ニュースと論評:憲法メディアウォッチ

〈放送ウオッチ〉NHK「焼け跡から生まれた憲法草案」

NHK・ETV特集「焼け跡から生まれた憲法草案」
(07年2月10日放送)

 日本国憲法施行60年を迎える今年、改めて日本国憲法の出自を丁寧に明らかにしながらその歴史的意味を問い直す好番組が放送された。現行の日本国憲法はアメリカの押し付けだ、という定説は改憲派の論拠のひとつになっている。たしかに、GHQ草案をベースに現在の日本国憲法の原案(大日本帝国憲法の改正案)が日本政府によって作られたことは歴史的事実ではあるが、番組はそのGHQ草案の1ヶ月以上前に、すでに日本の民間人による独自の憲法草案が存在し、それが逆にGHQ草案にも影響を与えた可能性を指摘した。
 それは有識者7人が1945年11月に結成した「憲法研究会」による草案で、主権在民や平和主義、表現の自由、男女平等などをうたっていた。7人の顔ぶれは高野岩三郎、森戸辰男、杉森孝次郎、馬場恒吾、鈴木安蔵、室伏高信、岩淵辰雄という、当時の進歩的な学者、評論家、ジャーナリストらで、いずれも戦時中は治安維持法違反などで逮捕・収監され、または職場から追放されるなど、塗炭の苦しみを味わった人々だ。
 「憲法研究会」のメンバーは、天皇制廃止も議論の俎上に載せながら、天皇の統治権を廃止し、「国家的儀礼を司る」という、現在の象徴天皇制に近い制度を打ち出していく。番組は、この憲法草案が生まれた背景を掘り下げるために、研究会のメンバーで唯一の憲法学者だった鈴木安蔵にスポットを当てる。鈴木は戦前から帝国憲法の歴史的研究を手がけ、大正デモクラシー期の思想家、吉野作造の示唆などを受けて明治期の自由民権運動に目をむけ、帝国憲法制定当時の議論の中から高知出身の植木枝盛による「日本憲法」を再発見する。そこにはすでに「主権は日本全民に属す」と、国民主権の思想が打ち出されていた。
 スタジオでは古関彰一・獨協大学教授が、森田美由紀アナウンサーを聞き手に解説する。古関教授がもっとも強調した点は、いまの日本国憲法の精神が自由民権運動の伝統とつながっていること、さらにその源流はアメリカ独立宣言やフランス人権宣言にあり、民主主義、自由と平等という普遍的な価値観の系譜にあることだった。
 番組は最後に、研究会のメンバーだった森戸辰男が国会議員となり、政府が提出した帝国憲法改正案に対して「生存権」を盛り込む修正案を示し、その修正などを可決して成立したエピソードを紹介する。ここでも、日本国憲法がアメリカのいいなりに作られたのではなく、日本人の智恵が織り込まれていることが指摘され、さらにこの森戸修正がかつてのドイツのワイマール憲法を踏まえたものであったことも紹介される。
 日本国憲法が、歴史的・国際的な「正統性」のもとに生まれた、人類の英知の結晶とも言うべき存在であることが強く印象付けられる番組だ。再現映像なども交えて当時の議論のようすを丁寧に描写しながら、全体として抑制の効いた控えめな演出に好感が持てた。   この番組が指摘する事実を踏まえずして、憲法改正論議は成り立たないと言いたくなるほど、深い内容をもった番組だったと評価したい。
(放送レポート編集長 岩崎 貞明 記)