インタビュー

直言53 東京外語大教授 伊勢崎賢治さん

伊勢崎賢治さん 9条を使って世界の平和維持に貢献

 深刻な不況や貧困、環境破壊。米国が仕掛けた「対テロ戦」の傷口は広がり、混迷を深める世界情勢。米国のオバマ次期政権は、米軍の早期イラク撤退を打ち出すが、果たして世界は平和の道に向かうのか。シエラレオネの内戦処理をはじめ、東ティモールやアフガニスタンなど数々の紛争地で武装解除の任に当たった東京外語大大学院教授の伊勢崎賢治さん(51)は、21世紀の平和構築と日本の役割について「9条を使って世界の平和維持に貢献する。そのことこそ憲法の精神だ」と語る。【明珍美紀】

●戦争の終結が下手な米国

 次期米大統領に史上初のアフリカ系のバラク・オバマ氏が決まり、その采配が注目されている。だが、イラク、アフガン戦争に関しては、オバマ氏はぶれがあると思う。日本の野党は決定的に情報不足。同じことがオバマ氏にも言え、イラクからの米軍の早期撤退も、実際にはそう簡単にはいかない。
 僕はアフガンで米軍の指揮官たちを見てきた。彼らは驚くほど試行錯誤で、出口が見えていない。彼らは戦争を始めるのはうまいが、戦争の維持や終結についてはほとんど成功した試しがない。
 日本は無条件降伏をしたが、近代戦においては終結は本当に傷み分けなんですね。テロリストたちとも妥協しないといけない。僕は「和解の道に進め」と言い続けてきたが、そうならざるを得ない。和解とは軟着陸であり、妥協でもある。
 こういう妥協劇は当然ながら問題もはらんでいる。第一に正義を傷付ける。戦争犯罪を裁かなければ人権という一番大事な概念を維持できないが、そこも傷付ける可能性がある。それらを理解しながら軟着陸することが戦争の終結の仕方であり、いかにダメージが少ないようにするかをわれわれは考えなければいけない。

●「平和国家の日本」は美しい誤解

 広告の世界にブランディングという言葉がある。会社のイメージをゼロからつくり、それを維持するために億単位の金をかけてPR会社は一つの会社のブランディングをする。このブランディングを国家レベルでやろうと思ったら、さらに莫大な資金と労力を使わないといけない。
 日本はどういうわけかアメリカから与えられた憲法で、あまり労力を払わずに「平和国家」というイメージの世界で生きてきた。アメリカの「同盟国」にしては特異な存在ですよ。これは憲法9条に頼るところも大きいけれど、アメリカの「核の傘の下」にいたことも大きい。
 でも、これは誤解であり、誤解はいつか解ける。もう解け始めている。しかし、平和国家というイメージが国益になることを、与党も野党も含めて日本の政治家がどれだけ理解しているのか。
 この「美しい誤解」を誤解でなくすには、いろいろと方法がある。まずは憲法のPR。憲法の英訳はすでにあるので、ペルシャ語、アラビア語、中国語、韓国語、それぐらいの訳はオフィシャルにつくるべきだ。それを取り掛かりに国際協力に発展させ、日本のODA政策のPRを図る。
 「国威高揚」のための自衛隊の派兵はやめることだ。これまではいわば、タカ派の自己満足のため、自衛隊の派兵の実績を積み上げるために、軍事的ニーズもないのに派兵をしてきた。アメリカにも石油戦略などいろいろと事情はあるだろうが、国威高揚のために兵は出さない。それを日本は続けてきた。イメージ戦略を壊すものだし、実益がない。
 それと日本の潜在能力である「人畜無害さ」を平和構築に生かす。それには相手を知ることが必要で、中立であればあるほど、インフラ事業を手助けするときや紛争の仲介に入りやすい。

●日米安全保障の中身を知らない日本人

 もともと僕は護憲的改憲論者だった。それが護憲派に転じた理由は、日本の軍事・外交政策を見ていて、日本人であることに失望した。それに尽きる。
 国際NGOでの活動から始めて30代のほとんどを海外で過ごし、40代半ばになってから日本に落ち着くようになった。その意味では日本人をあまり知らないし、日本の自衛隊についても知らない。海外での軍事的オペレーション、つまり国際秩序や世界平和のための最終的な外交措置として軍事組織が動くことになるが、日本は法的な根拠があまりにもあいまいだった。
 日米の安全保障は、米軍と区別されている。つまり領海内で日米の集団的自衛権が発動された場合、国連の安全保障理事会が必要な措置を取ったときはすみやかに「終止」しなければいけない。それが日米安全保障条約の5条に明記されている。国連憲章にも一応、国連的措置が取られるまでは自衛権を認めるとあるが、やめろとまでは書いていない。
 例えば自分の家が火事になったとき、消防自動車が到着したら、消火活動は消防隊員に任せなければいけない。それが消防における安全保障。それと同じで、日米の安全保障について、恐ろしいほど日本の国民は分かっていないし、メディア自体も分かっていない。日米安保の専門記者も理解していない。
 日本は法治国家なので、まずは法的なことを考えなければいけない。法的には日米の関係は国連の関係を上回ることはない。日米の安全保障は国連の安全保障の一部でしかなく、そのなかで集団的自衛権が規定されている。
 小泉政権時代に自衛隊は3回、海外に出た。第一は01年のテロ特措法。「9・11」が起き、「アルカイダをタリバンが囲っている」という思いだけでアメリカは戦争を始めた。理由も明らかになっていないものに対して日本は集団的自衛権と似たようなものを発令して自衛隊を送り込んだ。
 次に東ティモール。これは国連PKO。そしてイラク支援特別法。これも特措法をつくってイラクのサマワに派遣した。
 もし日本が途上国であれば、自国の兵を出す根本の理由は外貨稼ぎであり、戦争の大義は二の次となる。でも日本はそうではない。
 日本の国民のなかでは、これらの区別が恐らくついていない。国連的な措置と、集団的自衛権の考え方の区別も付かないで、自衛隊を海外に出すべきではないし、資格もない。これはある意味で日本人に対する失望です。メディアに対する失望です。政権を監視する「ウオッチドッグ」にもなっていない。しかも小泉さんに「非戦闘地域かどうかわかるわけがない」と平気で言わせる。これは革新的なメディア、ラディカルな勢力の怠慢だと思う。だから僕は護憲派になった。
 イラク戦争は明らかに間違った戦争で、それに日本は加担している。それを反省するどころか、テロ特措法に基づくインド洋での自衛隊活動の継続について、今度はシーレーン(海上交通路)防衛を理由にしてきた。それで国民は納得してしまう。メディアもたたかない。シーレーンだったら国益じゃないかというかもしれないが、国益だったら自衛隊を出していいのか。いかんでしょう。憲法は「いけない」と言っているんだから。対テロ戦への構図で出すよりももっと罪がある。ピュアな国益のために自衛隊を出すのはそれよりも悪質なことだ。

●現場からの報道は社会の責任

 いまのメディアが「大本営化したメディア」と言われるのは、まずは大手メディアの記者が紛争の現場にいない。危ないから。安全性の責任が持てないから記者を紛争地に送らない。でも、社会というのはそうじゃない。責任を持って送らないといけない。責任を持って送るから社会も真剣になる。
 メディアに言いたいことは、自社の責任でリスクを負って記者を現場に送ってほしいということだ。報道にはリスクが伴い、そのリスクを想定して補償する。戦争に巻き込まれた人にはきちんと補償する。いまは戦争に対しては免責になっているが、これについても保険制度を変えるなど社会が変わらなければならない。
 だから記者には「現場に出ろ」の一言ですね。学生のなかにも新聞社に就職したのがいるけれど、みんな燃えていますよ。とはいえ組織に入ると軟化していく。組織に染まることは当たり前かもしれないが、少なくともジャーナリズムにはそれはあってはいけない。最近はそうした状況に絶望したのか、「NGOに入りたい」という学生もいる。
 僕はどんな会社でもまずは入れ、と言っている。その間、お金を貯めて組織で働くことを覚える。「それからでも遅くはない」と。
 大学院では、平和構築・紛争予防講座長を務めるが、そこへの移籍を決めたのは、教える対象が日本人ではなく、海外の留学生だからですよ。海外の学生なら、紛争予防について僕らが持っている最大限のものを伝える意味がある。彼らは帰ればその国の重要なポストに就くわけですから、その国の平和に貢献することになる。
 僕は、自分のしたことが結果になることにあこがれ、初めは建築家を目指していた。それが国際協力の橋を渡り、いまは一番息の長い教育に携わっている。紛争予防や平和構築について外国の学生たちに教えることなら、やがて結果が見えてくる。
 いまの政治からも分かるように、野党側はいかに自衛隊を出さないか、護憲派はいかに憲法を9条を守るか、そんな議論を続けている。9条を守ることが目的ですか。そうではないでしょう。9条を使って世界平和を実現することが目的であり、それが憲法の前文に書いてある。「一国平和主義ではいけない」と書いてある。9条を使って世界の平和維持に貢献する。このことこそ、憲法の精神だと思う。


伊勢崎賢治(いせざき・けんじ)さん
 1957年東京生まれ。早稲田大大学院理工学研究科を経てインドの国立ボンベイ大に留学。国際NGO「プラン・インターナショナル」のメンバーとなってアフリカで活動後、国連東ティモール暫定統治機構上級民政官として01年5月までコバリマ県知事を務め、同6月から内戦後のシエラレオネで武装兵士やゲリラの武装解除を指揮。03年2月からは日本政府特別顧問としてアフガニスタンでの武装解除を担当した。現在、東京外国語大学大学院地域文化研究科教授。著書に「武装解除-紛争屋が見た世界」など。