インタビュー

直言50 翻訳家、池田香代子さん

池田香代子さん 私たちは憲法で戦争を拒否できる

 「憲法による戦争放棄」を軸にした市民有志による初の「9条世界会議」が5月4日から6日まで千葉市の幕張メッセで開かれる。呼びかけ人の共同代表を務めるのは、「世界がもし100人の村だったら」の再話で知られる池田香代子さんだ。「私たちは憲法で戦争を拒否できる。その喜びを世界の人々に伝えたい」と思いを込める。【明珍美紀】

●「9条」を軸に国際平和イベントを

 9条世界会議は、「ピースボート」などのNGOや若い世代の人たちが中心になって進めた企画ですね。世界社会フォーラムなどNGOが集まる素敵な会議はこれまでにもあるけれど、「憲法による戦争放棄や平和構築を軸にした世界会議はない」と彼らに気付かされた。
 個人情報保護法、有事法制、国民投票法も成立し、9条を変えようという流れが強まっている。でも、ここに来て、自衛隊イラク派遣差し止め訴訟の名古屋高裁判決(4月17日)で、「航空自衛隊による多国籍軍輸送は違憲である」という明確な判断が出た。
 名古屋訴訟は、市民3000人以上が7次にわたって集団提訴したもので、実は私も原告の1人。「憲法9条1項違反」と裁判長が目の前で言うのです。「この歴史的な判決の重みは後からじわじわと胸に来るんだろうなあ」と思いながら、その場にいました。
 東京に向かう帰りの新幹線のなかで、「イラクの自衛隊に違憲判決」というニュース速報が電光掲示板に流れたとき、出張族の背広姿の男性たちから「おー」という声が上がった。それもうれしそうに。「やっぱりあれはおかしいよな」ってね。
 9条世界会議の直前に、こういう判決が確定したことはとても大きな意味がある。世界会議では、「憲法によって戦争を拒否できる」という感動を伝えたい。

●平和は空気のように私たちを守ってくれる

 「世界がもし100人の村だったら」の出版で、人生の一部が変わりました。あれは「9・11」(01年)の後、インターネットに流れたメッセージの再話。私は口承文芸や民話の勉強もしているので、メールによる現代民話だととらえていた。民話とは匿名の人々の思いが結晶したもので、100人村メールも、「いまを生きる私たちの思いが表現されている」という受け止め方だった。本の印税を「ペシャワール会」の中村哲さんに寄付して「はい、おしまい」というつもりだったのですが、自分の予想よりも100倍ぐらい本が受け入れられて、それで終わらなくなった。
 戦争を放棄することは、単に「戦地に行け」といわれる人がいなくていいとか、頭の上から爆弾が降ってこないとか、そういうことにとどまらない。空気のように私たちの日常を守っているのが平和なのであって、空気のようなものだから、これが汚れたり失われたりしたときに後悔しても後の祭りになる。

●体感治安が悪い日本

 最近、気になるのは、凶悪犯罪や殺人事件が増えているかのような錯覚を起こさせる報道です。特にテレビの場合は、特異な事件だと連日のように派手に報道をします。けれども統計的に見ればその逆で、殺人事件は減少傾向にあり、昨年は過去最低だった。少年犯罪だって世界的にみても数はきわめて少ない。
 デーン・アーチャーという米カリフォルニア大学の学者がいます。彼は110カ国について70年の犯罪統計を調べ、日本の殺人事件の発生率が少ないことに注目する。殺人は戦時と戦後に増えてますが、第二次世界大戦が終わってから、戦争をしたことのない、徴兵制を敷いたことのない先進国は日本だけで、だから殺人が少ないのだ、これは日本の成功物語だと書いている。
 治安は先進国のなかでも一番いいのに、体感治安は悪い。子どもたちの自己肯定感も最低レベルですよね。権力側にとっては、そう思わせておいたほうがコントロールしやすく、法律も厳罰化の傾向になっている。
 ベルリンで5年ほど前、「なぜ日本の子どもは人を殺さないのか」という学術会議があったのをご存知ですか。ぜひそういうニュースも1面トップで知らせてほしい。

●市民とメディアでコラボレーションを

 今回の名古屋高裁のイラク派兵違憲判決でいうと、新聞は地方紙がいい記事を書いていた。地方紙は、政府の要人と距離があるので、外交問題に関しては冷静な判断がしやすいのではないでしょうか。
 教育基本法は、法律が変えられてしまってから、いい批判記事がたくさん出た。なぜ国会の俎上に上がる前にそういう記事が出ないのか。けんかが終わってからいくら腕まくりしても、アリバイ工作みたいでがっかりする。
 こういうマスメディアを持つことは、私たち受け手の側のレベルを表しているということを、自戒を込めてつくり手の側にお伝えしたい。
 市民とメディア。もっとコラボレーションができればいいと思っている。市民が支持していれば、記者のみなさんも、あと半歩の勇気が出るのにね。
 鈴木安蔵ら民間の学者らによる憲法草案に光をあててNHKが憲法制定の過程をたどるいい番組をつくりました。日米再編の討論番組もよかったので、コールセンターに電話をしたんです。受けたのは落ち着いた声の女性でしたが、「日米再編のことが分かりやすくていい番組でした」と話をしていたら、電話の向こうで泣いている。いつも苦情ばかりなんでしょうね。その女性も公共放送の担い手の1人という自覚があるんですよね。私が話した内容は、きっと番組をつくった人たちのもとに届けられ、それが次の番組への活力になる。だから声を届けるべきです。

●本質を突かない記者

 記者について言えば、テレビで見ることが多いのは、首相や閣僚にぶらさがっている若い記者たちですね。「ひと言お願いします」とマイクを向けて、すぐ引き下がる。突っ込みが足りないのではなく、突っ込まないことにしているような感じがします。
 もっとあくの強い記者を出して鋭い質問をしてほしい。1社がやれば他の社も負けじと「毒舌記者」を送り込んでくるような気がします。
 あと、若い記者なら「私、何にも知らないんです」という顔をして、ぐさぐさと相手の痛いところをえぐるという手もある。子どもが素朴だけれども本質を突くような質問をするように、「王様ってはだかですよね」とね。
 テレビは感じ取るための、新聞は考えるためのツールと誰しも使い分けていると思う。新聞には特に考えるための情報や材料を的確なタイミングで提供してほしい。

●9条の心をイマジンに託し

 9条世界会議では、私も「日本からのメッセージ」として8分間のスピーチをします。名古屋高裁の判決を強みに、憲法によって戦争を拒否できる喜びをまず語りたい。その喜びは、私たちが独り占めできるものではありません。それとジョン・レノンの「イマジン」の歌詞の一節についても。イマジンの作詞については、オノ・ヨーコさんもかかわっていることを明らかになさっている。だとしたら、そこに9条の思いが込められていても不思議ではない。世界の人たちは、知らず知らずのうちに、日本の憲法9条の心をイマジンに託しているのです。(08年4月下旬談)


池田香代子(いけだ・かよこ)さん
 1948年東京生まれ。ドイツ文学翻訳家。口承文芸研究家。世界平和アピール七人委員会メンバー。98年「猫たちの森」で第一回日独翻訳賞。「世界がもし100人の村だったら」(01年)は150万部のベストセラー。主な訳書に「ソフィーの世界」「エーミールと探偵たち」など。