ご意見紹介

「剣璽等承継の儀」に女性は参加できないのか

信濃毎日:<社説>皇位継承儀式 議論避ける政府の怠慢
https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190119/KT190118ETI090009000.php

朝日新聞:<社説>皇位継承儀式 「女性排除」の時代錯誤
2019年1月23日05時00分
https://www.asahi.com/articles/DA3S13860418.html?ref=nmail_20190123mo

いずれも、女性皇族が参加できないことを批判している。その点には異論はない。
しかし、現在のままでいくと、女性閣僚が参加することになる。各紙報道によると、「憲政史上初」とある。
それならば、女性閣僚は認めて、女性皇族は認めないのは不公平でないかとの指摘があってもいいと思う。女性閣僚については「憲政史上初」に実現できたのであれば。
「女性排除」ではない、同じ女性でも「区別」している。そのことを問題視することはできないのだろうか。
私は、そもそも、天皇の退位・即位に関わることを「国事行為」とすることに反対だ。天皇を国民のなかに意識づけるためのものにしか思えない。
憲法第1条には、「(天皇の)地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とある。
それならば、天皇の行為について、そのあり方について、国民的な議論が必要なのではないか。
天皇の退位は現天皇から、大嘗祭のあり方は秋篠宮から提案があった。これらの問題は、国民が議論し、提案すべきことだと思う。
あまりにも、日本国民は政府に任せすぎる。国民生活に直接関わらなくても、税金を納めているものとして、税金がどのように使われているかの視点からでも政治問題に意識すベイだし、意見を述べるべきだと思う。
天皇制に関しては「タブー」とされ、自由に意見を述べることがはばかれる時もあった(現在にもないとはいえない)。
象徴天皇制は憲法の趣旨からすると、国民の総意に基づくもの、国民が考えるべきものだと思う。皇室行事は確定したものはなく、明治以降のものを踏襲している場合が多い。これは天皇家の私的行事にしろ、それを「国事行為」とすべきなのかを含めて、もっと自由に意見を述べるべきだと思う。