お薦め本紹介

お薦め本紹介(2013年10月)

改憲と国防
混迷する安全保障のゆくえ
柳沢恭二+半田滋+屋良朝博
改憲と国防
領土・歴史認識などのイシューを“国威発揚”の道具にする
 ひとまず「96条先行改憲」は遠のいたが、実質改憲への動きは、臨時国会提出の2法案「日本版NSC設置法」と「秘密保護法」により、いっそう現実味を増している。
 これに、年内予定の「集団的自衛権」解釈変更、「新防衛計画の大網」(いずれも閣議で決定)を重ね、“9条停止状態”をつくりだす−−アベノポリティクスの狙いはそこにあるのだろう。第1次安倍内閣が行った「教育基本法改正」「国民投票法制定」につづく“外堀攻め”第2段階といえる。
 現下の「改憲問題」は、従来の理念論争を超えて「国防」や「防衛秘密」の各論次元に移行し、かつ「島嶼確保」「邦人救出」など、具体論を絡めながら進行しているところに特徴がある。「現象」と同時に「本質」を見極めなければならない。
 本書は、防衛記者会所属の東京新聞記者、沖縄タイムスで長年基地取材に当たってきた記者、それにキャリア官僚として防衛行政および官邸の危機管理実務に携わってきた人物の3人が、体験と識見を踏まえつつ論じた書である。
 「安倍政権と集団的自衛権」(柳沢)、「冷戦後の自衛隊」(半田)、「沖縄・米軍基地と日米同盟」(屋良)と論を立て、それを鼎談によって敷衍し深めていく。解説と論評が問題の在り処を明らかにする。
 「改憲と国防」というテーマは、1950年代鳩山内閣以来、岸から中曽根へと受け継がれてきた自民党右派の痼疾だが、安倍の手法は、領土・歴史認識など問題を外部化し“国威発揚”の道具にしている点がよくわかる。
(旬報社1400円)

前田哲男(ジャーナリスト)

領土問題から「国境画定問題」へ
紛争解決論の視点から考える
名嘉憲史
領土問題から「国境画定問題」へ
米国が対中・対ソ封じ込めに日本の領土を利用
 「紛争解決(コンフリクト・リゾルーション)」を専門分野とする著者は、本書で、尖閣・竹島・北方四島の領土権を巡る問題について、「紛争解決」の視点から解決策を提言する。著者の問題意識は、まだ続く「有耶無耶にされた帝国の清算」にある。
 尖閣・竹島・北方四島を巡る領土問題は、戦後68年を経た現在も、国境が画定していないという異常な事態にある。
 尖閣は1895年、竹島は1905年、いずれも戦争を通じて日本領土に「編入」されるが、日本の実効支配は敗戦(1945年)までの40〜50年に過ぎない。著者はこの史実を踏まえ、領土問題につきまとう「固有の領土論」を無意味な“政治的言葉”であり「理解に役立たない」と批判し、そうした固定観念からの脱却を呼び掛ける。
 著者は、「帝国の清算」が行われず、不正常な状態が今日まで続く要因として、中国・韓国・ソ連の戦争当事国が参加していないサンフランシスコ平和条約と東西冷戦を挙げる。「対ソ、対中封じ込め」を狙う米国は、尖閣・竹島・北方四島を冷戦の「前哨基地」として利用した。その結果、国境画定が終わらないばかりか、新たな紛争の火種として残っている。
 著者は、「サ条約は『片肺飛行』で、両翼と尾翼は錆びつき着火の危険もある」と警告する。
 「帝国の残滓」の後始末としての国境画定問題が未解決のままでいいのか。東アジアの“新冷戦”を避けるためにも、国民一人ひとりが国境画定問題と正面から向き合う必要があると提唱する。
(明石選書1800円)

河野慎二
重重
中国に残された朝鮮人日本軍「慰安婦」の物語
安世鴻 写真・文
重重
ハルモニたちの顔に刻まれた皺
私たちに何を語りかけているか。

 中国で日本軍の慰安婦をさせられていた女性八人の写真記録だ。その内6人は既に死亡している。生存の二人も1922年生まれだから92歳になる。八人の記録は克明だ。本名、中国名、国籍、2003年当時現住所、生年月日、故郷、動員年即ち慰安婦にさせられた年、動員時年齢即ち慰安婦にさせられた年齢、当時の日本名、当時の慰安所、慰安所にいた期間が明記されている。
 写真の多くは、ハルモニ(おばあさん)たちの中国での生活と思い出だ。昔を語る辛い表情が続く。いま開かれている裁判で明らかにしているように「ハルモニたちの表情をありのままに撮影したものであり、特定の政治的・社会的意見の押しつけを迫るような写真は1枚も存在しない」。
 昨12年6月新宿ニコンでの写真展に反対した連中は、この写真を正視したのだろうか。10人のガードマンが警備し、入口で金属探知機に検査される写真展には、確かに何の説明文字もなかった。今、この書をひもときハルモニの歴史と重い思いに触れることが出来る。
 「重重」の文字には「ハルモニたちの顔に刻まれた皺が重なっているという意味、被害者らが経験してきた痛みは一つではなく幾重にも重なっているという意味(日本軍慰安婦として経験に加え、その後に故郷を離れ中国で生活をせざるを得なかったという意味)を複合的に込めている」と言う。
 本書は貴重な記録で、メッセージ性を持った芸術的価値の高い作品となっている。ニコン裁判第4回口頭弁論が東京地裁で11月11日午後2時に開かれる。
(大月書店2500円)

酒井憲太郎(写真家)
原発爆発
倉澤治雄
原発爆発
明らかに「人災」だったことを事実で浮かび上がらせる!
 著者は、2012年度のJCJ賞を受賞した日本テレビのドキュメンタリー番組「行くも地獄、戻るも地獄 倉澤治雄が見た原発ゴミ」の中心人物である。受賞作品は、原発の最大の課題である、廃棄物処理や廃炉の問題を外国まで追ってまとめた映像だが、本書は、福島第一原子力発電所の事故と真正面から向き合い、「何が起こったのか」「何がまずかったのか」を厳しく追及する告発の書だ。
 政府や東電は、この事故をいまだに「想定外だった」としているが、著者は序章の中で早々と「事故について調べれば調べるほど『想定外』のことはなにひとつなかった。すべて『想定通り』のことが起きたに過ぎない」と結論から先に記し、以降、一つひとつ事例を挙げて、その事実を浮かび上がらせていく。
 たとえば、地震の翌日の午後3時40分に福島中央テレビが1号機の爆発の映像を放映したのに、日本テレビがそれを全国に放映した4時50分まで、首相官邸は爆発のあったことさえ把握していなかった。
 事故発生当時、福島第一原発には安全・保安院の保安検査官ら8人がいたが、3人はオフサイトセンターに避難し、残りの5人も翌日の午前5時すぎに避難してしまった。それを知った経済産業相が現場に戻って「注水を監視するよう」指示して4人は戻ったが、注水の監視はせず、14日には再び避難、15日には60キロも離れた福島県庁に移ってしまった。規制官庁がこれではどうしようもない。
 また、放射能の拡散状況を予測するSPEEDIのデータも、在日米軍には流しながら住民の避難には活用しなかった経緯も明らかにしている。
 事故処理さえきちんとできていないのに、原発を次々と再稼動させていっていいのか。読者一人ひとりに考えさせる本である。
(高文研2200円)

柴田鉄治