鹿児島発

【鹿児島発】模範囚は無実を訴え続けた・・・2度目の再審請求を棄却?大崎事件

 「無実が認められるまで死ぬこともできない」。鹿児島地裁に再審請求をした原口アヤ子さん(85)は、請求棄却の決定を聞き、そうつぶやいて両手で目を押さえた。50歳台の大半と、60歳代前半までの人生を刑務所で暮らし、傘寿を過ぎても訴え続ける女性。弁護側が求めた証人尋問もなく、求めていた検察側の証拠開示も行われないままの再審請求棄却。真実を求める老婆の声に、われわれはどう答えればいいのだろうか。

 ▼一度は再審決定
 3月6日。福井市の女子中学生殺害事件の再審請求の裏で、もう一つの再審請求が棄却された。鹿児島県大崎町で1979年、男性の遺体が見つかった「大崎事件」。死亡した男性の義姉にあたる原口さんは殺人罪などで懲役10年、共犯とされた元夫ら3人が懲役7~1年の刑を受けた。
 服役後の95年4月に再審請求した第1次請求審は、鹿児島地裁が02年3月、再審開始を決定したが、高裁がこれを取り消し、最高裁で請求棄却が確定。今回で2度目の再審請求だった。
 第2次再審では、原口さんの関与を認めた元夫らの自白の評価が争われ、弁護側は「知的障害があった元夫らは自白を誘導された」と主張。しかし、鹿児島地裁の中牟田博章裁判長は「知的能力の程度は確定審でも考慮されていた。劣っていたからといって誘導で得られた虚偽の自白とするのはあまりに乱暴だ」と一蹴した。弁護側が提出した新証拠に関連する証人尋問も一切行われず、求めていた検察側の証拠開示もされなかった。
 布川事件のように、証拠開示で隠された事実が明らかになることは多いが、今回は証拠リストさえ出なかった。再審は被告の人間性を回復し得る最後のとりでであるはずが、裁判所の考え方次第で運用が変わる不平等な事態が生じているのだ。

 ▼知的障害者を誘導?
 そもそも大崎事件は物証に乏しく、知的障害のある共犯者3人の自白が原口さんの犯行を裏付ける証拠だった。証拠開示を厳しく求める現代の裁判員裁判で裁かれていたら、無罪判決が出る可能性が高いものだ。
 鹿児島地検の関係者も、知的障害者の取り調べに配慮するようになったのは最近で、当時にそうした配慮がなされていない可能性も明かしている。また、鹿児島地検は記者クラブに対し「証拠は求められればいつでも出す」と説明していたが、実際には裁判所から証拠開示を任意で打診され、断っていたことも隠していた。
 原口さんは農家で育ち、町内の農家に嫁ぎ、3人の子どもに恵まれて家族で暮らしていた。事件がすべてを覆した。服役した刑務所では模範囚となり、何度も仮出所を勧められた。しかし、罪を認めて反省文を書くことをよしとせず、「出所したら裁判で無実を証明します」と断り続けた。10年間服役し、満期出所した。その間、心の支えだった母親を失った。
 出所後、「怒られるのが怖くて、うそを言ってしまった」と謝る元夫を原口さんは許せなかった。「あなたのせいで刑罰を受け、恥をさらして生きている。一緒には暮らせない」。そう言って離婚した。原口さんは足腰が弱り、移動は車いすが中心。年齢的にも今回が最後のチャンスと言われていた。

 ▼無実の訴えを放っておいていいのか
 再審棄却の請求が出たとき、ある女性記者がつぶやいた言葉が耳に残っている。「今回も認められなかった。原口さんは本当にやっていないのか」。
 僕ら記者はその事実を伺い知ることはできない。しかし、原口さんは逮捕から30年以上、一度も犯行を認めることなく闘っている。怒り続ける。それはエネルギーのいることだ。すべてを忘れて、第二の人生を歩んだ方が幸せだったかも知れない。それでも怒りを捨てず、訴え続けたその声を僕らはどう受け止めれば良いのか。
 弁護団のある弁護士は「ずっと無実を訴えている人が目の前にいる。これに対して何もしないというのは、刑事司法にたずさわる人間としてあり得ない」と話す。記者にも同じことが言えるのかも知れない。(F)