今週のひと言

忖度?思考停止? この改元狂奏曲

 ある程度予想されたことではあったが、ここ数日の朝刊各紙とテレビの情報番組による改元狂奏曲は、日本のジャーナリズムの弱さを改めて示すことになった。
 「令和」の典拠となった万葉集ブーム。ゆかりの太宰府で「歓喜の宴」。「令和」商戦。全国「令和さん」紹介……。社会面はほぼ奉祝記事で埋め尽くされた。政治面等で日本の歴史上初めて国書が典拠とされた背景に安倍晋三首相の強いこだわりがあったことなどの解説はあるものの、「一世一元」とは何か、国民主権との関係でどうなのか、という本質的な問いが欠落していた。おめでたい席に異論を唱えるのは差し控えるという「忖度」か、メディアで働く人間の思考停止がここまできてしまったのか。
 3月27日、弁護士や作家、フリージャーナリストが元号制定の差し止めを求めて東京地裁に提訴した。元号の制定は、国民を「天皇の在位の時間」に閉じ込めるから、憲法13条の「個人の尊厳」を侵害する。元号法は国民主権を根本原理とする日本国憲法の精神に真っ向から反する――。問題の核心を突く主張を記者会見で訴えたが、大手メディアやテレビのほとんどが黙殺した。
 歴史を駆け足で振り返ると、一世一元の制度は、1868年9月8日の明治改元の詔に記された。空間だけでなく、時間も天皇が支配することを狙った。「祭政一致国家」を目指した明治政府は、天皇の権威を高めるために天皇統治の正当性を神話に求めるなど、様々な仕掛けを用意し、一世一元もその一つだった。日本国憲法の制定で主権は、天皇から国民に移る。一世一元の見直しは論理必然であり、1979年制定の元号法をめぐって、国民主権の観点からも激しい議論が起きた。そんな過去は忘却の彼方にいってしまったかのようだ。
 新天皇が即位する5月以降、「剣璽等承継の儀」や「即位礼正殿の儀」、「大嘗祭」が続く。すべて政教分離や国民主権との関係で問題をはらんでいる。「忖度」「思考停止」は、ジャーナリズムの自殺である。