現場から

【福岡発】600日超えた九電本社前の「抗議テント」

「あおやぎさんから おてがみ ついた」と口ずさみながら私は毎朝届くメールを楽しみに開いて読みます。「あおやぎさん…」は、私の尊敬する山口県在住の103歳の詩人・まどみちおさんが作詞した(團伊玖磨作曲)童謡「やぎさんゆうびん」の替え歌です。毎朝来るメールの発信人が青柳行信さんなので、心弾ませて私は替え歌を口ずさんで、パソコンを動かすのです。
 このメールは、2011年4月20日から、福岡市中央区渡辺通2丁目の九州電力(九電)本店前の道路に、同社が所有して現在休止している玄海原発(佐賀県玄海町)と川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の2原発の再稼働に反対するとともに日本の全原発の再稼働に反対する意思を表すために張っている「抗議テント」発で毎朝午前8時すぎには送られてきます。12月20日現在で「第610日目報告★原発とめよう!九電本店前ひろば」です。毎日、3000人ほどに発信しているということです。
 内容は原発に関する内容が主体で、反原発集会やデモなどのお知らせ、賛同者が見つけて知らせたいと思ったマスコミ最新情報などに加えて、テレビ放送やネットメディアが流した映像も混じっています。最近では、沖縄・高江地区にオスプレイ・パッドを強行建設する沖縄防衛局(国)に反対して座り込んで書類送検された人たちの叫びを主題にした琉球朝日放送の「標的の村」1時間バージョンや日本テレビ製作の「日本の空は今も占領下?」(11月25日放送30分番組)も送られてきました。
 メールには誰が送っても、それがすべて転送されるので、集会のお知らせを広めるにはとても重宝されているようです。
 このテントは、元教員の青柳さんが思い立って設営しました。それに賛同した人が共同で毎日、テントを張ったり畳んだりしています。当初、毎日24時間、張り続けていました。その後、土日祝を除く朝から夕方までと変わりましたが、息長く続けています。
テントには時々、外国から来た人々も訪れるなど、「反原発」の熱気が渦巻いています。周囲に「原発いらない」「金より命」などののぼりや旗が立っています。会社が要請したのか、警察官や福岡市役所の職員らが何度もやって来て、「テントの撤去」を求めてきましたが、正式に道路使用届を出しているので、強制撤去はできません。変わったところでは「在特会」(在日特権を許さない市民の会)や「原発賛成右翼」のメンバーも来て青柳さんらに恫喝まがいの発言を浴びせたこともありました。在特会会員が来る時は私服警官が必ず付いてくるそうです。青柳さんは彼らの話も聞く姿勢で、在特会幹部が「おれたちはどこに行っても相手にされないが、ここは違うなあ」と感心したこともあるとか。
今回の衆院選で自民党が圧勝したあおりで原発再稼働の恐れが現実味を帯びています。ですから、青柳さんらのテントは、命と健康よりも金のために再稼働させようとする自民党中心の政権の暴挙に反対する意思を示すものとして輝き続けると確信しています。(男)


【松山発】「地域主権の確立」は誰のためか

 今回の衆院選挙は自民党の圧勝で終わった。日本維新の会という異質な政党が国政に躍り出てきたのももう一つの特徴だ。「中央集権の打破」「地域主権の確立」を掲げる維新の会。それを主導する石原慎太郎・前東京都知事や、橋下徹大阪市長が足元で進めてきた「改革」の姿をみれば、国政ばかりか、地域社会そのものの未来も危ういものを予感させる。
 地方分権の主張は正しいとしても、そもそもそれを論議する際は忘れてならないことがあるだろう。私はそのように常日ごろ思う。
 地方の首長は国政と違って絶大な権力を保持している。議会との二元代表制が原理原則だが、チェック・アンド・バランスが利きにくい。それゆえ、首長には慎み(Decency)や寛大さ(Generosity)という資質が求められるのだ。それらを持ち合わせないまま首長の権限が肥大化すれば、私たちはいったいどのような地域社会に住むことになるのか、と思ってみたりする。
 さて、本題。橋下氏と盟友関係にあるのが、愛媛県知事の中村時広氏。中村氏は一昨年まで松山市長の職にあり、市長時代を通じて「脱中央」「地方のことは地方で」と唱えてきた。しかし、その政治手法は、地域の行政システムや資源を自らの権力基盤の確立のため、巧妙に利用しているのではないか、という疑いを抱かせる。
 たとえば、地元紙の報道によれば、市長時代には自民党市議団に手を突っ込み最大会派・松山維新の会をつくった。そして、今回の衆院選挙では、そのようにして生まれた維新候補(前市議)の支援に奔走した。地方自治体の特別職には政治的な自由が担保されているというものの、一連の動きは自らの権力基盤確立とも隣り合わせだ。
 知事選に鞍替え出馬する際にはこんなこともあった。「地域主権の確立」を旗印とした県内全市町の首長を網羅した「首長連盟」を発足させ、それに乗っかる形で自らの選挙戦を展開した。本来、首長たる者は議会や自治システムへの政治的関与については努めて抑制的であるべきだ。「首長連盟」が中村氏の立場を忖度した自発的なヨイショ組織だったとしても、それに乗るか、乗らないかは、ひとえに政治家としての資質=Decencyの問題と思いたい。
 市長時代の行過ぎた「思想動員」「市民動員」も見逃すことができない。自らの愛読書をテーマとした「坂の上の雲のまちづくり」を進め、NHKのドラマが放映されるにおよび、地域や学校などに視聴を呼びかけるチラシを大量に配布した。行政が特定の思想や価値観を押し付けることなど論外であり、当然ながら目下、このことで住民訴訟が進行中だ。 
 政治的に相容れないと思われる他者に対しては容赦のない攻撃を行う。これもまた中村氏の特質だ。行政トップとしてのあるべき節度が失われている。
 たとえば、県内で催された脱原発の市民集会を「政治主導の動き」と切り捨て、対話を拒む(8月22日、定例会見)。県議会の議場においても、質問に立った議員に対し市長時代のいきさつにからみ「(あなたは)共産党と手を組んで議会ポストを取ろうとした」「(施策推進の際、私はあなたに)後ろから鉄砲で撃たれた」などと激しい言葉で個人攻撃する(10月1日)…。このほか、昨年6月の定例会見では、一民間人の人格攻撃を虚実ない混ぜて行い、これが県庁ホームページにそのまま載ってしまった。このため本人からの抗議で削除されるといういきさつもあった。
 地方自治権の確立は待ったなしかもしれない。だが、自治の裁量権が高まれば、そのまま首長の権限も増長するだろう。「脱中央? 少し待てよ」と私が口ごもってしまうゆえんである。(G)


【名古屋発】記者の“脱名古屋”が進む!?

「最近は(記者)クラブにほとんど記者がいない」
少し前、ある広報担当者から聞いた言葉だ。河村たかし市長が絶えず話題を提供する名古屋市政や県警本部など一部を除けば、記者クラブにたむろする記者たちは以前に比べ確実に減っているのだろう。
 それがメディアの“脱記者クラブ”の動きならいいのだが、実際はメディアの“脱名古屋”ともいえる状況の反映ではないか。
 ほかの地方と同様、名古屋でも地元紙である中日新聞が圧倒的なシェアを占めている。一方、経営が厳しい全国紙は、儲からない名古屋でのリストラを加速させている。専門紙や業界紙も同様で、関係者によると名古屋支社の社員数がピーク時の3分の1にまで減っている新聞社もあるという。
 近年、中日は「脱原発」や「護憲」などリベラル色を鮮明にしているが、もちろん中日が報じないこともたくさんある。的外れな論調もあるだろう。名古屋に中日1紙さえあればいいというわけではないのだ。
 《『今日はこの市の決算と議事録に不正がないか洗ってみよう』と思い立つ人というのは、世の中では記者くらいだということ。自治体の動きを監視し、住民に伝える仕事などだれも自費ではやれません。ニュース供給を絶やさないためには、地元に記者を置いておくことが欠かせない》(「朝日新聞」2011年10月29日付)
 少し古い記事になるが、朝日新聞のインタビューでこう語るのは、米連邦通信委員会からの委託で、全米のニュース事情を調べた元雑誌記者スティーブン・ワルドマン氏だ。
 ワルドマン氏によると、米国ではここ5~6年ほどで200紙以上が休刊し、新聞記者が約2万人も減少。日本のような全国紙が存在しないため、地元紙がなくなったことにより、その地域で取材する記者が不在となっている「取材空白域」が各地に出現している。
その結果、《小さな街の役所や議会、学校や地裁に記者が取材に行かなくなった》(同)ことにより、公務員の不祥事が目立ったり、選挙の投票率が低下したりといった影響が出ているという。
ワルドマン氏は、インタビューでこう結んでいる。 
《教師や議員、警察官や消防士がどの街にも必要なように、記者も欠かせないと確信するに至りました》(同)
大都市の名古屋でも減り続ける一方の新聞記者。単純に数さえいればいいという訳ではないにしても、失われるものは確実にある。新聞をはじめとする既存メディアに替わって“記者の機能”を果たす存在がどうしたら可能なのか、真剣に模索すべき時ではないか。(SW)


【大阪発】橋下、石原〝野合〟新党の体質

 橋下徹大阪市長が石原慎太郎前東京都知事とタッグを組み、衆院選に挑む。その過程で日本維新の会の政策から「原発ゼロ」の文言は消え去ってしまった。がっかりした人もいるかもしれないが、筆者はむしろ良かったと思っている。なぜなら橋下徹という男の正体がくっきりと見えたからである。
 選挙ムードに染まりつつある大阪市で11月末、東日本大震災で発生したがれきの試験焼却が始まった。府市の計画では、市内の舞州工場(此花区)で岩手県から搬入した木くずなど約100㌧を今月中に焼却し、放射線量を計測。来年3月までに順次、約3万6千㌧のがれきを処理する。震災がれきを受け入れる自治体は、西日本では北九州市に続き2番目。
 このがれき受け入れに至る強引な手法を象徴したのが、11月13日の市民説明会だった。会場となった此花区民センターには約250人の市民が詰め掛けたが、市はがれきの放射性セシウム濃度が受け入れ基準を下回ったと一方的に報告し、説明会を打ち切った。
 入場は市民に限定されたため、会場の外には市外からきた市民団体など約300人が詰め掛け、ドラムを鳴らして「受け入れやめろ!」と連呼した。この際、会場に入った建造物侵入などの疑いで4人が現行犯逮捕された。翌日、橋下市長は市庁舎前に泊まり込んでいた反対派のテントの撤去命令を出した。
 震災がれきの受け入れは被災地との絆であり、拒否するのは地域エゴであるかのように喧伝されたりする。しかし、これは違う。
 汚染物質を拡散させていけないのは放射線防護の国際合意であるし、憲法が保障する「生存権」の侵害にもあたる。たとえどんな事情があっても例外を許していい話ではない。
 思えば、こうした議論を「黙れ!」というひとことで排除し、早々とがれき受け入れを決めたのが石原都知事だった。石原と橋下、両氏の体質は骨の髄まで似ている。維新の会の「脱原発」政策などは最初から有名無実だったのだ。
 橋下人気は大阪で一時の勢いを失いつつある。労働運動家の湯浅誠氏が作り上げたNGO「AIBO」が主宰する「大阪ええじゃないか」と銘打った「祭」が12月日まで約10日間にわたって繰り広げられた。市内各所で約60個ものトークイベントなどがあり、その内容は「不起立って罪ですか」「いっぺん観たろか、ええやん文楽」「民主主義にヒーローは必要か」「朝鮮学校ええじゃないか」と反橋下色がありあり。昨年の市長選で橋下氏に敗れた前市長の平松邦夫氏も参加している。維新改革で痛めつけられた面々が結集した格好だ。
 機を見るに敏の橋下氏。ぐらぐらと揺れ始めた足元に不安を感じて石原氏にすがりついたのかも知れないが、「暴力」「独裁」のイメージはなおさら強まった。  (SA)


【福島発】風化が進む「3・11」原発事故

 東日本大震災から1年8カ月がたった。どれだけの国民が東京電力福島第一原子力発電所で起きた事故に関心を持っているだろうか。
 毎週金曜日に行われている首相官邸前の反・脱原発集会への参加者も減りつつあるようだ。日本国民は飽きっぽいのか、それとも見ぬふりをしているのだろうか。
 私たち福島県民は、現在、目には見えない放射能と闘っている。先の見えない長い闘いである。ふるさとから離れ、見知らぬ土地での仮住まい。二間しかない仮設住宅を刑務所とたとえる住民もいるほど不自由な生活を強いられている。この責任はだれにあるのか。東電それとも国か政府か、いやもしかすると我々国民にあるのかもしれない。
 長い間、原子力発電の国策を容認あるいは安全神話を信じてきたためのツケかもしれない。しかし、そのツケはあまりにも大きいものであった。バラバラになった家族、心もバラバラになった。ふるさとへの帰還を夢みる人、新しい土地での生活を考える人-それぞれだ。
 11月16日、衆議院が解散した。いよいよ選挙である。我々福島県民はエネルギー政策に重大な関心を持っている。原発については各党の主張に温度差がある。推進、維持、脱・反…選択するのは有権者である。今県民は放射能に脅えている。将来への健康不安が第一だ。子どもたちの甲状腺被害や妊婦への影響などが心配される。
 風評被害も広範囲に及ぶ。農業、漁業、観光の再生はどうなるのか、原状回復も危ぶまれている。新政権は、ぜひ脱・反原発を唱える政党に担ってもらいたい。そして一日でも早くこの国から原子力発電所をなくしてほしい。二度と福島の経験をさせてはならない。人間と核とは共存できない。
 11月初旬、法事のため娘が孫を連れて、「3・11」後、初めて帰省した。その手荷物の中には線量計が入っていて、家に入るとすぐに各部屋を測っていた。自宅は除染も終わり、事故当時の2分の1から3分の1へと線量は低下したが、高いところでは毎時0・48マイクロシーベルトある。孫たちの長期滞在は心配なので、2泊して帰った。
 孫たちが安心して福島へ来られる日は、果たしていつになるのだろうか。

(ルール-)


【写真】家の庭にある汚染土壌の仮置き場


【沖縄発】凍てつく日本政治に喝を

 沖縄も朝晩は冷えてきた。この国の政治もとうとう凍てついてしまった。
 民主党の野田佳彦総理大臣が11月16日、衆議院を解散した。「近いうち解散」発言後3カ月、解散に踏み切らなかった野田首相の態度に自民党ほかが「うそつき」の大合唱。支持率低下に加え、櫛の歯が欠け落ちるように同僚議員の離党が相次ぎ、とうとう衆議院解散に打って出たということか。
 支持率低下の要因は、野田政権ひいては民主党自体にあることは言うまでもないだろう。3年前、自民・公明連立政権に嫌気がさし、政権交代を民主党に託した国民はその民主党政権にことごとく裏切られ、ほとほと愛想を尽かしたということである。
 一方で3年前に下野した自公。解散に追い込み、政権奪還だと意気軒昂だが、果たしてそうなのか。国民から「あなた方の政治はいらない」と退場を強いられたにもかかわらず、総理の座を投げ捨てた人を再び総裁に据え、政権奪還だと言う自民党。これまでの数々の違憲状態をつくり上げてきたのが自民党自身であることを忘れて復権をもくろむ態度は、旧態依然とした政治回帰以外の何ものでもない。
 自民から自公へ、そして民主へといったこの国の政権の流れは、一貫して「沖縄差別」の上にある。沖縄にアメリカ軍の基地を押し付け続け、日米安保がなぜ必要なのかも議論しない。アメリカ軍の兵隊や軍属が沖縄県民に起こす事件事故にも何一つ手だてをしない。事件事故が起きるたびに県民が抗議しても、政府の出先である防衛省沖縄防衛局や外務省沖縄事務所は「遺憾である」と言うだけだ。抗議で訪れる議会や市町村長などに返す言葉は決まって「遺憾」と「承知していない」の二つだ。現場で取材をしていて「この人たちは失語症ではないか」といつも思う。逆にマニュアルにはこの二つの言葉を言うだけでいい、とあるのだろう。
 戦後、銃剣とブルドーザーで奪った土地にアメリカ軍普天間基地を造ったアメリカ軍。「欠陥機」垂直離着陸輸送機オスプレイを強行配備し、自らが示した飛行ルートや夜間訓練時間も完全に無視。人間の受容限度をはるかに超える90デシベル以上の騒音をまき散らしながら巨大なコンクリートの塊を吊り下げての訓練や照明を落としての夜間飛行訓練などまさにやりたい放題が続いている。
 おまけにオスプレイ配備前から基地のゲート前で抗議行動を続ける県民を警察が遮断し、アメリカ軍は警告板を設置していた。警告文は米国法で立ち入りを禁止する文言だ。40年前までの米軍占領時代ならいざしらず、他所の国に来て米国法を掲示するアメリカ軍。主権在民、人権の尊重、恒久平和を柱とする世界に誇るこの国の憲法の上を、軍靴で傍弱無人に歩きまわるアメリカ軍の神経とはいったい何だろう。アメリカ軍の駐留こそがまさに違憲ではないのか。
 日米両政府は「沖縄は憲法の適用外」だとしか考えていないのだろう。沖縄県民の忍耐は限度を超えている。総選挙で大政翼賛政治となって憲法改正となったら、沖縄県民はきっとこう言うだろう。「憲法の第一条に、沖縄は独立して一つの国家を形成する、と書いてほしいね」(鉦)