今週のひと言

憲法論議の作法と記者の責任

 安倍晋三首相は今月1日、第4次安倍内閣発足後に行った記者会見で、憲法改正について「(衆参両院の)憲法審査会に各党が改正案を持ち寄って、建設的な議論をしていくことが大切だ」と強調し、改憲論議の加速に改めて意欲を見せた。
 安倍首相が目指す改憲の柱は、憲法9条への自衛隊明記だ。しかし、その理由を聞けば聞くほど、なぜ憲法改正の必要があるのか、わからなくなる。憲法改正国民投票が現実味を帯び始める中、メディアには空気に流されることなく、ことの本質を国民に伝える責任がこれまで以上に求められている。
 何が問題なのか。一つ目は、憲法改正が必要な事情を自民党は立証できていない。安倍首相は憲法学説にある自衛隊の違憲論を解消したいという趣旨の発言をしているが、政府は自衛隊を合憲の存在として長く運用してきた。合憲の存在を合憲化するという理屈がおかしなことは小学生でもわかる。膨大なお金をかけて国民投票をする必要はない。
 それでも、憲法9条を変えたいというのなら、本音を隠しているのではないかと見るのが、自然だろう。これが二つ目。安倍政権は2014年7月の閣議決定で、集団的自衛権の行使は許されないとしてきた政府解釈を百八十度変更し、憲法9条を変容させた。これを固定化し、2項を死文化するつもりなのかもしれない。
 そして三つ目。森友・加計学園問題をめぐる安倍政権の対応などを見ていると、いったん憲法を改正すると次に何を始めるのか、まったく予測がつかない。例えば、軍法会議を復活させたり、憲法9条2項を削除し、自民党の憲法改正草案にある国防軍の設置に向かったり。「戦争ができる国」として次のステップに向かう恐れがある。
 気がかりなのは、「自衛隊を明記することがなぜ問題なの?」という情緒論がメディアの中に蔓延しつつあるように見えることだ。憲法も法である。自衛隊を明記することの法的効果は何か。国民投票で否決されるとどうなるのか。記者一人ひとりが、まっとうなリーガルマインドを持つことが求められている。