今週のひと言

ゴーン逮捕で「置き替え」を許すな

 東京地検特捜部の日産・ゴーン会長の逮捕は衝撃的だった。この真相が何だったのか、米国→日本政府vs.フランス+欧州の経済戦争、という見方もあるし、余するに外資にやられた会社の「復権クーデター」というのもある。どれも当たっていそうだし、真相は結局わからないだろう。
 ただ、はっきりしていることがある。このニュースで明らかに後景に引いてしまったのが、問題がずっと続き、安倍政権が続く間、国民の意識の中に、疑惑として残っている「森友・加計問題」だ。ゴーン氏の逮捕で、籠池夫妻への10か月の拘留が話題になるのは、皮肉なものだが、「安倍夫妻の国策私物化」が「外国人投資家の大企業私物化」にいつの間にか置き換えられ、「森友・加計問題」の追及がおろそかになってはならない。
 特捜事件で特徴的なのは、事件報道が結局、検察リークのウエイトが高くなることだ。もちろん、企業人から「情報屋」まで、自社取材の積み重ねが勝負を決めるが、それもほとんど情報は、当局の確認が必要な場合が多いし、限られたソースから、特殊な「夜回り会見」でのリークが報道の流れを決める。いろいろ言われながら、取材のシステムはあまり変わっていないようだ。その結果、「検察の意図」については、正確に報道されるが、そのことの意味や行動が批判の対象にされることは、ほとんどない。つまり、ジャーナリズムとしてのチェックは不在だ。
 数年前、小沢一郎氏がターゲットにされ、検察情報が執拗に流されたが、結局事件にはならなかった。しかし、その結果、小沢氏が「カネの疑惑」の代表のようにされ、政治的に不利な立場になったことも確か。一体どこで、どういうメカニズムが働いたか?
 「国策捜査」という言葉がある。それは本来、「司法」にとって、不名誉な言葉だ。ゴーン逮捕があっても、「森友・加計問題」は終わっていない。