お薦め本紹介

お薦め本紹介(2016年10月)

お薦め本紹介(2016年10月)
・沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか
・科学者と戦争
・原爆にも部落差別にも負けなかった人びと
・鉱山(ヤマ)のビッグバンド
・憲法9条と安保法制
・ユダヤとアメリカ

沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか

安田浩一
沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか
「当事者メディア」の新聞記者たちがめざす地域に根ざした取材への熱意と奮闘ぶり
 「沖縄のあの二つの新聞社はつぶさなあかん」、きっかけは自民党「文化芸術懇話会」での作家・百田尚樹氏の発言(2015年6月25日)。
 ジャーナリズムの在り方が問われている今、「琉球新報」「沖縄タイムス」の新聞記者たちを丁寧に取材し、記者の取材姿勢や本音を引き出している。その姿を通じて、新聞のありようを考える最先端の「成功モデル」を示してくれている。
 沖縄の新聞は、はっきりと「当事者メディア」なのである。記者たちがみんな、当事者意識を持って取材し記事を書いている。「偏っていると言われるぶんには、まだいい。なにか訳知り顔で近づいて、記事には公平性がなければいけないだの、基地問題にしても両論併記をすべきだなどと指摘されると、猛烈に腹が立つ」という基地担当記者の話など、「新聞記者の軸足」が地域に根ざし、県民の生活にあることを明確にする。
 さて、本書で述べられている沖縄の本質的な問題については、熟読していただくとして、沖縄の問題を他人事としている本土の意識の「温度差」が、問われていることを強調しておきたい。
 沖縄で起きている政府の対応は、福島でも同じ構図が見えるし、対米従属も他人事ではないのに、メディアも含めて関心は薄く、目を向けようとしない現実。沖縄の記者たちの志と奮闘ぶりを描いた本書を読み進めていくと、沖縄が、政府とは違うチャネルで基地問題も解決し、日本を引っ張るタグボートになっていくような展望が見えてくる。
(朝日新聞出版1400円)

鈴木賀津彦(東京新聞)

科学者と戦争

池内 了
科学者と戦争
軍学共同の悲惨な結末を示し警鐘をならす
 研究費不足に悩む研究者を取り込もうと、防衛省は来年度の概算要求で「安全保障技術研究推進制度」に110億円を計上した。今年度予算の6億円から一気に18倍の増額である。
 この制度ができた2015年度は、109件の応募があったが、著者らの軍学共同反対運動の広がりもあって、応募は今年度44件と半減した。それを札束で巻き返そうとする予算措置である。
 軍学共同は、政治の保守化・軍事化と軌を一にして急速に進展してきた。公然とした軍学共同は、最近までみられなかった動きである。それは日本の科学者が、先の大戦で軍に協力してきた深い反省にたって、軍事研究を伝統的に拒否してきたからである。
 その反省や伝統が揺らいでいる。本書はその実態を示し、警鐘をならす。
 そしてまず、反省のもとになった世界の軍事研究の歴史をたどる。とくにナチス・ドイツ時代の高名な三人三様の物理学者の業績や性格にも触れ、ナチスや軍とのかかわりを検証している点は、問題点が見事に整理されていて興味深く読んだ。
 著者は、こうした歴史の教訓を踏まえて、軍事研究の合理化論を批判する。とくに重視して取り上げているのは、科学の成果はもともと「両義的」「二面性」があり、科学の成果は平和(民生)にも、戦争にも利用できる。つまり使う側の問題だから「科学者に責任はない」という議論である。著者は「問題は資金の出所だ」と指摘する。軍事研究にはまり込んだ研究者の悲惨な結末の話もある。科学者はもとより、今こそ広い読者を期待したい。
(岩波新書780円)

松橋隆司(サイエンスライター)

原爆にも部落差別にも負けなかった人びと

広島・小さな町の戦後史
大塚茂樹
原爆にも部落差別にも負けなかった人びと
三重苦を生きた人びとの肉声に向き合う
 差別は長らく前に解決されて今日に至っている」。本書で取り上げた地区について著者はこう記す。広島市の爆心地から西に2キロ圏に位置し、かつて西日本有数の被差別部落といわれた。
 軍都広島の発展とともに皮革、食肉産業が栄えた。その歴史を振り返り、差別と貧困、さらに被爆という「二重苦」「三重苦」の中で懸命に生きてきた人びとの肉声を伝える。
 子ども会の指導者をはじめ昼夜をわかたぬ奮闘ぶりの中学教師、野戦病院さながらの診療に奔走した医師や看護師。同和対策特別措置法の施行前から、この地区では劣悪な環境の改善に向けた運動が展開され、その歩みが肉声を通じて汲み取れる。こうした人々の努力が、差別を温存・助長する客観的状況をなくしたといっても過言ではない。
 著者は学生時代に山代巴『この世界の片隅で』(岩波新書)を読んで、この地区と出合う。「廃墟から起ち上がった広島市の中でも復興が遅れた小さな町の戦後史」を描こうと、長年勤めた岩波書店を退職する前年の2013年春から本格的な取材を始め、60人を超える関係者から話を聞いた。中には差別体験のない人や裕福な家庭に育った人、運動とは距離を置いた篤志家も含まれる。著者は定型的な差別の捉え方を排し、実にニュートラルにこの問題と向き合っている。
 現在、国会には部落差別解消推進法案が提出されている。本書は差別の永久化・固定化につながる懸念もある法案の是非を判断する一助にもなる。
(かもがわ出版2500円)

藤川寿哉(広島支部)

鉱山(ヤマ)のビッグバンド

小田豊二
鉱山(ヤマ)のビッグバンド
坑内労働者が削岩機を楽器に持ち替え、40年も演奏してきた<奇跡の楽団>
 懐かしくも優しい昭和が甦る。企業と労働者が、まだ親密な信頼関係を結び、手を携えて未来を見つめることのできた時代。
 ノーベル賞を輩出したことで一躍有名になった「スーパーカミオカンデ」という施設が岐阜県の山奥にある。そこは、かつて「三井金属神岡鉱山」という鉱山(ヤマ)だった。
日本の戦後復興は、まずヤマの賑わいから始まったといっていい。ことに昭和30年代は、神岡鉱山は、時代の先端を行く生活を、企業が労働者に提供する「天空の楽園」だったという。楽園には音楽がつきもの。そこに出現した奇跡の楽団。それが本書の主人公「神岡マイン・ニュー・アンサンブル」。奇跡の物語にはヒーローが必要。むろんヒーローは存在した。その名を林正輝という。
 これが若き貴公子、絶世の美男子だったというから、物語は空を飛ぶ。林がバンドマスターを務める楽団員二十数名は、みな鉱山の坑内で働く労働者たち。彼らは削岩機を楽器に持ち替え、ナッパ服を白いタキシードに着替えてステージに立つ。
 それが40年間も続き、演奏旅行やコンテスト、さらにはNHKにも出演、音楽祭では常に優秀賞に輝いたという。
 著者は林の足跡を辿り、バンドの夢を掘り起こし、関係者を訪ね歩く。林とはどんな人物だったのかを探す旅。そこから紡ぎ出されたのはやはり、天空の楽園に花開いた「奇跡の物語」だった。
 ただ神岡鉱山には「イタイイタイ病」という負の物語も付随する。その点にも、終章できちんと目配りする著者の姿勢は素晴らしい。
(白水社2200円)

鈴木耕(編集者)

憲法9条と安保法制

阪田雅裕
 参院選後、安保法制(戦争法)の具体化が進み始めた。南スーダンの国連PKOに11月から青森駐屯地の陸上自衛隊が派遣されるが、同隊には新しく「駆け付け警護」の危険な任務が付与された。
 本書は元内閣法制局長官が戦争法を強行した安倍内閣の国会答弁を子細に分析し、従来の9条解釈との違いや論理的整合性を論点ごとに検討している。戦争法の今後の施策、政府側の見解を検討する際の貴重な資料となるだろう。
 主な論点は、限定的な集団的自衛権の行使、他国軍隊に対する支援活動、PKO活動の拡充、自衛隊法の改正の4つだが、著者の結論は、「安倍内閣による今回の防衛政策の大きな転換は、もはや憲法9条の枠内に収まるものではなかった」。
 なぜ安保法制が必要かの立法事実も、ホルムズ海峡・機雷封鎖のような荒唐無稽な事例しか示せないと批判した挙げ句、戦火が及んでもいないのに国民生活に深刻な影響があるから武力で対処するというのでは「満蒙は我が国の生命線」という言葉を想起させると皮肉っている。
(有斐閣2600円)

菅原正伯

ユダヤとアメリカ

立山良司
 アメリカは1960年代から、イスラエルと「特別な関係」を築いて以降、ユダヤ・ロビィストが、政治献金の強化やジャーナリズムへの浸透を図り、絶大な政治的影響力を発揮してきた。
 最強最大のAIPAC(米国イスラエル公共問題委員会・会員10万)の機嫌をそこねると、大統領の当選は無理とも言われてきた。
 だが今、そのユダヤ・パワーが、めっきり衰えてきている実態を浮き彫りにする。
 2008年に新しく結成されたイスラエル・ロビー組織「Jストリート」が伸長し、イスラエルの無条件支持は、アメリカの国益に反すると主張し、主流派ユダヤ組織に公然と反旗を翻し始めた。
 とりわけ年30億ドルを超す軍事援助やネタニヤフ政権が進めるパレスチナ自治区への入植地増設による占領政策に対し、公然と批判の声を上げ、支持されるようになってきた。まさにアメリカのユダヤ社会に亀裂が生じている。その実態を分析した好著。
(中公新書820円)

萩山拓(ライター)