お薦め本紹介

お薦め本紹介(2019年01月)

お薦め本紹介(2019年01月)
・サハリンを忘れない
・ふたりママの家で
・FUKUSIMA
・核なき未来へ
・運命 文在寅自伝
・北朝鮮 おどろきの大転換
・「明治礼賛」の正体
・ジャーナリズムの道徳的ジレンマ

谷岡理香
生きることは他者との関わりである。

谷岡理香(東海大学教授)



サハリン残留邦人と聞いて、ピンと来る人は少ないかもしれない。かつて樺太と呼ばれた地には、40万人を超える日本人と当時日本に併合されていた朝鮮半島出身者が住んでいた。
しかし敗戦後、様々な事情で日本に戻ることができず、国からも切り棄てられた。公的支援によって帰国できるようになったのは1990年代であるが、今も望郷の思いを抱きサハリンで生きる人々がいる。
サハリンを忘れない
後藤悠樹『サハリンを忘れない─日本人残留者たちの見果てぬ故郷(ふるさと)、永い記憶』(DU BOOKS)は、10年の歳月をかけて、そこに住む日本人の歴史と日常の暮らしぶりを、若手写真家の眼差しで綴った作品である。
写真の女性たちの表情は明るく気高ささえ感じるが、孫のような世代の写真家に語った彼女らの人生は凄絶である。だが悲惨ではない。それは運命をすべて引き受け生き抜いてきた彼女たちに対して、著者が尊敬と思慕の念を抱いており、それが作品全体からにじみ出ているからであろう。実際、彼は一人ひとりと過ごす時間と空間に喜びを感じ、共に食事をし、別れを惜しんでいる。
客観や中立とは異なるジャーナリズムのあり方を確認させてくれる一冊であり、人間の安全保障という今日的課題も提示している作品である。
パトリシア・ポラッコ絵・文/中川亜紀子訳『ふたりママの家で』(サウザンブックス社)は、性的少数者を支援するクラウドファンディングで翻訳・出版された絵本である。
カリフォルニアで暮らす女性カップルの養子に迎えられた3人の子どもたち。成長し親になるまでの過程が色彩豊かな絵と繊細な文章で描かれる。多様な人種で構成されているコミュニティには、異なる文化が包摂されている。日常の中の多様性が示される一方、この家族を受け入れない大人の存在についても、子どもの視点から問うている。
他者を排除する傾向が世界的に強まっている。「違い」をどう受け止めるのか我々が問われていることを教えてくれる。

鎌田慧
原爆と原発─二つの核被害の人体実験

鎌田慧(ルポライター)



もうじき、福島原発事故から8年になる。高熱で溶融しつづけている三基の原子炉の炉心が、どこにあるのか確かめようもない。原発サイト内、林立するタンクに溜まった放射性汚染水は、すでに100万トンを越えた。自然環境と生業から引き離され、故郷を追われたひとびとの生活は、ますます困窮を深めている。
フクシマに降りそそぐ放射能(放射性物質)を、静かに映しだしたような写真集が、18年12月に出版された。小柴一良『FUKUSIMA』(七つ森書館)である。
全体が暗い色調に覆われている、捨てられた牛舎の換気扇にからむ、枯れた蔦(つた)の蔓。殺処分された牛たちの卒塔婆。牛舎の窓のそばまで押し寄せる、汚染土を詰め込んだ黒色のフレコンバッグ。街には人影がなく、物音は消えた。風景のなかにいる人びとは無口だ。
事故から七年が過ぎ、時間が経つにつれて、被災地の風景がこころの内側に定着するようになっている。そのことを感じさせられる写真集だ。
核なき未来へ
「唯一の被爆国」などといいながら、日本政府は国連の「核兵器禁止条約」加盟を、かたくなに拒否している。核大国・アメリカへの忖度のためだ。森川聖詩『核なき未来へ』(現代書館)は、サブタイトルにあるように、「被爆二世からのメセージ」である。
フクシマの子どもたちが、避難先でバイキンあつかいされている、という話しがつたえられた。64歳の著者もおなじ体験をしていた、という記憶から書き起こされている。父親が広島で被爆していた。子どものころから身体が弱く、脱力感に悩まされていた。被爆二世、三世は「遺伝的影響は認められない」と、国から切り捨てられてきた。核開発の研究材料にされているだけだ、と著者は主張している。

文聖姫
二度と戦争が起きない朝鮮半島に向けて

文聖姫(ジャーナリスト・博士)



北朝鮮が核・ミサイル実験を繰り返し、戦争の危機までささやかれた昨年とはうって変わって、朝鮮半島には今年、緊張緩和ムードが漂った。北朝鮮の平昌五輪への参加が実現したのを皮切りに、4月には韓国の文在寅大統領と金正恩委員長との間で首脳会談が行われた。首脳会談は9月まで3回開催された。金委員長のソウル訪問も予定される。
そして6月には、史上初の米朝首脳会談がシンガポールで実現した。昨年までは「ロケットマン」「老いぼれ狂人」と、互いをののしり合っていたトランプ米大統領と金委員長が固い握手を交わし、昼食を共にしながら談笑した。焦点の非核化の実現には紆余曲折もありそうだが、少なくとも今年、北朝鮮は核・ミサイル実験を行っていない(12月11日時点)。
こうした動きの背景には、文在寅大統領の存在がある。昨年5月に大統領に就任した文氏は、二度と戦争が起きない朝鮮半島を金委員長とともに作るために奔走し、米朝の橋渡し役も務めた。
運命 文在寅自伝
文在寅とは一体どんな人物なのか。それを知るうえで参考になるのが文在寅著・矢野百合子訳『運命 文在寅自伝』(岩波書店)だ。2011年に韓国で出版されて以来、異例のロングセラーを続けてきた。12年12月の大統領選に向けた「出馬宣言」として刊行された(本書・権容奭(クォンヨンソク)氏による解説より)本書は、文大統領の人となりや政治信条を知るうえで参考になる。何より本書の半分は「盧武鉉自伝」と言ってもいいくらい、盟友・故盧武鉉元大統領とのエピソードに溢れている。
一方の金委員長に関するデータは少ない。それを補ってくれるのが、KBS制作班+リュ・ジョンンフン著・すんみ他訳『北朝鮮 おどろきの大転換』(河出書房新社)だ。ビッグデータを使ったパワーエリートに関する分析は特に参考になる。金委員長の人となりを知ることはできないが、少なくとも彼がどのような国造りを目指しているのか、その一端が分かる。

「明治礼賛」の正体

斎藤貴男
「明治礼賛」の正体
いま安倍政権が目指す
21世紀版「富国強兵・殖産興業」

本書の書名から浮かぶのは明治美化批判だろう。確かに三章で構成される本書の第1章「国策としての『明治礼賛』」では、安倍首相の明治へのたび重なる言及をはじめ、あの手この手の明治称揚が分析紹介される。
また第3章「虚構の『明治礼賛』とこの国のゆくえ」では、<明治には汚職もなかった>という司馬遼太郎のウソに対する反証から琉球差別など、明治期の負の側面が鋭く抉られている。
しかし、本書の主題はそこではない。中間の第2章「安倍政権が目指す二一世紀版『富国強兵・殖産興業』」こそが、著者の主張の核心である。
アベノミクスの三本柱、金融政策、財政政策に次ぐ三番目の成長戦略こそが安倍政権の最重要の基本戦略であり、主軸となるのが官民一体の「オールジャパン体制」によるインフラシステム輸出だと、著者はいう。
日本は今後、少子化で国内市場は縮小し、企業は海外に向かわない限り成長は望めない。今、主戦場は海外でのインフラ構築、当然大プロジェクトとなり、多数の技術者が海外に出てゆく。その彼らがテロに襲われたらどうするか。
そこで強行採決したのが「駆けつけ警護」を含むPKO協力法改正、安保法制だった。こうして安倍政権の成長戦略は安保政策と表裏の関係で結びついているのだ。
明治政府が追求したのは富国強兵だった。いま安倍政権が追求しているのも21世紀の富国強兵であり、それこそが「明治礼賛」の「正体」だったというわけである。
以上の考察をへた上での著者の結論は、「この国の未来は、新しい『小日本主義』を構築する以外にはない」である。
(岩波ブックレット580円)

梅田正己(歴史研究者)

ジャーナリズムの道徳的ジレンマ

畑中哲雄
ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
報道の世界で現実に出合う道徳的な20事例を挙げ考察する
「ジャーナリズムは、ジャーナリストは、かくあるべし」。
私たちメディアに携わる者には、自らの価値観と報道倫理に基づき、「真実を伝えるための」取材活動を続けてきた。
それは今も変わらないはずである。ただ、その規範の一貫性も、現実に次々と連続して起こる複雑な問題を前に、揺らぎかねないこともある。
新聞や出版、通信の第一線で活躍してきた後に、研究者へと転身した著者が、「ジャーナリストが難問に直面した時、いったいなにを基準にどう決断すればいいのか」という問題意識から、まとめたのが本書である。
原発事故が起きたら記者を退避させるべきか、被害者から匿名報道を望まれたら従うべきか、オフレコ取材だが重大な事実を見つけたら対処はどうすべきか、取材で相手からギャラを求められたら払うべきか、企業倒産をどのタイミングで書くか―などなど思い当たる事例が挙げられている。
まさに報道の世界で現実に出合う道徳的な20の具体的ケースを挙げ、さらに過去の類似事件を紹介しながら、討論方式で、どう考えるべきか。議論を展開していく。
そこには結論はない。これらの諸テーマについては、絶対的な正解がないからである。
「権力の番犬」として読者の「知る権利」に応え、真実に迫っていくことが、ジャーナリストの使命であることには変わりはない。
ただ、この思いが故に、時として「ひとりよがり」になっていることはないか。当事者意識を持って、自ら問い直していくことの重要性を思い起こしてくれる。
本書は「ジャーナリズムの規範を考えるケースブック」である。
(勁草書房2300円)

栩木 誠