今週のひと言

「改憲」と「歴史修正主義」

 2018年を迎えて、安倍首相が「ことしは実行の年」と表明した年頭所感に続き、4日の伊勢での「記者会見」で「新しい時代への希望を生み出すような憲法のあるべき姿を国民に提示したい」、5日の党本部・仕事始めで、「時代に対応した国の姿、理想の形をしっかりと考え、憲法の議論をしていくのは私たちの歴史的使命」、7日のNHK日曜討論では、「国会で議論を進め、国民の理解が深まることを期待したい。スケジュールありきではない。議論が深まり、幅広い賛同を得る形で発議したい」と立て続けに憲法改正への意欲を語った。
 自民党の「憲法改正推進本部」は暮れに、改正4項目のうち、「教育費無償化」「参院選の合区問題」についての改正条文のたたき台を発表、4項目についての「論点取りまとめ」を発表。水面下では「九条改憲」について、複数の条文案をまとめている。今年が改憲問題での重要な年になることは間違いない。
 一方で、政府は今年が「明治150年」に当たると、キャンペーンを始めている。関連施策を進めようと、各府省庁の連絡会議の開催やホームページを開設した。「多岐にわたる近代化への取組を行い、国の基本的な形を築き上げた」とし、「改めて明治期を振り返り、将来につなげていく」のだという。
 自民党は首相側近の下村博文元文科相本部長に「歴史を学び未来を考える本部」を活性化し、満州事変、東京裁判、占領政策などについて議論し、2022年、高校で必修になる「歴史総合」の教科書作成にも役立てたいのだという。いかにも日本会議が考えそうなこと。首相がその先頭にいることがうさんくさい。
 ちょっと立ち止まって考えると、憲法改正問題とは実は歴史認識、日本の近現代史をどう捉えるかという問題だと気付く。「強制はなかった」などと歴史を捏造し、「カネさえ出せば…」と、最初から無理な「合意」をつくって、文書もないまま、「不可逆的解決」などと押しつけた韓国との「慰安婦問題の合意」が壊れるのも当たり前のこと。これもそれも、明治以降の日本の侵略と、かつての15年戦争をどう総括するかにかかっている。
 「明治150年」―それを振り返るなら、海外の列強に負けじと植民地主義に走り、結局、アジアを巻き込んで、自分たちも反省を迫られた、その歴史を確認すべきではないのか。
非戦、非武装を願い続けてきた人類の歴史を、まっとうに、正しく継承した日本国憲法をどう発展させるか、世界にどう広げるか、それを考えるべきではないのか。「安倍改憲」が後ろ向きであることは、「明治」を考えれば、明らかになる。