今週のひと言

きれいな戦争はない

 昨年12月に亡くなった漫画家の中沢啓治さんは6歳の時、広島の爆心地から1・3キロで被爆し、父や姉、弟、妹を亡くした。その体験を基にした自伝的作品「はだしのゲン」を私自身が最初に手にとったのは、小学生のころだ。経験したことのない遠い戦争を初めて、身近に感じた。あの時受けた衝撃は、40年近くたった今も忘れられない。
 「ゲン」が松江市の市立小中学校の図書室で自由に読めなくなっていると報じられたのが、8月半ば。「ゲン」の撤去を求める市民の陳情が昨年市議会で取り上げられ、市教委幹部5人がゲンを通読。作品の後半に「過激な描写」があることに気づき、市教委事務局の独断で閉架措置にすることを決め、学校現場に事実上の強制をした。
 「ゲン」の閲覧制限措置は、問題が発覚してまもなく撤回された。市教委事務局が教育委員会会議にも報告せずに、独断でやった点に手続き上の不備があったとされた。しかし、表現の自由や子どもたちの読書する権利、そして悲惨な過去をどう伝えるかという問題は議論にすらならなかった。中沢さんは生前、妻ミサヨさんにこう語っていたという。「きれいな戦争というのはないんだ。戦争の残酷な実態を知らせなければ、子どもに戦争というものが伝わらない」
 戦争の狂気と、戦争が終わってもなお続く被爆者差別と向き合って生きてきた中沢さんの思いの重さと比べ、閲覧制限に走った市教委事務局の発想は耐えられないほど軽い。