お薦め本紹介

お薦め本紹介(2018年5月)

お薦め本紹介(2018年5月)
・記者襲撃
・情報隠蔽国家
・9.11後の現代史
・1985年の無条件降伏
・瀬長亀次郎の生涯

記者襲撃

赤報隊事件30年目の真実
樋田 毅
記者襲撃
犯人を追った取材過程を明かす 「反日」攻撃にひるまぬ記者の矜持
 1987年、朝日新聞阪神支局を目出し帽の男が襲い、銃で記者1人を殺し、1人に重傷を負わせた。その犯人を、30年間追った朝日新聞記者による書き下ろし。
 「反日朝日は五十年前にかえれ」。そんな犯行声明から、取材対象は主に右翼団体や、朝日と対立していた宗教団体の関係者に絞られた。取材は、さまざまな情報から疑いのある人物を一人ひとり「潰していく」作業だ。
 居場所を割り出し、訪れて対面し、事件との関係の有無を問う。数十人に囲まれ罵声を浴びもするが、正面から取材意図を告げる樋田記者の姿勢に心を開く右翼もいた。
 口の重いある人物とは数十回にわたり取材を重ねる。緊迫した一問一答を含め、ここまで取材過程を明かすのかと驚くほど内容は生々しい。多くの人に、事件とその意味を共有してほしいと願う著者の思いゆえだ。
 本書にも書かれた宗教絡みの「霊感商法」を、朝日ジャーナルで追及していた私にも、事件は衝撃で、阪神支局に駆け付けた。その後、朝日新聞の戦争協力を自己検証する取材を共にし、樋田記者の人柄を知った。
 正義感は強いが、力まず事実だけを追うタイプだ。30年間も特命でこの事件の取材を粘り強く続けられたのは、彼だからだと思う。いまだに犯人は不明。樋田氏は朝日を定年退職した後も、犯人を追い続けると、その覚悟を淡々と記している。
 かつては「反日」という言葉は、テロ犯にしか用いられなかった。今はネットや雑誌などに氾濫する時代となった。排外的で攻撃的な空気に、今こそジャーナリストも市民も怯んではならない。そう考えさせられる書だ。
(岩波書店1900円)

藤森 研(元朝日新聞記者)

情報隠蔽国家

青木 理
情報隠蔽国家
国家権力による情報隠蔽と市民監視の実態を鋭く抉る
 『日本会議の正体』(平凡社新書)、『安倍三代』(朝日新聞出版)と、安倍一強・右傾化社会の深部を抉るノンフィクションを、立て続けに出した著者が、今度は日本国家の防衛省、公安調査庁、警察庁といった諜報組織の実態と、その情報隠蔽体質を俎上に上げた。
 冒頭の「現職自衛官実名告白」の項が興味深い。防衛省情報本部で、ある情報漏洩事件が発覚、漏洩元と疑われた3等陸佐が無罪を訴え、ついには国を相手取り損害賠償請求訴訟を起こした。
 フットワークのいい著者はこれを見逃さない。被疑自衛官にインタビューし、国家機密の中枢で何が起きているかを浮き彫りにし、漏洩されたとする黒塗り機密文書(自衛隊統幕長と米陸軍参謀総長の会談記録)から米側から命じられ、日本側が摺り寄っていく日米同盟の本質を読み込む。
 「日本の公安警察」(講談社現代新書)という著作もある筆者だ。加計問題を告発した前川喜平前文部事務次官が、出会い系バーに通っていた、と読売新聞に報道されたことにも切り込む。
 読売報道以前に前川氏は首相官邸の杉田和博副長官から警告を受けていた。となると官邸からのリークによる読売報道ではなかったか。著者はその答えを断定しないが、杉田氏の出身母体である公安警察という組織が、左翼勢力の監視だけでなく、幅広い政治情報の収集に路線を変え、それを利用することで存在感を誇示するようになった、との背景を抉っている。
 保坂正康氏との対談では、この情報隠蔽社会では、告発する第二、第三の前川氏を生み出すような環境作りが大切だと、一致した意見だ。私も同感だ。
(河出書房新社1600円)

倉重篤郎(毎日新聞専門編集委員)

9.11後の現代史

酒井啓子
9.11後の現代史
混乱を極める中東から不寛容な世界の今を解き明かす
 「21世紀の中東しか知らない若者には、『今見ている世界と中東がこんなに怖いことになってしまったのは、そんな昔からじゃないんだよ』と伝え、20世紀の中東を見てきた少し年嵩の人たちには、なぜ世界と中東がこんなことになってしまったのかを考える糸口を示すために書かれたものである。そしてその目的は、『世界と中東がこんなことになってしまったのにはちゃんと理由がある』ことを示すことにある」
 イラクをはじめ中東研究の権威である著者が本書に込めた思いが、この一文に凝縮されている。
 第一次世界大戦時に締結された「サイクス・ピコ協定」、パレスチナを巡る英国などの「二枚舌問題」など、20世紀を通じて中東で起きた諸事態は欧米諸国が行ってきた所業のツケでもあった。
 そのツケは2001年に起きた「9・11世界同時多発テロ事件」を契機に、さらに大きくなっている。混乱を極める中東から世界の今を読み取り、次代にどうつなげていくのか、根源から問う。
 9・11からイラク戦争、アラブの春、IS問題、難民問題など、日常のニュースに登場する諸問題の内容と系統的な連関、世界に及ぼす影響を分かりやすく解説している。9・11以降の中東、それを通した世界の現代史が丁寧に整理されており、「中東問題は複雑でわかりにくい」と思っていた人にも理解しやすい。
「中東がこのような混とんとした状況に陥った要因を徹底的に解明してこそ、その解決の道が見出せる」
 著者の熱い思いが行間から強くにじみ出ている。
(講談社現代新書800円)

栩木 誠

1985年の無条件降伏

プラザ合意とバブル
岡本勉
1985年の無条件降伏
日本経済の転機と<失われた20年>を探る
 1985年9月に何の予告もないままに、ニューヨークのプラザホテルで開かれた先進5カ国による蔵相・中央銀行総裁会議で、日本を含む参加5カ国が協調して為替市場で円高を進めることが合意された(プラザ合意)。急増する日本の輸出を抑制するためである。
 日本はこのアメリカの提案に、何の条件もつけずに受け入れたが、その影響は大きかった。為替相場は1ドル=240円台から急速に円高が進み、1年後には1ドル=150円台の円高になった。
 その後のバブル経済、そして1990年初めからの株価の大暴落、有力金融機関の相次ぐ倒産などが続く日本経済の推移の根底には、このプラザ合意があったと説く。
 円相場は2011年には1ドル=75円台を記録している。
 著者は読売新聞の経済記者として、こうした経済の推移を現場で取材してきたジャーナリストならではの筆致で解説。それぞれの時代の政治的背景や社会的出来事、事件を織り込んで経済問題に不案内な読者にも解りやすく書かれている。
 最後に、トランプ米大統領の経済政策について「経済の論理はまったくない」「保護主義そのものだ」と批判している点には、大方の経済通も同じ見方だろう。
 しかし「プラザ合意は、日本経済の失われた20年を招いた。アベノミクスは、それに初めて、有効な政策となった」「アベノミクスがなければ、失われた30年になっていたのではないか」と、安倍政権の経済政策を評価している部分については、評者には納得できない。
(光文社新書820円)

石埼一二(神奈川支部)

瀬長亀次郎の生涯

「米軍が恐れた不屈の男」
佐古忠彦
瀬長亀次郎の生涯
沖縄県民の基地問題へのこだわりと“オール沖縄”の絆の力強さ
 写真が一枚―敗戦の7年後に首里城跡地で開かれた琉球政府創立式典。当選したばかりの立法院議員全員が起立脱帽するなか、ただ一人、鳥打帽をかぶったまま最後列に着席し宣誓を拒否する男。トップ当選の瀬長亀次郎だ。「米民政府と琉球住民に厳粛に誓います」の“米民政府”という文言への抗議であった。
 沖縄人民党、立法院議員、那覇市長、衆院議員。あるいは戦前に治安維持法違反で旧制高校を放校、米軍事裁判で懲役2年の実刑など、米軍事基地反対、本土復帰を目指す波乱の人生の中で「理屈の通らないことには絶対従わない」という、この《不屈》の生き方は、終生変わらなかった。
 那覇市長時代の第5章が圧巻。1956年暮れの那覇市長選で、カメジローがまさかの当選。米軍は那覇市への補助金打ち切り、水道供給を止めた。市議会保守派が瀬長市長の不信任案可決。議会解散による出直し選挙で保守派が議席を減らすと、米軍は過去に投獄された者は立候補不可の「布令」まで作って亀次郎を締め出す。だが1958年始めの市長選で勝ったのは、瀬長の身代わり統一候補だった。
 沖縄県民の基地問題へのこだわりと、“オール沖縄”の絆の力強さのルーツが、よく分かる。
 この本の著者・佐古忠彦君はTBS報道局で、年齢的には親子といってもいい私の後輩である。仕事熱心で存在感のある若手キャスターだった。彼自身が監督した長編映画「米軍(アメリカ)が最も恐れた男」も見たが、テンポのいい編集で、当時の空気を見事に表現していた。
 今度はテレビでも本でも、日本や世界が直面する「今」の新しいテーマに取り組んで欲しい。
(講談社1600円)

諫山 修