インタビュー

直言57 元毎日新聞記者 西山太吉さん

西山太吉さん 情報操作に汚染されず真実の情報を

 沖縄返還(1972年)の日米交渉をめぐる密約問題が新たな段階に入った。当時の文書を開示するよう求めた沖縄密約情報公開訴訟の口頭弁論が12月1日、東京地裁であり、対米交渉に当たった吉野文六・元外務省アメリカ局長(91)が法廷で密約の存在を認め、「歴史をわい曲するのは国民の損失」と国の姿勢を批判した。密約を裏付ける文書を入手するなどして国家公務員法に問われた元毎日新聞の西山太吉さん(78)は、「国家情報が隠蔽され偽装されるということは、民主主義の侵害だ」と訴える。【明珍美紀】

―口頭弁論での吉野文六さんの証言をお聞きになったお気持ちは。

 これまでの経緯から見れば、自分の思うことを淡々と述べただけであって、(密約文書に署名したなどの証言は)当然のこと。昨今の情勢を考えて、きちんと証言をしておくべきだという信念を持っていた。むしろそれが責務だと思っていたのではないか。当日、吉野さんと会って握手をした。じっくり話す時間はなかったが、今後はそういう機会もあるだろう。

―当時のことをうかがいますが、西山さんが政治部の記者だったころ、米国はどういう存在でしたか。

 われわれのときは1960年安保の流れからきていた、60年代から70年代に移行するころで、冷戦構造がピークに達しているとき。70年代に入ってから中ソ対立を利用してアメリカが中国に接近し、国際関係が構造的に変わった面もあったが、基調はソ連対アメリカ。国際政治が二極分化していたときだ。当時の日本は、完全にアメリカの隷属化、冷戦構造のなかにその力の関係のなかに日本は組み込まれていた。そこから解脱するとか問題提起するとかという仕組みは、日本が保守陣営であっただけにまったくなかった。
 アメリカの要求を受け入れることだけが安保関係だった。日米関係の基調だった。そして国内政治では社会党対自民党。70年代までそれが続く。
 アメリカに対して問題提起していく機能が全然ない時期ですからね。だからこそ、密約問題が発生した。要求されたものを明らかにすればいいのだが、全て隠してしまう。経済的、財政的なアメリカの状況など全部含め、沖縄の返還を代償にして米軍基地が優先する。つまり、真実を隠蔽するかたちで日米関係を維持していったわけです。

―記者たちは。

 そうした絶対的な枠組みが先入観としてあり、日本の主体性を打ち出していく社会状況ではないから、新聞記者もそのなかに取り込まれていく。

―個人的には変だと思いつつ。

 個人的にはさまざまだが、全体的には冷戦構造のなかにおける日米安保の位置付けが絶対的なもので、アメリカに守ってもらっているという枠組み自体をどうこうするというところまでいかない。われわれの時代、60年代から70年代にかけてはね。

―そのなかで密約を取り上げた。

 それはなぜかというと、当時の佐藤(栄作)政権の国内事情、政権自体が沖縄の返還以外は政権のレゾンテートル(存在意義)がない。経済的には高度成長のまっただなかで、前の内閣からの経済成長を持続していくだけ。それに内政問題が吸収されていくかたちだった。佐藤政権が長期政権になったのは、それが理由なんです。深刻な格差の問題が発生する以前の成長段階ですからね。自分たちの内閣が将来にわたってなんらかの金字塔を打ち立てるといったら、沖縄の返還しかない。中国や北朝鮮との国交正常化などは念頭にない。共産陣営との平和共存を模索するということを日本側から出すような政権ではない。

―吉野さんは取材などでも「沖縄がただで返ってくることを美化しようとしただけに過ぎない」とおっしゃっていました。

 沖縄の施政権返還ぐらいしか存在意義をアピールするものがないので、政権が命運をかけるようになった。もう一つのファクターは沖縄内部からの猛烈な復帰運動が起きたこと。政権の名誉のためと沖縄内部からの祖国復帰運動。この2つの両輪が返還問題につながった。アメリカからみればベトナム戦争を含めて超大国覇権主義の最たる時期。国防的見地、国際的な戦略の見地から最大限のものを日本側に要求してくるのは当たり前。それは何かというと基地の自由使用であり、ベトナム戦争で大きな財政赤字を抱えているから、日本側には財政的な諸要求を突きつける。いまのアフガニスタン問題とよく似ている状況で、泥沼でしたからね。

―日本が400万ドルを肩代わりする。そのことをアメリカは公表されても構わなかった。

 対米支払い全てが密約なんですよ。400万ドルは氷山の一角に過ぎない。アメリカは日本が全部肩代わりすることを要求しているわけですから、アメリカの内部問題は何もない。アメリカとしてはほぼ目的を達成し、日本側はそのことをなんと説明しようと自由である、どうぞ勝手におやりなさいとね。
 アメリカは何も隠す必要がないが、日本側が「隠してくれ」と頼み込み、「核抜き本土並み」というキャッチフレーズでごまかしていく。
 いまその「核抜き本土並み」に相当するのが、「基地の負担軽減」、「抑止力の維持」。この2つだけ。極東の範囲がいつの間にかアジア太平洋となり、いまでは全世界が「日米同盟」の対象領域になった。

―98年から00年にかけて米公文書館で書類が公開されました。

 総理大臣、外務大臣が保守政権だから、「密約はなかった」という従来の言葉を継承していくだけだが、それをやらせたのは外務官僚ですよ。民主党の岡田外相が今度、密約の調査を指示した。透明性の確保がテーマになっているが、もう一つの狙いは自民党にダメージを与えるため。しかし、偽装は官僚主導。その最たるものは、河野洋平元外相が吉野氏に対し、口止めをした。その河野元外相に口止めを頼んだのは、そのときの外務官僚なんです。

―外務官僚も組織防衛のためにやっているのでしょうか。

 従来の「日米同盟」を持続させ、それに動揺を与えない。官僚のうそを隠蔽する。この2つが重なり合っている。

―高度経済成長期に庶民が一生懸命収めた税金が、政権と外務官僚の体面に使われたことになりますね。

 対米支援は膨大な額ですが、その密約は沖縄の施政権返還を美化するためにやった。外交を国内政治の政権の維持に利用した。
 言論統制もすごかった。けれども施政権の返還でアメリカ側が自発的に金を払うなんてことはない、ということだけは私は日常の取材で分かっていましたからね。

―新聞記事として世に公表するのではなく国会議員を通じたのはなぜ。

 対米請求問題、肩代わり問題をずっと書いていたのは毎日だけだった。私が書けば全部ルートが分かる。国権の最高機関に出す。それはちっとも悪いことではない。
 仮に私が記事を書いたとしても「政府は見たことも聞いたこともない」と突っぱねるだけ。

―情報公開請求であくまで闘い抜くと決意しました。

 これまでの訴訟は個人の名誉の問題としてとらえられてきた。除籍期間で門前払いされることはある程度予測できた。除籍期間の適用で司法は判断しないのであれば、密約問題が解明されないままになる。でも、情報開示請求ならば除籍期間はない。

―原告団には当時の新聞記者も入っていますね。

 少しでも多くの人に集まってきてもらったほうがいい。
 政府の組織犯罪を明確に遡上にのせるという意味で、情報開示の歴史に残るものだと私は思っている。岡田外相も第三者委員会を発足させると言っているが、これまでは官僚の省益優先の判断だけで違法秘密を守ってきた。開示請求をすることが霞ヶ関の官僚主導を打倒することになる。

―この間のジャーナリズムをどう見ていますか。

 沖縄密約問題は98年、00年と琉球大学の我部政明教授が文書を入手して、朝日新聞をはじめ一部メディアに報道された。とはいえ全体的にはほとんどタッチしていなかった。というのは私の問題が尾を引いていたからですね。でもそれが裁判になり、我々が情報開示請求をして、ジャーナリズムは取り上げざるを得ない段階になった。最近は大きな広がりを見せてきている。国家情報が隠蔽され偽装されるということは、民主主義の侵害ですから。
 時期的にもアメリカではオバマ政権に変わり、日本も民主党政権に変わった。「核なき世界」を理念としてではあるが、それを打ち出したのはアメリカの大統領ではオバマ氏が初めて。むしろ日本よりもアメリカが変わろうとしている。

―こうした急激な変化の時代に、密約問題とのめぐり合わせがきた。

 マスメディアの記者がやらないなら、私が問題を掘り起こしていかなければならない。また、この問題の本質を知る人がほかにいないから私がやらざるを得ない。でも記者たちは段々、熱心になってきましたよ。継続してきたことの価値が出てきた。

―密約問題に改めて光が当てられる前はどういうお気持ちでしたか。

 完全な断絶。真空地帯。歯がゆい思いもない。社会的な面で言えば不条理な世界ができて。インターコースが始まるのは2000年からですからね。それまでの間は完全な断絶で、問題の取り上げ方が偏っていたにもかかわらず、メディアも撤退した。権力のペースで来た。

―記者への提言は。

 日本のメディアの存在価値は、外国以上に重要です。なぜかというと戦後になって初めて民衆の政治参加の機会が与えられた。言い換えれば民衆が戦後の民主主義の土台をつくったわけでも憲法をつくったわけでもない。主導権を持って民主主義をリードするような主体性のあるものでもない。権力と民衆の関係では、民衆は弱い立場ですから、権力側は情報操作をいくらでもできる。だから権力と民衆の中間に位置するメディアの重要性は、海外の先進国に比べればはるかに高い。
 記者が権力と民衆の力関係がいかにアンバランスであるかということの意識を持つ。
 反骨精神とか何とか言う前に、メディアの重要性を認識する。国家権力はいろいろな情報操作をする。情報操作に汚染されず真実の情報を取る。情報を吟味する。説明する。それをメディアはやらないといけない。権力側から出された情報に対して、真実か否かを見極め、果敢にメディアから権力に向かっていろいろなアプローチをしていく。それで初めて民主主義がレベルアップする。メディアが能動的に活動することが大事。そういう自覚を持つことですよ。個としてのジャーナリストはね。
 そのためには情報の透明化、情報の開示が万能薬。私がやっていることはその一環ですからね。 (2009年インタビュー)


西山太吉(にしやま・たきち)さん
 1931年山口県生まれ。慶応大大学院卒業後、毎日新聞入社。72年、沖縄の施政権返還時の日米密約について取材した際、国家公務員法違反容疑で逮捕される。74年の一審では無罪。判決後、同社を退社。二審で有罪となり、78年の最高裁で有罪が確定。00年になって密約を裏付ける文書が米公文書館から発見され、05年、国に謝罪と補償を求めて提訴。07年3月、東京地裁は20年の除斥期間を経過しているとの理由で請求を棄却(08年9月敗訴確定)。09年3月には、自身を含め計25人の原告が密約文書の開示などを求めて提訴。主著に「沖縄密約-『情報犯罪』と日米同盟」(岩波新書)。