お薦め本紹介

お薦め本紹介(2016年11月)

お薦め本紹介(2016年11月)
・そこが知りたい電力自由化
・東京オリンピック
・報道の自己規制
・抗うニュースキャスター
・秘密解除ロッキード事件
・脱原発区長は、なぜ得票率67%で再選されたか?

そこが知りたい電力自由化

自然エネルギーを選べるのか
高橋真樹
そこが知りたい電力自由化
「脱原発・地域活性化に向け、「新電力」活用の道筋を明かす
 消費者が自由に電力会社を選べる「電力小売全面自由化」から半年経った。この間の実績では、既存の大手電力会社から切り替えたのは188万件と、全体のわずか3%にとどまっている。「原発廃止・自然エネルギー促進」を主張する人々の間でも、新電力に移行した人はまだまだ少ない。そうした人々にも覚醒を促す貴重な1冊である。
 「エネルギーと私たちとのかかわりを問い直す」ことを眼目にする本書では、「電力自由化で何が変わる?」や「何が問題?日本の電力自由化」といった電力自由化の基本を丁寧に解き明かす。同時に、「自然エネルギー」をキーワードに、原発問題や地域活性化、新電力会社の動きなどを決め細かく論じている。そこに貫かれる意識は、「電力を始めとするエネルギーの話も、民主主義をめぐる話と同じ」ということである。
 戦争法案が強行されて1年を経過した今も、粘り強く反対の声を上げ、行動を続けることが重要であるように、「エネルギー問題も『よりマシなものを選ぶ』『できることをやる』という行動を起こすことが、次のステップを築いていく」のである。原発再稼働を許さず自然エネルギーの拡大を図るためにも、一人一人が電力自由化で具体的な選択を示し、「よりマシなものを選ぶ」、「自然エネルギーに1票入れる」ことが求められている。
(大月書店1600円)

栩木誠(常磐大学講師)

東京オリンピック

「問題」の核心は何か
小川 勝
東京オリンピック
オリンピズムの根本原則を明かし、理念を忘れた現状に警鐘を鳴らす
 本書は、スポーツライターの著者が東京新聞「こちら特報部」に連載しているコラム「直言タックル」を大幅に加筆・修正したものである。スポーツをスポーツの枠内で論じる記事やコラムは掃いて捨てるほどあるが、「直言」はその社会的役割を真正面から問いかける。
 これこそがスポーツジャーナリズムではないのか。特報部デスクの私は、最初の読者となる栄誉を味わっている。
 本書のテーマは、社会・政治・経済と密接に関連する2020年東京オリンピックだ。新国立競技場、エンブレム、招致…。関連ニュースは「見直し」と「疑惑」のオンパレードである。なぜこんなことになってしまったのか。著者は、五輪憲章の「理念」を繰り返し説き、そこから乖離した東京五輪の現状に警鐘を鳴らす。
 五輪の開催目的とは「オリンピズムへの奉仕」であり、オリンピズムとは「肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である」。日本で言えば文武両道。実に崇高ではないか。これに平和主義と差別行為の禁止が加わる。
 開催国は、こうしたオリンピズムの根本原則を世界に広めなければならない。経済効果のためでも、国威発揚ためでもない。そもそも開催国は、何らかの見返りを求めてはならない。著者の根源的な指摘は目から鱗だ。
 もちろん、五輪の堕落は今に始まった話ではない。しかし、東京五輪は二度目であり、敗戦後間もない一度目(1964年)とは違う。「成熟社会」だからこそ、著者の期待は大きいのだ。
(集英社新書700円)

佐藤 圭(東京新聞)

報道の自己規制

メディアを蝕む不都合な真実
上出義樹
報道の自己規制
異常に多い「官」ニュース─その背景を分析
 日本のメディアがおかしい、「ウォッチドッグ」であることをやめてしまった─。
 こうした批評すらも古臭く感じるほど、新聞やテレビの報道はおかしくなった。問題はどこにあるのか。「自己規制」をキーワードに切り込もうとした。
 この中に対米戦争開戦直後の海軍省記者クラブ「黒潮会」の様子が出てくる。戦前に発刊された「大本営記者日記」の引用として、である。
 緒戦の戦果に沸く海軍と黒潮会。喧騒と興奮の中で、記者が叫ぶ。
 「幹事、善政!」
 アルコールと寿司、つまみの数々。記者室でそれを囲んで記者と相手側の官僚らが歓談する宴である。
 2000年ごろ、外務省担当だった筆者も「善政」を経験したことがある。戦前の習慣はそのまま引き継がれていた。聞けば、防衛省関連の記者クラブなどでもその習慣は残っているという。
 本書をひもとくと、当局と記者とのそうした関係には、長い歴史があることが分かる。ウミは一夜にしてできたのではない。
 本書でも紹介されているように、日本の報道は情報源の9割を公的機関に依存している。「官」ニュースの異常な多さ。なぜ、かくも「官」や「公的なもの」に依拠するのか。そこにこそ、体たらくの根源があるように思えてならない。
 筆者は本書でひたすら「分析」を試みる。そういう目的の1冊だとしても、「ではどうすればいいのか」の処方箋は示されていない。それは自分たちで探しなさい、ということなのだと受け止めた。
(リベルタ出版2000円)

高田昌幸(高知新聞)

抗うニュースキャスター

TV報道現場からの思考
金平茂紀
抗うニュースキャスター
自粛という名の卑屈な沈黙への自省を込めた痛苦な告発
 「抗う」という言葉が痛い。「抗う」とは権力への抵抗を表す言葉だろう。ジャーナリズムの現場で今、その言葉は生きているか? 本書はテレビ報道の現場で抗い続けるニュースキャスターの、自省を込めた痛苦な報告だ。
 著者が本書で何度も触れているように、ジャーナリストとはウォッチドッグでなければならない。それは「権力監視の番犬」ということだ。だがいまや、そこから「監視」が抜け落ちてプードル、つまり単なる「権力の番犬」に成り下がっているのではないか。それを、著者は繰り返し警告する。
 筑紫哲也さんの思い出が何度も出てくる。彼を持ち出さざるを得ない著者の思いが切ない。
 1972年の佐藤栄作首相の退陣記者会見で、首相発言に抗議して記者たちは会見場から一斉に退場した。戦後政治史上でも特筆されるべき出来事だった。
 それはなぜ起きたか、記者たちの矜持がもたらしたものは何だったか。いま、あの矜持はどこへ行ってしまったのか。それと対比されるのが、2015年11月TBS系「ニュース23」の報道をめぐって起きた自民党によるテレビ局への「圧力文書」問題だ。その事実を著者は自らの取材に基づいて詳述する。自粛という名の卑屈な沈黙。だが、それを伝えたマスメディアはほとんどなかった…。
 著者の筆は、後半に行くにしたがって、怒りと哀しみの色を濃くする。「抗う」ことの重さと難しさがにじむ。「抗う」という言葉を「絶滅危惧語」にしてはならない。著者のような存在を、私たち視聴者・読者が支えなければならないとの思いを強く喚起する一冊だ。
(かもがわ出版1800円)

鈴木耕(編集者)

秘密解除ロッキード事件

奥山俊宏
 ロッキード事件の発覚と、元首相・田中角栄逮捕から40年。
 本書は、田中のロッキード社からの5億円賄賂受領疑惑について、米国が日本側にどう対応していたかを、著者が米公文書館を渉猟してまとめた調査報道の労作である。
 田中は米国の虎の尾を踏んだのではないか、との見方は今も根強い。
 実際、田中政権発足前後から、ニクソン政権、特にキッシンジャーの田中に対する嫌悪感は異常だった。公電には「信じられない嘘つき」「はったり」「粗野、無教養」などと田中を酷評する表現が並んでいる。
 米司法省から日本政府に提供された政治家のリストは、未だに公開されていないが、76年7月の田中逮捕について米政府は「本当の奇跡」と歓迎し評価している。
 元首相・中曽根康弘が果たした役割も小さくない。彼は自民党幹事長時代の76年2月、事件のもみ消しを求めるメッセージを米政府に送っている。中曽根は「田中虎の尾説」流布の中心人物でもある。ロ事件の闇に、さらにメディアは調査報道を強化すべきだ。
(岩波書店1900円)

河野慎二

脱原発区長は、なぜ得票率67%で再選されたか?

保坂展人
 東日本大震災の直後の四月、著者は東京・世田谷区長選挙に立候補し当選。以来五年半、区長として努力した成果が本書だ。著者は過去国会議員として活躍。だが行政トップは初めての経験で手腕が問われた。
 しかし昨年春の区長選で自公推薦候補を約10万票の大差で破り再選された。二期目の選挙では「せたがやYES!」「このまちが好き」「何とかしたい」との区民のモチベーションに依拠して大胆に戦った。
 それは選挙の方法論や手段ではなく高い理想である。またこの間の特筆すべき実績は、現場に出かけ区民と対話、記者会見を数多く開催したこと、また聞く姿勢と情報発信する姿勢がポイントだった。
 成果は区財政の黒字転換、保育園の大幅定員増、再生可能ネルギーの独自の取り組み、若者の居場所づくり、地域包括ケアシステムなど数多い。いまの地方政治に最も欠落しているものが本書にはある。世田谷区政から目が離せない。
(ロッキング・オン1000円)

横尾和博(文芸評論家)