お薦め本紹介

お薦め本紹介(2017年12月)

お薦め本紹介(2017年12月)
・共謀罪を問う
・闘う文豪とナチス・ドイツ
・動物写真家という仕事
・日本ナショナリズムの歴史

共謀罪を問う

法の解釈・運用をめぐる問題点
松宮孝明
共謀罪を問う
市民生活の自由と安全を脅かす「戦後最悪の治安立法」の欠陥を暴く
 「共謀罪」法案は今年6月に自民・公明などによって強行採決されたが、国民の内心を処罰し、監視社会をもたらす違憲立法への抗議は収まらない。本書もその一翼を担って出版された。
 全体の構成は大きく2つに分かれる。前半(Ⅰ~Ⅴ)は、新設された「テロ等準備罪」と過去に廃案になった「共謀罪」とは本質的に同じであり、国連国際組織犯罪防止条約(TOC条約)を批准するには「テロ対策」の国内法(共謀罪)が必要だという政府の言い分を逐条的に論破している。
 もともとTOC条約の目的自体、テロ対策ではなく、マフィアなどの国際的経済組織犯罪の対策であること、「2人以上の計画(合意)」という罰則要件では、一匹狼(ローンウルフ)型のテロには役に立たないことなども指摘、政府答弁の欺瞞ぶりが浮き彫りにされる。
 後半のハイライトは「共謀罪の解釈」(Ⅵ)である。共謀罪の規定である組織犯罪処罰法「6条の2」が徹底的に検証される。「組織的犯罪集団」のあいまいな定義、「共謀罪」の対象犯罪の恣意的な選定、「遂行を2人以上で計画した」時の組織の構成員との関係(構成員でない者も犯罪の主体になる)、正犯と共犯をめぐる予想される解釈上の混乱などである。
 逐条どころか逐語的に、条文の規定のあいまいさ、不備、齟齬を指摘。捜査や裁判の実務においても様々な混乱を生じる「欠陥法」であることを解明している。
 「市民生活の自由と安全が危機にさらされる戦後最悪の治安立法」に、敢然と対峙した入魂の書。
(法律文化社926円)

菅原正伯

闘う文豪とナチス・ドイツ

トーマス・マンの亡命日記
池内 紀
闘う文豪とナチス・ドイツ
〈悪魔の策略〉に抗う文豪の苦悩と闘い
 トーマス・マンとナチズムといえば、戦後すぐの講演「ドイツとドイツ人」の中の「悪しきドイツと良いドイツがあるのではない。ドイツの最良の部分が悪魔の策略にかかったのです」という一節が、まず頭に浮かぶ。
 リューベックの名家に生まれ、ドイツ文化の価値を疑わなかったマンは、第一次世界大戦後に書いた『非政治的人間の考察』では、民主主義は西欧的「文明」に属するもので、ドイツ的「文化」に反するとして、ドイツ帝国を支持している。
 だから、そのわずか4年後「ドイツ共和国について」講演し、国粋主義的傾向の強かった青年たちに向かって、ワイマール共和国支持を表明したとき、聴衆は足で床をこすって不満を表明し、マンは「そのような音を出すのは止めたまえ」と言わざるをえなかった。
 1940年5月、ドイツ軍がマジノ線を突破してヨーロッパを席捲するかに見えた頃が、日記の中で「とりわけ息苦しく深い苦悩の記されていった期間」だと著者は書く。
 「ことあるごとにナチズムの脅威と謀略を語って民主主義の危機を説いてきたのに…まさにそれが高らかに勝どきをあげるのを目の当たりにしなくてはならない」と。
 この一節を読んだのは衆院選の真っ最中で、「与党三百議席をうかがう」などの新聞見出しに、マンの心境を重ね合わせる思いだった。
 「芸術家を動かすのは美意識と遊び心だ」と言い、「非政治的人間」を自称したマンを「政治的」にしたのは、政治の現実だった。日本でも同じことが起こりつつある。
(中公新書820円)

石川康子(ドイツ社会研究者)

動物写真家という仕事

前川貴行 写真・文
動物写真家という仕事
決して敵にはならないと念じ動物たちに出会う緊張あふれるドラマ
 評者の私も編集に携わっていた『アニマ』(平凡社刊)が、日本初の動物・自然のグラフィック誌として創刊されたのが1973年。その当時、わが国にはプロの動物写真家と言える人は数えるほどしかおらず、その先駆者の一人が著者の師である田中光常氏であった。
 『アニマ』は20年後に休刊となるが、この間にデビューした日本の動物写真家たちの多くが世界でもトップレベルになっていった。著者が写真家を志したのが1996年というから、いわば第三の世代といえよう。
 本書は、新時代の動物写真の旗手とされる著者が、田中光常氏への弟子入りを起点として、自らの20年の軌跡をたどる半生記であり、北極圏のツンドラから熱帯雨林、日本の山岳地帯まで、野生動物と出会える自分のフィールドを求めて歩いた旅の記録でもある
 動物写真が他のジャンルの写真と異なるところは、その対象が人間にとっての異界であることだ。野生動物の生息地は本来人間の領域ではなく、写真家は彼らにとって闖入者にすぎない。
 どうしたら動物たちに自分の存在を認めてもらえるのか、著者は、人の精神状態を見極めるというチンパンジーに対して、「自分の立場が強固で優位であることを意識し、しかし決して敵になりうることはないという心構えを念じ続ける」という。
 本書では「あきれるほど地味な仕事」の相手である動物たちとの、緊張感に満ちた邂逅のドラマが淡々と綴られていく。そこから読者は、私たち人間がこの地球上で共生すべきものたちの存在を、あらためて知ることができるはずである。
(新日本出版社2600円)

土居秀夫(元『アニマ』編集長)

日本ナショナリズムの歴史

全4巻
梅田正己
日本ナショナリズムの歴史
神話史観の源流にさかのぼり甦る日本ナショナリズムの実像を明かす
 著者梅田正己さんと筆者はJCJ出版部会やマスコミ九条の会で活動を共にしてきた仲間である。この縁で私は、原稿段階から最初の読み手になった。読後の感想は「面白くて止められない!」の一言に尽きる。
 以来、これが本になったら一人でも多くの人々に広めたい、この本で日本を変えてみたいとの思いを強くした。このような次第で今回、本書の紹介を買って出た。

前人未踏の著作誕生!
 あの惨憺たる敗戦を経ても断絶することなく地底に生き続けてきた天皇制に基づく国家主義。これを基軸に据えた自民党改憲草案。著者はこの草案を「戦後保守イデオロギーの集大成」と規定し、そのしぶとい延命の歴史的究明を自らに課した。この問題意識こそが著者をして「日本ナショナリズムの歴史」を執筆せしめた最大の動機である。
 これまでにも、この主題に取り組んだ学者はいたが果たせなかったと著者は記している。
 梅田さんは出版社勤務を経て1972年に高文研を創業し、編集者・執筆者として縦横無尽の活躍をしてきた。梅田さんの一貫した出版理念は、目の前に生起している重大な社会問題の本質を解明し、広く闘う論理を提起することであった。
 五年前、40年間も経営の陣頭に立ち続けた社を引退した。それ以後、学者ではないという地の利を存分に活かした本書の執筆に没頭し、このほど、ついに4冊本として完結させた。前人未踏の書である。
 日本近代史の泰斗、中塚明・奈良女子大学名誉教授が、本書刊行に寄せて、こう述べている。
〈この「神権天皇制」を軸とした「日本のナショナリズム」の成り立ち、発展、変ぼう、そして今日にいたる歴史を、日本ではじめて系統的に明らかにしたのがこの本です〉

本書の読みどころ
 著者は日本ナショナリズムの源流を本居宣長に据えた。この新説は学界にも一石を投じることになるだろう。ここを起点に神話時代にまで遡り、天皇家代々の歴史や権力による利用の過程を具体的かつ論理的に明らかにし、維新以後の近代天皇制の成立過程から今日の政治状況にまで繋げて、その果たした役割を解き明かす。
 文体は広い読者を想定・期待して「ですます調」。書き進めながら著者は内なる読者と問答し、飛躍に気付いたり、疑問が生じたりするとそれを補う。全編を通して、さながら推理小説に似た手法を駆使して、読者を飽 きさせない。
 各巻のタイトルは著者のオリジナリティの極であり、内容も見当がつく。特に第Ⅳ巻は読者にとっては同時代史であるから、自分史を重ねてみれば歴史的位置づけができて有意義である。
 各巻に付された「あとがき」は圧巻。第Ⅱ巻では明治維新の始期と終期を問うている。諸説を総覧すれば60年もの幅があるとして、説得力ある自説を提示している。第Ⅲ巻では年配者には馴染みの「皇国史観」に替えて、「神話史観」という新語を創出した。

近現代史を学ぶ運動を
 著者は2004年以来、全国津々浦々に広がった7千5百にも及ぶ「九条の会」の実践に学んで、近現代史を学ぶ市民運動を呼びかけて、結びの言葉にしている。
 いま我々は安倍政権と全面対決している。これは不可避な闘いだ。我々は明治以後アジア太平洋戦争に至った歴史を根底から総括し、その国家主義の根を断ち切ってこなかったからである。
 著者は第Ⅳ巻「あとがき」で身上を記した。昨年5月、治療法のない難病に冒され生死の境をさ迷った。介護に献身した夫人が11月に病没した。脱稿までは未だ遠かった。私は気が気ではなかった。幸い小康を得て、今年の9月1日まで書き続け、出版に漕ぎつけた。天祐である。
 このような構想力と筆力を持った人材がJCJ会員であるのは心強い。
(高文研・各巻2800円)

今井康之(JCJ出版部会)