この計画を巡り、市民の意見は二分したが、2008年2月の市長選で衆院議員を辞して出馬した容認派の福田良彦氏は反対派現職の井原勝介氏を接戦で破り、昨年2月の市長選では井原氏に大差を付け、2選目を果たした。福田氏は現実路線を選択し、巨額赤字の愛宕山開発事業跡地を国に売る方針を決め、大規模運動場を整備するなどの振興策を国から引き出した。市民は民間空港実現が本物になったことも評価した。

 ▼「ここは沖縄と違うけえ」
 昨年、岩国基地ではオスプレイの陸揚げと初飛行、F35配備計画浮上など新たな負担増となりそうなニュースが続いたが、反対運動は盛り上がらない。デモ隊に市民の大半は「よその人がやっていることじゃ」と関心を持たない。そればかりか、怪しくなった日中の国際情勢を背景に市長に飛行容認を求めるオスプレイ容認デモまで行われた。「ここは沖縄とは違うけえね」と生まれて初めてデモに参加した地元主婦の言葉は印象的だった。
 県内唯一の民主議員を選出してきた山口2区は昨年末の衆院選で安倍首相の実弟である自民新人の岸信夫氏を圧勝させ、保守色を一段と深めながら、基地と共存していく道を探っている。(A)