今週のひと言

憲法65年に向けて

 2009年の「政権交代」で期待されたのは、普天間問題をきっかけに、平和憲法が予定していた「非戦・非武装の日本」へのステップを踏み出すことだった。
 しかし、鳩山政権の崩壊でその期待は失われ、尖閣列島漁船衝突事件、延坪島砲撃事件などで緊張が高まると、日米韓の共同声明や、防衛大綱での南西諸島への部隊配備など、冷戦時代に戻ったかのような対応が目立っている。
 国際関係はすべて相手方だけに責任があるわけではない。大切なのは、為政者は過剰なナショナリズムを煽って、緊張が高まらないよう、気を付けなければいけないということだ。隣国、とくに社会体制が違う国とは、意見も利害も常に違っている。それを認めながら、相互理解を深めていくメディアの姿勢が大切だ。
 1946年1月から3月にかけて、9条のアイディアも含め、憲法の骨格が作られた。2011年はそれから65年。考えてみれば、日中戦争を始めた柳条湖事件から80年、太平洋戦争から70年になる。改めて、「戦争と決別するわれわれの時代」を考えてみよう。日本国憲法実現への道程は、私たちがこの時代に生きた証でもあるのだ。

 注・日本国憲法の検討は、1946年1月に入ると、政府部内での議論が進み、2月1日には毎日新聞が「政府案」をスクープした。これでは不十分と見たGHQは、2月3日、「天皇の地位」「戦争放棄」「封建制の廃止」をうたう「マッカーサー3原則」を示し、GHQ主導の新憲法案が作られていった。
 この過程で、1月24日には幣原首相がマッカーサー元帥を訪ねて会談しており、幣原の側近やマッカーサーの米議会での証言、回顧録などによると、このとき、幣原首相が9条の「非戦・非武装」を提案したともいわれている。