インタビュー

直言52 劇作家、作家 井上ひさしさん

井上ひさしさん 憲法について議論することが社会の活力に

 首相の突然の辞任で迷走する永田町。5人の立候補者による総裁選キャンペーンの末に自民党総裁に選ばれた麻生太郎氏(68)率いる新内閣が9月24日、発足した。就任してすぐに米ニューヨークに飛んだ首相は、国連総会での一般討論演説後、集団的自衛権の行使を禁じた憲法解釈を「基本的には変えるべきものだ」と明言。さらには原子力空母が初めて米軍横須賀基地に配備されるなど、米国との軍事的な結びつきの強化や戦力増強が鮮明になっている。「九条の会」の呼びかけ人の一人で作家の井上ひさしさんは、「憲法を変えようという動きがあるから『こんなにいいものを変える必要はない』という意見が出てくる。互いに議論をし合い、その中間の人々に考えてもらう。それが社会の活力になる」と提言する。【明珍美紀】

●9条のゆくえを握るメディア

 私たちの体には腸がありますね。小腸は6~7メートル、大腸は1~1・5メートルぐらいの長さがあり、たくさんの微生物がすんでいる。私たちが食べた物は体に入ると胃で消化され、小腸が栄養素を消化、吸収する処理をし、その残りから大腸が水分を取って発酵させる。大腸のなかには莫大な数の細菌がいて、そのなかに乳酸菌とかビフィズス菌もあれば、くだらない菌もいる。
 ここからが本題です。腸のなかの腐敗を防いだり、抵抗力を高めてよく働く菌は全体の1割ですね。どうしようもない菌が2割いて、あとの7割はどちらかに付いていく。
 同じように憲法9条を守ろうという人が1割ぐらいいて、靖国神社を国営にしようという人が1~2割いる。その間にいる人々。この国で税金を払って暮らしている立派な人たちですが、この人たちの動向を新聞やテレビ、週刊誌などのメディアが握っている。これはいわば9条をめぐる「腸内戦争」なんです。

●大切なのは議論をすること

 「九条の会」は加藤周一さんや大江健三郎さんら9人の呼びかけ人が集まって2004年に結成された会ですが、同じ戦争を体験している世代でも「憲法9条は絶対変えてはいけない」と思う人がいる一方で、「靖国神社は国営にすべきだ」という人がいる。
 結論から言えば、世の中はそれでいい。みんなが同じ考えで全体主義になったらどうなるか。憲法を変えようという動きがあるから、「こんなにいいものを変える必要はない」という意見が出てくる。お互いに議論をし合い、その中間の人々によく考えてもらう。それが社会の活力になる。大切なのは議論をすることです。
 一時期、全世界で7万発の核弾頭があるといわれていた。核弾頭1個の威力は広島の原爆の20倍といわれ、いまはそれが2万9000発に減っているという。その背景には広島、長崎の被爆者の苦しい闘いと運動があり、それを支えた市民、さらにそれを理解した世界的な反核運動があった。広島、長崎に続く被爆国は出ていない。これは日本人の力なんです。

●若い世代に働きかけを

 いま、医療制度問題で問題になっている「後期高齢者」という言葉は、僕が昭和29年(1954年)に国立療養所の職員、つまり公務員をしていたときからすでに使われていた。介護関係のいわゆる業界用語で、それをごく一般の言葉として出してきた。普通の人々に対し、そういう言葉がどういう意味合いで響いていくかという教育が官僚にできていない。しかも、福祉で使われるときは、「あの人は後期高齢者だから、ここを気をつけよう」といたわりの気持ちを表す言葉が、まるで老人の「切り捨て」のようなかたちで使われている。
 老いることはつらい。でも、人は死ぬまで生きる。心のなかで「ああ自分は衰えてきた」ということを感じながら、人生の出口から世の中を見て、これから人生に入っていく若い人たちに働きかけなければいけない。
 自分は間もなくこの世を去るんだけど、去るにあたって自分たちがやれなかったこと、やりたかったことを世の中に訴えていかなければいけない。少しでも世の中のためになって、生きている人たちに何かを残さないといけない。結局、人間は、そのときそのとき頑張って生きていると、最後に実力が出てくる。実力というのは、その人の生き方とか、ものの考え方とかスタイルなどすべてを含む。
 体が弱っていく悲しさとわびしさと寂しさと。しかし、そこから分かってくる人生には深みがある。太陽が昇り、風が吹き、ときには雨が降る。そうして1日が無事に過ぎていく。そのこと自体が素晴らしく思える感覚は、老人でないと分からない。それを邪魔する戦争とか事故とか医療など社会制度の不備を防ぎ、なくしていきたい。

●人が人らしく人生を終えられる世の中に

 新聞記者についてどう思うかという問いに答えるのは難しい。新聞記者も玉石混交で、私たちはその「玉」の記者に期待している。なかには自民党の広報紙になったのかと思う記事もあるが、読者は昔と違い、新聞に書いてあるのは本当のことか、うそなのか、と考えながら読み始めている。だから「いい新聞記者には頑張ってほしい」という実にくだらない結論になるわけですが。
 ただし、新聞を読んでいて思うのは、個性があまり感じられなくなったということ。例えば、朝日のこの記者はおもしろいことを書く、いい記事を書くなというように、新聞も(各テナントに個性的な店が入る)「パルコスタイル」にならなければいけない。筆の力と体力と視点のおもしろさで読者を引き付ける。昔はそういう記者がもっといたと思うが、いまは何となくのっぺらとしている。
 やはり経営の姿と記事、文章ですね。何も気張った文章である必要はない。平易で分かりやすいけれど、ちょっと泣かせたり、心に残る文章が読者の気持ちを引き寄せる。
 テレビの方が速報性はあるが、事件発生のときはテレビのカメラは現場にいない。「さあ、これから大地震が発生します」とは報道できないでしょ。そこを取材できるのは、新聞や週刊誌などの活字メディア。そこに居合わせた人々に丁寧に話を聞き、始まりはこうで、こういう経過をたどって、結果はこうだった、と紡いでいくのは言葉しかできないと思う。新聞記者にはそのへんを意識して取材してほしい。
 この世界は環境や食糧、核問題などさまざまな課題を抱えているけれど、世界中の一握りの人たちの利害の対立で、ほかの人々が犠牲になってはいけない。人間が人間らしく人生を終えられる世の中になってほしい。これが僕の最大の願いです。
 9条は米国の押し付けだという意見があるけれど、押し付けもへったくれもない、いいものは取り入れようと、日本の平和憲法を手本にして自国の新しい憲法をつくろうとする流れが世界にある。その流れを信頼し、自分もそのなかの一滴になっていきたい。


井上(いのうえ)ひさしさん
 1934年山形県生まれ。上智大外国語学部フランス語科卒。浅草フランス座文芸部を経て放送作家としてデビュー。NHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」(共作)の台本などを手がけ、その後、戯曲や小説、エッセーなど幅広く活躍。「吉里吉里人」「東京セブンローズ」など著書多数。戯曲「父と暮らせば」は海外でも公演、映画化もされた。84年劇団「こまつ座」結成。日本ペンクラブ第14代会長。「九条の会」呼びかけ人。