インタビュー

直言48 男女差別裁判元原告、屋嘉比ふみ子さん

屋嘉比ふみ子さん 「ペイ・エクイティ」の実現に向け労働運動を

 自由や人権擁護に尽力した人々に贈られる「多田謡子反権力人権賞」の07年の受賞者の一人に、京ガス男女賃金差別裁判の元原告、屋嘉比ふみ子さん(58)が選ばれた。「同一価値労働同一賃金」(ペイ・エクイティ)を掲げ、大阪高裁で勝利的な和解(05年末)を手にした。その後の同社の倒産争議では、裁判で何の支援もしようとしなかった会社の労働組合と共闘し、組合の男たちを叱咤激励して一定の解決金を勝ち取るなど、争議を全面的な解決(07年2月)に導いた。「長くつらい闘いだった。それを耐え抜いたのは、憲法という支えがあったから」と屋嘉比さんは言う。【明珍美紀】

●自分の尊厳を取り戻すための闘い

 男女平等の実現を求める運動は世界各国で広がっている。日本でも90年代以降、男女賃金差別事件として各地で提訴が相次ぎ、原告の多くが勝利しているが、その経過を見ると、男性中心に組織された労働組合の壁をも乗り越えなければならない困難さがあった。
 京ガスは、京都にあったガスの配管工事会社で、私が入社したとき(81年)から女性の比率はわずか4~5%。圧倒的に男性の職場だった。入社2年後には、経営不振による合理化を理由に、女性と嘱託社員に指名解雇の提案があり、私も対象者に含まれた。当時、私は離婚して半年で、幼い娘2人を育てるシングルマザー。地域の合同労組に相談しても「女だから」と相手にしてくれなかった。
「生活が大変なのは男性だけではない」と親会社の役員と交渉して解雇を自力で撤回させた。が、その後も、すさまじい嫌がらせと強制配転。男女の賃金差別の是正が、男性主導の労働組合であるがために総意にならない。
 「そんな会社はさっさと見切りを付けて新しい道を探したほうがいい」と勧める人もいた。けれども、自分はそれなりの知識を付けて仕事をし、並みの人間だと思っていたのに「おまえはいらない」と会社から言われた。自分の尊厳が踏みにじられたのだから、それを取り戻さなければいけない。振り上げた腕が下ろせないままでは納得できない。関西で女性だけのユニオン「おんな労働組合」を有志で設立(87年11月)し、自力で労働運動をつくっていこうと決意した。

●日本の社会の縮図を目の当たりに

 ペイ・エクイティを掲げて京都地裁に提訴(98年4月)したときも、基盤はおんな労組で、会社内では孤立していた。一人組合だから、裁判闘争なんかしていたら、普通は仕事も奪われる。けれども私はそれができない状況を自分でつくり上げた。建設部という部署で「自分が存在しなければ建設部が動かない」というぐらい仕事をした。ひそかに私の裁判を応援してくれていた人はいたはずだと思うけれど、会社の職員組合や労働組合とは最後まで反目し合っていた。
 会社側から06年4月、事業閉鎖通知が出されたとき、反目し合っていたはずの職組や労組から、「何とかならないか」という相談があった。「何をいまさら」とあきれ返った。私は一貫してリストラに反対し、倒産に向かう会社が立ち直るためにどうすればいいのか提起し続けてきた。でも、そのことに対して誰一人、努力をしなかった。会社側からそういう提示をされて初めてじたばたする男たちの労働組合を目の当たりにした。構造的な差別と形骸化する労働組合。まさに日本社会の縮図を見たような気がした。
 私の主張は確かに賃金差別の是正だったが、それはおんな労組をはじめ全国の運動とリンクするなかで築いてきた運動で、根幹には労働者の権利を守る目的がある。ここは「初心に戻る」というか、いままでの確執はひとまず横に置いて、とにかく全員が雇用を確保できるように倒産争議に全力を尽くそうと決めた。他の女性社員は倒産争議に入ったときに職組を辞めてしまったが、結果的には私を含め、最後まで残った33人が解決金を取り、勝利の喜びも得た。労働者が自らをエンパワーメントするためには自分の力を信じて行動すること。さらに他の労働者と手を携えて団結すれば、想像以上の力になることを実感した。
 経済のグローバリゼーションが進み、契約やパートなど雇用形態がどんどん変えられていく。それは決して新聞社も例外ではない。差別が合法化されていく現状で同一価値労働同一賃金の原則をどう実現するか。そのための新しい労働運動に変わっていく時期だと私は思っている。

●メディアは見えない部分に光を

 全国の女性たちと連帯するなかで「均等待遇アクション21」などの活動にもかかわり、これまでEUなど海外にも調査に行った。スウェーデンなどでは、フルタイムとパートの「均等待遇」が実現している国がある一方で、日本では「格差社会」という言葉だけが一人歩きしている。格差があって当たり前ではなく、格差がないのが本来の姿。人権が保障されたEU各国のあり方に学んで日本は何をすればいいのかということを総括し、方針を立てて実行に移していかなければならない。
 こんなに情報社会なのに、必要な情報が手元に届かない。EU諸国でどういう法律があってどういう働き方をしているかは意外に知られていない。私たちも発信していかなければならないが、各国に特派員を配置するマスメディアにもその責任があるのではないか。
 見えないものを見せることがメディアのひとつの働きだ。例えばワーキング・プアにしても、女性の貧困は昔からあって、シングルマザーがいくつも仕事を掛け持ちしたって、年収はせいぜい200万円という人が大勢いる。しかも子どもといる時間を犠牲にして夜中まで働いている。そういうことをもっと伝えてほしい。

●戦争を放棄した国の誇りを持ち

 子ども2人を育てながら、この長い闘いをよく乗り越えられたと自分でも思う。根底には憲法があった。私は70年代安保世代で、15歳ぐらいから反戦運動をやっている。当時はベトナム戦争のまっただ中。憲法9条は宝のようなもので、子どものころから「私たちの国は戦争放棄した国」という誇りがあった。戦争が根源になって構造的な差別がつくられる。9条があることは私にとっては大前提。それが変えられるとか動くとかはあり得ないと思っている。


屋嘉比ふみ子(やかび・ふみこ)さん
 1949年福岡市生まれ。広島県立農業短大、立命館大経済学部を卒業後、81年京ガス入社。「同一価値労働同一賃金」(ペイ・エクイティ)を掲げて98年4月、京都地裁に提訴。01年9月の一審判決で勝利し、大阪高裁での控訴審で05年12月に和解。会社側は解決金として800万円を支払い、実質的に勝利した。06年8月~07年2月、同社の倒産争議にかかわった。現在は「均等待遇アクション21」「働く女性の全国センターACW2」などの運営委員として活動。同年9月、これまでの軌跡をまとめた初の著書「なめたらアカンで!女の労働」(明石書店)を出版。