インタビュー

直言51 アーティスト 柳幸典さん

柳幸典さん 9条の倫理的普遍性について思考を

 戦後の国家形成の根幹を担った平和憲法をアートの視点からとらえた美術展「アトミックサンシャインの中へ」が戦後63年の今夏、東京で開かれた。オノ・ヨーコさんをはじめ日本と米国で活動する12人が、戦争や日の丸、天皇制などのテーマに切り込んだ造形作品を披露。参加アーティストの一人で、広島を拠点に活動する柳幸典さんは、「つくられた過程はどうあれ、9条は日本のオリジナル。これについて思考をすることはアーティストの役目だと思った」と胸のうちを明かす。【明珍美紀】

●いまのままでは9条が死文に

 今回の美術展では、二つの出品作があり、そのうちの一つ「ザ・フォービドゥン・ボックス」は戦後50年の95年、ニューヨークのクィーン美術館で開かれた「プロジェクト アーティクル9」で展示した。
 天井からつるされた長さ5メートルの織布には巨大なキノコ雲が描かれ、その下には「リトルボーイ」(広島に投下された原子爆弾の名前)と刻まれた箱。箱からキノコ雲が立ち上り、人類はついに原爆というパンドラの箱を開けてしまったということになるが、よく見ると織布は2枚、重なっている。手前の半透明の布には現行の憲法9条とその英訳がプリントされ、その薄い布を通して奥の布にプリントされるマッカーサー起草の9条原案が透かして見えるという構図だ。
 この作品は、米国のファブリック職人との共同作業で制作した。原爆をテーマにした造形作品でこれだけ大規模なものが米国で制作されたのは、それまで例がなかったのではないか。
 僕は89年に渡米し、「9・11」(01年)が起きる前に帰国した。日本にいるときは憲法9条の存在についてそれほど気に留めなかった。アメリカに行って現代美術のオリジナリティーの強さに打ちのめされ、日本の持つオリジナリティーについて深く考えるようになった。
 憲法9条はまさに日本のオリジナルなものの一つで、過程はともかく結果がオリジナルならそれはすごいことだ。原爆も世界で唯一のことだから、9条や原爆についてアーティストが思考をしないのはおかしい。言い換えればそれらについて思考することは、アーティストの一つの役目だと思った。
 米国にも日本人の芸術家がいるはずなのに、こういう試みがなされなかったのはどうしてか。一つには日本のアートの風土に、政治的な問題を持ち込む歴史や経験がなかったことが影響しているのではないかと思う。

●精神構造の奥底に不安感

 日本が戦争放棄を掲げても、世界ではいまだに戦争が続いている。日本だけが戦争をしなかったら、それでいいのかという問題ではない。
 僕は三島由紀夫という存在が対極的に気になっていて、最期の割腹自殺のとき、彼はどうやって日本は自立するのかという問いを投げかけた。アーティストの立場から言えば、何をもって文化的に自立していくのか、ということですよね。同じように国として自立するには、「9条があるので戦争をしません」と唱えるだけではなく、納得されるような提案をしないと世界に尊敬されない。そこを考え続けないと9条のテキストは死文になってしまう。
 最近手がけた瀬戸内海の犬島でのプロジェクト(07年2月完成)は、アートによる遺構の保存が目的で、作品の重要なエレメントとして明治時代の廃墟のなかに三島由紀夫がかつて住んでいた借家の廃材を利用して作品化した。
 三島を持ってきた理由は、彼が自決した当時は、日本の高度経済成長時代で、軍事を米国に任せる代わりに、金儲けをしていくと決めたときでもある。
 米国に従うことで金儲けにまい進する。「モノ」に基準を置いたがために、いろいろなことに対して思考停止になった。生活は豊かになったが「何かが足りない」という不安感が日本人の精神構造の奥底にあり、それゆえに自分に自信が持てない。
 僕がなぜ広島にいるのかといえば、そこが重要な場所だと思うから。まずは原爆ですよね。外国人で東京や京都は知らなくても広島は知っている。悲しい歴史の結果だけれども、それだけのメッセージ性を持っている。しかし、いまの広島は「平和さえ唱えてればいいんだ」と思考停止になっている面がある。問題はそこから先を考えていく、そういう努力をしてこそ広島のメッセージが意味を持つ。

●多様性が許されない社会

 新聞やテレビについて特徴的だと思うのは、社説もそうだしニュースのキャスターも教訓的に考えを述べている。判断は読者や視聴者に任せるけれど正確な情報を伝える。そこに徹していない。官邸から流された情報をそのまま紙面に載せているだけではないかという不信も募る。
 新聞記者も組織に守られていて、それほどリスクを負っていない。ぬるま湯につかっておきながら、他者を批判できるのかという思いがある。
 そもそもこの国で個人のジャーナリストは成り立つのだろうか。アートの世界もそうだが、日本は組織をつくり、職業化していく。美術であれば、まず公募展の団体をつくり、そのなかでヒエラルキーができる。組織もあっていいけれど、そればかりが目立つ。日本はまだまだ多様性が許されない社会なのかなあ。

●思考停止の状態から脱却を

 戦争による莫大な犠牲のうえに9条ができた。しかも日米2つの国のパワーゲームのはざまで奇跡のように生まれた。
 アート作品はすべて、その時代によって解読され、批評にさらされ、消えていくものもあれば再評価されるものもある。常に考え続けられていくことが9条のテキストにも求められていて、単に平和のメッセージとしてとらえるのではなく、私たちが議論したり、考えることで初めて9条が生かされる。
 「平和がいい」と唱えることに対して誰も反対はしない。環境問題も同じで、「環境を守ろう」ということに反対する人は誰もいないから、逆に思考停止に陥りやすい。
 アートのメディアとしての力はまだ弱い。でもアートは活字と違って言語の壁がない。黙って通り過ぎてもいいけれど、見て何かを考えることが自ずと要求される。そういう見る側に主体性が求められることがアートの可能性なんだと思う。
 いまの若い記者たちに「不勉強だ」と僕が言える立場ではない。情報の選択肢が増え、新聞は生き残るのかという問題もある。とはいえ、いつの時代でも権力者はメディアを利用しようとする。だからこそ原爆や9条の倫理的な普遍性について考え続けてもらいたい。


柳幸典(やなぎ・ゆきのり)さん
 1959年福岡市生まれ。武蔵野美術大大学院卒。89年留学で渡米し、01年帰国。05年から広島市立大芸術学部准教授。代表作に砂絵でつくった各国の旗のなかにアリを放って崩されゆく旗を浮き彫りにした「アント・ファーム・プロジェクト」など。「犬島アートプロジェクト」や広島の「旧中工場アートプロジェクト」など産業遺構のアートによる再生も手がける。

【メモ】美術展「アトミックサンシャインの中へ」はキュレーターの渡辺真也さん(28)が企画。08年1~2月にかけてニューヨークで開催後、8月6~24日まで東京都渋谷区猿楽町の代官山ヒルサイドフォーラムで開催。