現場から:福島発

【福島発】風化が進む「3・11」原発事故

 東日本大震災から1年8カ月がたった。どれだけの国民が東京電力福島第一原子力発電所で起きた事故に関心を持っているだろうか。
 毎週金曜日に行われている首相官邸前の反・脱原発集会への参加者も減りつつあるようだ。日本国民は飽きっぽいのか、それとも見ぬふりをしているのだろうか。
 私たち福島県民は、現在、目には見えない放射能と闘っている。先の見えない長い闘いである。ふるさとから離れ、見知らぬ土地での仮住まい。二間しかない仮設住宅を刑務所とたとえる住民もいるほど不自由な生活を強いられている。この責任はだれにあるのか。東電それとも国か政府か、いやもしかすると我々国民にあるのかもしれない。
 長い間、原子力発電の国策を容認あるいは安全神話を信じてきたためのツケかもしれない。しかし、そのツケはあまりにも大きいものであった。バラバラになった家族、心もバラバラになった。ふるさとへの帰還を夢みる人、新しい土地での生活を考える人-それぞれだ。
 11月16日、衆議院が解散した。いよいよ選挙である。我々福島県民はエネルギー政策に重大な関心を持っている。原発については各党の主張に温度差がある。推進、維持、脱・反…選択するのは有権者である。今県民は放射能に脅えている。将来への健康不安が第一だ。子どもたちの甲状腺被害や妊婦への影響などが心配される。
 風評被害も広範囲に及ぶ。農業、漁業、観光の再生はどうなるのか、原状回復も危ぶまれている。新政権は、ぜひ脱・反原発を唱える政党に担ってもらいたい。そして一日でも早くこの国から原子力発電所をなくしてほしい。二度と福島の経験をさせてはならない。人間と核とは共存できない。
 11月初旬、法事のため娘が孫を連れて、「3・11」後、初めて帰省した。その手荷物の中には線量計が入っていて、家に入るとすぐに各部屋を測っていた。自宅は除染も終わり、事故当時の2分の1から3分の1へと線量は低下したが、高いところでは毎時0・48マイクロシーベルトある。孫たちの長期滞在は心配なので、2泊して帰った。
 孫たちが安心して福島へ来られる日は、果たしていつになるのだろうか。

(ルール-)


【写真】家の庭にある汚染土壌の仮置き場