今週のひと言

官僚の矜持

 森友、加計の「アベトモ」事件を見て、つくづく思うのは、いったい日本の官僚は、いつからこんなにひどくなってしまったか! ということだ。
 「官僚制度の弊害」が言われ、「政治主導」が言われているころはまだよかった。それがいつの間にか、官邸の体制強化になり、人事局の創設になり、大統領制の米国をまねて、「官邸独裁」になった。「最高幹部の意向」「総理の意向」が振り回され、ルールも民主主義も壊され、上目遣いのエリートだけが出世する仕掛けになったらしい。
 いまの官邸。内閣官房長官のもとに、副長官が3人、補佐官が5人、副長官補が3人、総理大臣秘書官は7人、内閣府に大臣がいて、副大臣が3人、審議官2人、政務官3人…。そして大きいのは、人事局が各省庁の幹部人事を一手に握ったことだ。刃向かいそうな次官は退庁後も監視され、スキャンダルをでっちあげ、帰国命令で悶々とした総領事は、私的会話が漏れて更迭。公安警察が公然と動いている。
 「いつの間にか」と書いたが、いまの安倍政権の官邸は、このチームが一体となって機能している、という(田崎史郎「安倍官邸の正体」2014年講談社現代新書、西田亮介「メディアと自民党」2015年角川新書、大下英治「安倍官邸『権力』の正体」2017年 角川新書など)。首相にとっては、たぶん素晴らしい、居心地のいい状態な のだろう。
 すくなくとも、少し前の官僚たちには、「自分たちが国を支えている」という自負と、「だから間違わないように…」という、「矜持」があった。上司に「忖度」して何かをするのではなく、それなりの専門性や、社会に対する責任感から、意見も言い、政治を陰で動かした部分もあった。ところが、いまは、どうだ? 物言わぬ官僚の下で、物言わぬ大臣ができ、政治が歪んでゆく。資料を全部捨ててしまって平気な理財局長、打ち合わせ内容も都合が悪いと見つからなくて平気な大臣、首相夫人に5人の役人をつけて「私人」と言い張って平気な内閣…。
 いま、官僚はその生き方を歴史と道理から問われる時代ではないか。