お薦め本紹介

お薦め本紹介(2017年7月)

お薦め本紹介(2017年7月)
・グローバル・ジャーナリズム
・国権と島と涙
・自己責任社会の歩き方
・死刑捏造
・「天皇機関説」事件

グローバル・ジャーナリズム

国際スクープの舞台裏
澤 康臣
グローバル・ジャーナリズム
国境を越えて巨悪を摘発する調査報道記者の奮闘を追う
 世界を覆う経済のグローバル化は、不正や犯罪も各国に広げる。「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)の記者たちが、2015年に公表された「パナマ文書」をもとに、国境を越えて合同取材を展開し、巨悪を摘発する。
 パナマ文書には、セルゲイ・ロドゥルギンというロシア人チェロ奏者の名前があった。プーチン大統領の盟友である。ロドゥルギンはタックスヘイブンの会社を設立し、年800万ドル(8億円)が流れ込む仕組みを作っていた。
 プーチンだけではない。イギリスのキャメロン首相の父親やアイスランドのグンロイグソン首相夫妻、中国の習近平国家主席ら最高幹部8人の親族が タックスヘイブンに匿名性の高い法人を所有していた。
 2016年4月4日、世界の100を超える報道機関が一斉に報道、衝撃が広かった。「グローバル・ジャーナリズム」の「史上最大の作戦」が早くも大きな成果を上げたのだ。
 2000年代に、多くの新聞が廃刊に見舞われたアメリカでは、記者たちが独立して調査報道NPOを設立した。「横綱級」と評価される「プロパブリカ」は2016年8月、アメリカのイラク安定化政策破たんの検証記事をワシントン・ポストとの「合同調査」として同紙に掲載している。
 日本でも、調査報道NPOが動き出しているが、情報公開の遅れが「壁」となって立ちはだかる。著者は、公共情報の開示と情報の自由な流れを一層進めることが、日本の調査報道の進化に必要不可欠と訴える。
(岩波新書860円)

河野慎二

国権と島と涙

沖縄の抗う民意を探る
三山 喬
国権と島と涙
「沖縄の保守」の葛藤と「オール沖縄」の必然
 俳優・菅原文太さんの足跡をたどる週刊誌の連載のために、著者は19年ぶりに沖縄を訪問し、「沖縄の変貌」を目の当たりにする。翁長知事誕生と沖縄保守のあり方への関心から、以来、著者は2年近く、沖縄の「地殻変動」の背景を訪ね歩いた。そのルポが本書である。
 描かれているのは、新基地建設を進める本土への沖縄の人々の複雑な思いである。「沖縄差別だ」と漏らす居酒屋の常連客もいれば、本土からのネトウヨ的なバッシングに涙ぐむ<シールズ琉球>の女性もいる。
 鳩山首相の「最低でも県外」発言は、県民意識を覚醒させ、沖縄の自立を促す「自己決定権」「アイデンティティー」が新しいキーワードとなった。自民党県連も「県外移設」を掲げ、安倍政権の強権的な新基地路線との矛盾が、抜き差しならないものになった。
 石破茂幹事長(当時)と沖縄選出の5人の衆参議員による会見がおこなわれ、沖縄県連の方針を転換し、事実上、辺野古移設を容認することが公表された。沖縄では「平成の琉球処分」といわれる党本部への屈服であった。
 ルポは、県議会で新基地反対を求める「建白書」が全会一致で採択され、島ぐるみ会議による「オール沖縄」が結成されたことが、「保守分裂」を招いた経過を綿密な取材で明らかにしている。
 保守陣営の2つの流れのうち、翁長氏らは島ぐるみ会議に残り、自民党側は離脱した。
 離脱した側の要人に繰り返し取材したが、自民党側の〝大義〟は、ついぞ明確に語られることはなかった、という。
(朝日新聞出版1500円)

菅原正伯

自己責任社会の歩き方

生きるに値する世界のために
雨宮処凛
自己責任社会の歩き方
“生きづらさを生きざるを得ない”この弱者を丸ごと肯定する社会へ
 徹底的に弱者に寄り添うという姿勢を、これほど鮮明にしている本も珍しい。それは、著者自身が弱者としての自己を必死に肯定し、そこからの生き方を模索してきたからに他ならない。
 副題の「生きるに値する世界のために」とは、強者が弱者に「自己責任論」を押し付ける今の世の中の仕組みを変えたいという、著者の切ないほどの宣言なのだ。
 著者の鮮烈なデビュー作『生き地獄天国』(2000年・太田出版)からすでに17年。名著『生きさせろ!』(2007年・同)からでも10年が過ぎた。だが「生きづらい世の中」は変わらないどころか、安倍政権下でますます息苦しくなっている。懸命に抗う著者は“生きづらさを生きざるを得ない”弱者に、とことん伴走する。
 相模原事件とその背景にある石原慎太郎の唾棄すべき差別意識。生活保護への行政サイドからのバッシング、過労死に追い込まれる若者たち、秋葉原事件の切なさ。働く権利さえ低賃金によって否定される若者たちとの連帯「エキタス」の活動。「家賃を下げろデモ」。さらに著者の目はアジアにも飛ぶ。韓国の兵役拒否者との交流や台湾や香港と結ぶ“まぬけな大作戦”など、独特のユーモア感には癒される。
 ここに通底するのは「自己責任なんかないんだ!」─生きることを丸ごと肯定することが、「生きるに値する世界」なのだと。本書はウェブサイト「マガジン9」(http://maga9.jp/)の連載をまとめたもの。今も連載中、アクセスしてほしい。
(七つ森書館1500円)

鈴木耕(編集者)

死刑捏造

松山事件・尊厳をかけた戦いの末に
藤原聰・宮野健男著
死刑捏造
自白の強要・証拠改ざんにより、死刑判決に追い込んだ警察と司法
 本書は松山事件の膨大な記録とインタビューを盛り込み、他の事件にも触れつつ冤罪死刑事件の経緯と問題点を綿密に綴る。事件が決して過去になっていないと迫る。
 死刑判決を受けた斎藤幸夫は最終陳述で「逮捕された当時二十四歳、今は五十二歳です。…私のように社会的地位も名誉もない者でも真実はたった一つです」と述べた。
 彼は警察に別件逮捕され、自白を強要され、アリバイを潰され、証拠類をずさんに取り扱われ、捜査当局による捏造によって死刑判決に追い込まれた。彼の犯罪を信じ切れない両親や兄弟たち家族は離散し、財産を失いながらも懸命に立ち向かった。とりわけ母親の息子への深い愛情と強い信念は感動的だ。弁護士や救済者たちの熱意ある応援にも引き込まれる。
 その反面、警察権力の横暴さや悍ましさは「刑事ドラマ」さながらだ。私たちは「捜査当局による捏造」や「公正さを欠いた裁判」の実態に愕然とする。幸夫を強要自白に追い込んだ担当取調官は「これで署長になれる」と喜び、実現した。
 不安と怒りの幸夫を支えたのは「真実」だった。けれど失われた歳月は取り返しがつかないし、精神的な苦痛は拭えない。自由の身となっても世間の「犯罪者」というレッテルは付いて回り、就職もままならず、家族はその汚名に悩まされた。
 警察に疑われたら最後、なかなか逃れられないことを、本書は教えている。「共謀罪」法が強行採決された今、偏見と見込み捜査で疑われたら「一般人」でも一夜にして犯罪者に仕立てあげられかねない恐怖を抱く。冤罪が付きまとう死刑制度の根本が同時に問われている。
(筑摩書房2200円)

大石芳野(写真家)

「天皇機関説」事件

山崎雅弘
「天皇機関説」事件
太平洋戦争へと突っ走ったウルトラ・ナショナリズムの猛威
 大日本帝国憲法公布(1989年)以来、天皇の位置づけをめぐって、①ドイツ国法流に、国家を法人とみて、天皇の権力(主権)は憲法の制限を受けるとする天皇機関説、②天皇を際限なく神格化し、天皇の権力を無制限とする天皇主権説(神権説)があった。
 1912年、①の立場の美濃部達吉と②の立場の上杉慎吉のあいだで論争があり、美濃部が圧倒した。その後、天皇機関説が憲法学の定説となった(昭和天皇も肯定)。
 ところが満州事変下、日中戦争開始前の1935年2月、貴族院で軍人出身の議員が、美濃部 (貴族院議員)の天皇機関説を非難する演説を行った。美濃部は理路整然と反論し、機関説の意義を力説した。
 だが、国会内外の右翼勢力、現役および退役(在郷軍人会)の軍人らが一体となって猛反撃を行い、35年3月、「国体に関する決議案」を、衆議院で満場一致で可決させ、天皇機関説を撲滅した。さらに8月に入ると、第1次国体明徴声明を政府に表明させた。
 明けて36年2月21日には、右翼暴漢が美濃部を襲い、26日に2・26事件が起きる。この潮流はウルトラ・ナショナリズムの典型として、その後、文部省は「国体の本義」(37年3月)、「臣民の道」(41年7月)を発行し、そしてアジア太平洋戦争へと行きつく。
 本書は、このような暴力的な言論・学問の禁圧、「立憲主義」の蹂躙、国家主義による自由主義の駆逐、理性・知性の圧殺へと行きつくプロセスを的確に描き出している。立憲主義を壊す、アベ政治の暴走が止まらない今日、示唆するところが多く感銘深く読んだ。
(集英社新書760円)

橋本進(ジャーナリスト)