インタビュー

直言55 聖路加国際病院理事長 日野原重明さん

日野原重明さん 戦争の真実を伝えて平和運動に参画

 97歳の現役医師、聖路加国際病院理事長の日野原重明さんが、「子どもたちに平和のメッセージを」と医業の傍ら小学校などを回り、「いのちの授業」を行っている。「正義の戦争なんてあり得ない。戦争の真実を話す。それが年配者である私の使命」と次世代への思いを語る。【明珍美紀】

 ドイツのカント(1724~1804)が「純粋理性批判」という哲学の難しい本を出したでしょ。ところが晩年、戦争の問題に関心を持ち、「永遠平和のために」を書いた。僕はそれを読んで、カントは、不戦と非戦を区別していると感じた。戦争をして一定の条件で休戦になったり平和条約を結んだりするのは、お互いが本当に許し合い、これまでの争いを水に流したのではない。隠れた憎しみのうえに成立した条約であって、その条約自身が戦争を起こさないためのものにはならない。カントはそのことをとても分かりやすい文章で書いている。僕はそれを読んで以来、戦争のない状態に持っていくだけでは生ぬるい、戦争が命を殺し合うことである限り、正義の戦争はあり得ないと確信するようになった。
 日本のいまの政治は、自民党も民主党も議員のなかの恐らく半分以上は自衛隊を自衛軍にするという方向で考えている。自衛軍になれば、陸海空軍ができるに決まっている。いまでさえ核保有国である米国の武器を日本人も使うような訓練が自衛隊で実施されている。

●報復の連鎖を断ち切れないのが大人の戦争

 僕が会長を務める「新老人の会」(2000年9月設立)は、75歳以上がシニア会員で、74歳から60歳までをジュニア会員、それ以下はサポーター会員となっている。
 会には現在1万人ぐらいの会員がいるけれど、例えば数学の先生をしたような人が、子どもにどうすればうまく算数を教えられるかを自分で勉強して小学校に教えに行っている。だから現役の先生たちよりもエキスパートなんですね。
 でも僕ら「新老人」は、悲惨な戦争を体験しながら、いまだにこの世から戦争をなくすことができない。けれどもこれからでもやれることはある。子どもたち、団塊世代など戦争の経験のない人たちもそうだけど、戦争になるとこんなことが起こるという情報をきちんと伝え、そのようなひどいことをなくすよう「お互いの命を大切にしましょう」という方向に持っていかなければならない。
 次代を担う若い人や子どもに、戦争の真実を伝えることが、平和運動に積極的に参与すること。そういうわけで僕は3年前から、10歳を中心に出前授業を始め、これまで約100校の小学校を訪問している。
 恨みが恨みを呼び、報復の連鎖を断ち切れないのが大人の戦争。子どもたちには「自分のごとく相手を恕(ゆる)す勇気を持とう」と説いている。
 同じように「これまで平和運動なんかやったことがない」という人も、自分の戦争体験やいまの先生たちが知らない話を子どもたちに話すことができる。どんなことがあっても、命を殺すことは、人間の倫理としてはあり得ないことを子どもたちに教える。戦争を回避する、戦争を起こさないために自分ができることは何かを考える。
 みなさんが想像する以上に、年を取ると時間がたくさんある。時間は年とともに増える。その時間を使って平和運動に投資すれば、いままでできないと思っていたことが、可能になる。

●若者をリードする新しいモデルを

 「老い」という言葉は、日本では老廃物という言葉があり、老人は失禁をしてお小水を漏らすから臭うなど、いいイメージは持たれていないが、中国の「老」は長老とか大老とか人々に尊敬されている。英語でもエルダーは、尊重、尊敬する言葉。
 年を取ったからだめなのではなく、老を生かす。新しいモデルをつくる。若い人が老人に付いていく。平和主義者の老人に付いていく。僕は新老人の会をそういう会にしようと思っている。
 日本だけではなく外国でも活動を広める。僕もこの間、ボストンに行って米国の子どもたちに講演をした。日本も外国も「子どもは共通だな」という感じを持つのだけれど、一つ違うのは、米国やオーストラリア、メキシコの子どもたちは、僕が質問するとぱっと手を上げ、間違っていても発言する。日本は間違ったら恥だと思うせいか、もたもたしている。考えている格好をして考えていない。
 改憲のための国民投票が実施される可能性が強い。そのときに自分の考えをはっきり言える人間になってもらいたい。半分以上が憲法9条を変えることに「ノー」と言えば、自衛軍はできないのだから。
 いまの選挙制度を見直し、二十歳以上の選挙権を18歳まで引き下げる。子どもは権利を与えたら成長する。それと元気な若者は、就職が決まったらすぐ働くのではなく、1~2年海外に行き、難民や紛争地の人々の支援活動をする。そうすれば世界で何が起きているかが分かり、仕事のうえでも役に立つ。
 日米安保条約で、日本は核兵器を持つアメリカに守ってもらっているけれど、10年後の日本は、消費税は多少高くなってもいいから、米軍基地を撤去する費用を米国に出し、「お世話になりました」と言って、お返しするような若者たちをつくりたい。

●命を奪うことに対して反対を

 自分のことを言えば、僕自身は戦争に行っていない。医学生だった21歳のときに結核を患いましてね。当時、父が広島女学院の院長をしていたので広島で1年間、闘病生活を送った。
 終戦の日は東京で迎え、そのころはもう内科医として聖路加に勤めていた。3月10日の東京大空襲では、たくさんの人がやけどで運び込まれたが、治療しようにも薬がない。悪臭が漂うなかで、次々と亡くなっていった。父も、原爆で多くの生徒が犠牲になったことを深く悲しんでいた。
 僕は戦後の51年から1年間、米ジョージア州アトランタのエモリー大医学部に留学した。「臨床内科学の父」といわれるW・オスラー先生(1849~1919)が、新しい医学教育の方法を考え、教室ではなくベッドサイドで講義するレジデント教育を米国で始めた。オスラー先生は、一人息子を欧州戦線で失い、それ以来、医者の仕事は病人を助けるだけではなく、「あらゆる命を奪うことに対して反撃することだ」と思うようになった。その考えは、医師としての僕にも影響を与えている。

●平和の真髄を記事に

 新聞記者は現象だけをなぞる傾向がある。それは今度の新型インフルエンザ問題を見てもよく分かる。なぜ、日本ではマスクが品薄になるのか。何のためのマスクかということを考えれば分かるが、マスクは本来、人に病気を移さないために患者がするもの。記者は、必ずしも医学の専門知識があるわけではないが、そういうことを専門家にきちんと取材して、人々に知らせることが記者の役目。もっと静かに必要な情報を正確に書く。それを怠るから、あおるような結果になってしまう。
 予防医学で大切なのは、きれいな空気や水。最高の公衆衛生は戦争がない状態だ。そして、戦争を繰り返さないためには、許すことが必要。「9・11」は許さなかったばかりか、受けた傷よりもひどい傷をイラクやアフガニスタンの人々に負わせている。
 平和の真髄、平和のもとは許すこと。そういう思いが伝わる記事を書いてほしい。
(09年5月下旬インタビュー)


日野原重明(ひのはら・しげあき)さん
 1911年山口県生まれ。京都帝大医学部卒。41年聖路加国際病院の内科医となり、内科医長、院長を歴任。05年文化勲章。07年日本ユニセフ協会の大使に任命される。ベストセラーの「生き方上手」(01年)をはじめ著書多数。近著に「『幸福な偶然』をつかまえる」など。