今週のひと言

勝訴で終わり、ではない

 沖縄戦の「集団自決」をめぐり、元日本軍守備隊長らが大江健三郎さんや岩波書店を訴えた訴訟は3月28日、大阪地裁が請求を棄却し、大江さん側が勝訴した。訴訟の存在が昨年の教科書検定問題を引き起こしたことを考えれば、判決が集団自決への軍の関与を認定した意義は小さくない。だが、一連の「集団自決」問題は、やはり歴史の認識と継承をめぐる日本社会の危うさを如実に示している。勝訴で終わり、では決してない。
 そもそも大江さんの「沖縄ノート」は沖縄戦の著作ではない。戦後、米軍の核戦略の前進基地として、日本と日本人から放置され続けた沖縄を訪ね「このような日本人ではないところの日本人へと自分をかえることはできないか」と自問自答する大江さんがどのページにもいる。沖縄のその状況は今、基地のために憲法の精神が実現されていない分、復帰前より過酷になっているとも言える。沖縄の苦しみの源流にあるのが、捨て石とされた沖縄戦であり、その中で起きたのが「集団自決」だった。大江さんが「沖縄ノート」で旧守備隊長に触れ、問うたのは、復帰後「慰霊」と称して沖縄を訪れたその行動だ。しかし意図的に読み違え裁判に訴えた勢力があり、そのことが現に歴史教科書の書き換えを招いた。
 おりしも映画「靖国 YASUKUNI」が揺れている。日本社会の危うさを、我がこととして自覚したい。