今週のひと言

「明治」に何を学ぶのか

 今年は明治元年から150年。産経新聞は正月早々、「明治150年 『独立自尊』を想起したい 国難乗り越えた先人に学ぼう」という「主張」を掲げ、日本国憲法が占領下で作られたことに言及。「とうに改正されてしかるべき憲法だが、現政権の下でようやく議論は緒に就いた。これを加速させたい」と宣言した。安倍晋三首相も22日の施政方針演説で、明治の時代に活躍した人物を何人も取り上げ、「新たな国創りの時」だと憲法改正に意欲を見せた。
 近代日本の礎を築いた先輩たちから学ぶことは多い。問題は、何を学ぶかだ。
 安倍首相のお友達の稲田朋美前防衛相が2016年11月、「明治の日」実現を求める集会でこんな発言をしている。「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神だった。その精神を取り戻すべく、心を一つに頑張りたい」
 ここに見えるのは明治を利用したナショナリズムの発露である。押しつけ憲法への反発。そして、日本人らしさ、固有の文化・伝統、愛国心を強調する自民党の憲法改正草案へと連なっていく。
 だから、だろう。安倍首相は以前、権力を制限する立憲主義について衆院予算委員会で問われ、「かつて王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考え方」だと答えたことがある。一国の首相が立憲主義を理解していない、驚くべき発言だと受け止められた。
 翻って、明治の指導者はどうだったか。
 伊藤博文は、大日本帝国憲法の制定にあたり、「憲法を設くる趣旨は第一、君権を制限し、第二、臣民の権利を保全することにある」と喝破した。あの教育勅語を作った井上毅ですら、「君主は臣民の良心の自由に干渉せず」と言っている。
 明治の先人からまず学ぶことはそのことだ。立憲主義を理解しない政治家に憲法改正を論じる資格はない。もちろん、メディアも例外ではない。