ご意見紹介

なぜ新聞社は役割を見失ったのか?

日本の新聞社はもはや政府の御用新聞になりさがった。事実をもとに証明する。「沖縄県:オスプレイ空中給油再開」と「釜山日本領事館に設置された少女像」に関する社説の数。
1月7日現在、オスプレイは沖縄県の2紙を除くと、全国紙は全く、本土地方紙は4紙だけ。
一方、少女像に関しては、全国紙はすべて書いた。地方紙も管見の限り8本もある。
オスプレイは日本政府は容認している。
少女像設置は日本政府は批判している。新聞社説も政府と同様な見解を述べている。もっと、おもしろいことは、1月7日、「毎日」、「南日本」ともトップ記事あつかい。見出しも同じ。これって偶然、それとも~。
オスプレイ問題は日米同盟に関わること、少女像問題は日本政府の戦争責任に関わること。日本全体が考えないといけないこと。なのに、政府見解に沿った社説しか書けないなんて異常だ。教科書記述に政府見解をもとにしろと検定基準が設けられたときに反対の論調をあげたこととは全く違う。
戦後50年に、多くの新聞が、アジア・太平洋戦争に新聞社も加担したことを反省した連載があった。戦後70年にはそれをお目にすることはできなかった。「安倍談話」を評価する社説が並んだのにはあぜんとした。
秘密保護法反対の論を張ったが、その後、「明日、ママいない」、「小保方問題」、「美味しんぼ」などで政府と同じ論調で攻撃した。あのときが、新聞社の自滅の始まりだったのかもと、私は思う。
新聞社の役割は政府批判、憲法のもとに政治・経済・教育などがすすめられているかをチェックすること。もう一度、その原点にかみしめてほしい。