今週のひと言

なぜ追及しないのか

 第二次大戦中、日本統治下の朝鮮半島から日本本土に徴用され、過酷な環境に置かれた「徴用工」をめぐる問題で、韓国の最高裁が元徴用工の請求権を認める判決を出したことが、波紋を呼んでいる。
 日本政府は、1965年の日韓協定で請求権問題は解決した、という立場だが、この問題に関するメディアの報道が、どれもポイントを外しているような気がする。それは、日本政府が二枚舌を使っているのではないか、という疑いだ。
 1992年2月26日の衆議院外務委員会で、土井たか子議員と柳井俊二外務事務次官(いずれも当時)が、次のような質疑を交わしている。
柳井委員 「…しからばその個人のいわゆる請求権というものをどう処理したかということになりますが、この協定におきましてはいわゆる外交保護権を放棄したということでございまして、韓国の方々について申し上げれば、韓国の方々が我が国に対して個人としてそのような請求を提起するということまでは妨げていない。しかし、日韓両国間で外交的にこれを取り上げるということは、外交保護権を放棄しておりますからそれはできない、こういうことでございます」
土井委員 「…今ここで請求権として放棄しているのは、政府自身が持つ請求権、政府が国民の持つ請求権に取ってかわって外交保護権を発動するというその権利、これでしょう。だから、個々の個人が持つ請求権というのは生きている。個々の個人の持つ請求権というのはこの放棄の限りにあらず、これははっきり認められると思いますが、いかがですか」
柳井委員 「ただいま土井先生が言われましたこと、基本的に私、正確であると思います。この条約上は、国の請求権、国自身が持っている請求権を放棄した。そして個人については、その国民については国の権利として持っている外交保護権を放棄した。したがって、この条約上は個人の請求権を直接消滅させたものではないということでございます」
 過去の政府答弁ではこのように、日本政府は個人の請求権は消滅していないと考えている、と言明している。どうしてこの点をメディアは追及しないのか。問題は韓国の最高裁や韓国政府にあるのではなく、日本政府のほうにあるのではないか。