今週のひと言

災害が民主主義の質を問う

 災害は忘れたころにやってきて、ふだんわたしたちが意識していなかった社会の実相を浮き彫りにさせる。
 新潟県中越沖地震では、東京電力柏崎刈羽原発で放射能漏れを含めて50以上のトラブルが起きていたことが判明。直下を断層が走っている疑いも出ている。これまで大きな地震が発生するたびに、国や電力業界は「耐震性は十分」と強弁してきた。「事前に断層の有無も調べ尽くしている」とも主張してきた。柏崎刈羽原発をめぐっては、裁判所までもがそれらの主張を丸呑みにして、生存権をかけて運転の差し止めを求めた住民らの訴えをいともあっさりと退けてきた。しかし今回の地震で、それらの主張には何の根拠もなかったことが露呈した。
 問われているのは、原発が安全かどうかという技術論にとどまらない。エネルギーという国家利益と巨大権益の前では、個人の生存権、幸福追求の権利は容易に制限されることを、結果的に容認してきたわたしたちの社会のありようが問われる。折りしも、今回の地震の以前から、電力各社の原発トラブル隠しが相次いで発覚した。今回の地震で情報は公開されているのか。そして今後も国や電力業界の強弁を許すのか。災害が、社会の民主主義の質を問うている。まず必要なのは「何が起きたのか、起きているのか」が社会に伝わること。壁の厚さにメディアはひるんではならない。