今週のひと言

「朝日新聞、死ね」が招く言論封殺

 日本維新の会の足立康史衆院議員が、加計学園問題についての朝日新聞の社説をツイッターに引用した上で「朝日新聞、死ね」と投稿していた。引用したのは11月11日付の社説。文部科学省の審議会が、加計学園の獣医学部新設を認可するよう答申したことについて「あの『総理のご意向』をめぐる疑いが晴れたことには、まったくならない」と指摘していた。共同通信の記事によると、足立氏は取材に対し「問題がなかったと明らかになりつつあるのに、朝日新聞が社説で風評(被害)を広げようとする姿勢に怒りを感じた。最も強い言葉で非難した」「(『死ね』は)適切な言葉だと思わないが、『保育園落ちた日本死ね』という言葉を国会と社会が許容しているので、自分も従った」と述べたという。
 足立議員は元通産、経産官僚。先日の衆院選で比例で復活し現在3期目。選挙前には、前回に続いて選挙区で連敗すれば比例枠は返上すると大見得を切っておきながら、いとも簡単に前言を翻した。民進党を「アホ」呼ばわりするなど、暴言は初めてではない。見た目の勢いだけはいいが、軽薄の極みのような政治家だ。
 だが、「朝日新聞、死ね」は看過できない。新聞を批判するのはいいとしても、「死ね」という言葉は、相手の存在を認めないとの意味を帯びる。政治家として表現の自由を重んじるのなら、絶対に使ってはいけない言葉だ。そもそも「保育園落ちた」と投稿した母親と国会議員では立場が異なる。そのことが理解できないのは、政治家として致命的な頭の悪さだ。
 本当に心配なのは、この「朝日新聞、死ね」との暴言が社会の中で、マスメディアを含めてきちんと指弾しきれていないことだ。一例を挙げれば、産経新聞の石橋文登・編集局次長兼政治部長は自社コラム枠「編集局から」に、「『死ね』を憂える荒廃した社説」というタイトルで、足立議員のツイートを批判した朝日新聞の社説を揶揄し、足立議員の主張を支持するとも読める文章を書いている。産経新聞といえば、主義主張は違っても、他者の表現の自由、言論の自由は守ると言明していたのではなかったか。
 こんなことが続いていけば「朝日新聞には何をしても許される」との風潮が必ず出てくる。その先は、「朝日新聞」の代わりにほかの個人や組織の名前が入ることにもなる。朝日新聞は赤報隊事件で記者が殺害されている。わずか30年前、この社会では実際に言論封殺を狙ったテロがあった。その再来が危ぶまれる事態になっていることに気付くべきだ。