今週のひと言

「生涯ジャーナリスト」を悼む

 ジャーナリストで元共同通信編集主幹の原寿雄さんの訃報が流れた。
 まずは、その共同通信のニュースの一部から。
〈1949年に社団法人共同通信社に入り、社会部次長、バンコク支局長、外信部長、編集局長、専務理事、株式会社共同通信社社長を歴任。新聞労連副委員長や神奈川県公文書公開審査会会長、民放とNHKでつくる「放送と青少年に関する委員会」委員長なども務めた。
 57年、「菅生事件」取材班の一員として、大分県で交番を爆破し共産党の犯行に見せかけた警官を捜し出して報道。社会部次長の時、60年代のマスメディアを巡る状況を記録した「デスク日記」(全5巻)を小和田次郎の筆名で出版した。
 その後も、官庁や企業の提供情報に依存した報道を「発表ジャーナリズム」と呼び批判するなど、メディアに警鐘を鳴らした〉
 幸い、原さんの謦咳に接する機会に何度も恵まれたが、印象に残っている一つは「市民」に対する視線だ。「良心的な人々が、良心的に黙っている」ことへの問題意識を、原さんは何度も口にしていた。そして、大衆が煽動されやすい存在であることについても。敗戦直後の朝日新聞の社説「国民と共に立たん」を指して「それではダメだ。結局また国民と共に戦争してしまうことになるぞ」と批判していたことが忘れられない。
 上記の「菅生事件」の思い出では「オマワリを捕まえることができるとは、何て面白い仕事だと思った」とジャーナリズムの醍醐味を語る一方で、件の警官の単独取材に際しては警察との裏取引があったことを明らかにして、権力とメディアの距離に関してもしっかり釘を刺していた。
 そしてもちろん、一ジャーナリストとしての原さんの存在の大きさ。
 研究会などの席で、既成観念に捉われない自由な発想に基づく質問を発し、報告者をはじめ一同を唸らせる場面を何度も目のあたりにした。あれほど「問いを立てる」ことの重要性を体現していた取材者は見当たらないだろう。参加者の結論はだいたいいつも一緒で、「原さんがいちばんラジカルだ」。
 享年92、と言えば大往生なのかもしれないが、原さんが私たちに語り遺そうとしていたことをどれだけ我がものにして来られたのか、と考えると、甚だ心許ない。
 とりわけジャーナリズムの危機、言論・表現の自由の抑圧が、これまでにないほど深刻化している今こそ「ジャーナリズムの思想」をもっと語ってほしかった、と悔やまれてならない。


改憲で2つの「たたき台」

 自民党の憲法改正推進本部の具体的作業が動き始めた。
 同本部は、今春、①2017年秋の臨時国会で自民党本部の改正案を提示、②18年の通常国会で、各党の案をまとめて発議、③19年には国民投票で、④20年には新憲法施行—の工程表を明らかにしていたが、11月に入って2回の会合で、4つの課題のうちの2つについて、同党の議論の「たたき台」を公表した。
 まとまったのは、16日の「参院選挙区の合区問題」と「教育無償化」についての「たたき台」。
 まず、参院選挙区の合区問題では、「国政選挙の実施方法は法律で定める」とした憲法47条に、「各選挙区は人口を基本とし、行政区画、地勢等を総合的に勘案して定めなければならない」の一文を挿入。ただし書きとして「参院議員の全部または一部については、改選ごとに各広域的な地方公共団体の区域から少なくとも1人が選出されるよう定めなければならない」との表現を盛り込む、というもので、国会議員を「全国民の代表」と位置付けた43条は改正しないという。
 そして、「教育無償化」については、26条の1項で「教育を受ける権利」を決めた憲法26条1項、「教育を受けさせる義務と義務教育の無償」を決めた2項に、1項に「経済的理由によって教育を受ける権利を奪われない」との文言を追加。「国は教育環境の整備に努めなければならない」との努力義務を3項として新設するとしている。
 自民党が4項目について改憲条文を検討する、としたとき、「目くらまし」か、と思ったが、この「たたき台」の発表はまさにこの「目くらまし」だろう。
 「改憲」をあたかも既定方針のように社会に定着させ、本命の「自衛隊明記」に進む。
 「たたき台」には、異論を出させていかにも再検討したようにみせかけ、推進本部案→自民党案→与党案、と進めて、「国会多数派案」となったところで、強行の下地もできる。
 新聞、テレビとも、この2つの「たたき台」についての報道は、消極的だ。その狙いを見抜いた報道こそ求められている。


「朝日新聞、死ね」が招く言論封殺

 日本維新の会の足立康史衆院議員が、加計学園問題についての朝日新聞の社説をツイッターに引用した上で「朝日新聞、死ね」と投稿していた。引用したのは11月11日付の社説。文部科学省の審議会が、加計学園の獣医学部新設を認可するよう答申したことについて「あの『総理のご意向』をめぐる疑いが晴れたことには、まったくならない」と指摘していた。共同通信の記事によると、足立氏は取材に対し「問題がなかったと明らかになりつつあるのに、朝日新聞が社説で風評(被害)を広げようとする姿勢に怒りを感じた。最も強い言葉で非難した」「(『死ね』は)適切な言葉だと思わないが、『保育園落ちた日本死ね』という言葉を国会と社会が許容しているので、自分も従った」と述べたという。
 足立議員は元通産、経産官僚。先日の衆院選で比例で復活し現在3期目。選挙前には、前回に続いて選挙区で連敗すれば比例枠は返上すると大見得を切っておきながら、いとも簡単に前言を翻した。民進党を「アホ」呼ばわりするなど、暴言は初めてではない。見た目の勢いだけはいいが、軽薄の極みのような政治家だ。
 だが、「朝日新聞、死ね」は看過できない。新聞を批判するのはいいとしても、「死ね」という言葉は、相手の存在を認めないとの意味を帯びる。政治家として表現の自由を重んじるのなら、絶対に使ってはいけない言葉だ。そもそも「保育園落ちた」と投稿した母親と国会議員では立場が異なる。そのことが理解できないのは、政治家として致命的な頭の悪さだ。
 本当に心配なのは、この「朝日新聞、死ね」との暴言が社会の中で、マスメディアを含めてきちんと指弾しきれていないことだ。一例を挙げれば、産経新聞の石橋文登・編集局次長兼政治部長は自社コラム枠「編集局から」に、「『死ね』を憂える荒廃した社説」というタイトルで、足立議員のツイートを批判した朝日新聞の社説を揶揄し、足立議員の主張を支持するとも読める文章を書いている。産経新聞といえば、主義主張は違っても、他者の表現の自由、言論の自由は守ると言明していたのではなかったか。
 こんなことが続いていけば「朝日新聞には何をしても許される」との風潮が必ず出てくる。その先は、「朝日新聞」の代わりにほかの個人や組織の名前が入ることにもなる。朝日新聞は赤報隊事件で記者が殺害されている。わずか30年前、この社会では実際に言論封殺を狙ったテロがあった。その再来が危ぶまれる事態になっていることに気付くべきだ。


開戦前夜

 「愛國の花」「一杯のコーヒーから」「愛馬進軍歌」--。軍国主義の時代に流行した歌の数々を役者たちが元気よく歌う。戦争へと突き進む世の中の空気を肌で感じながら……。
 太平洋戦争開戦前、東京・浅草のレコード店を舞台にした「きらめく星座」が東京の「紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYA」で23日まで上演中だ。
 作者は劇作家の井上ひさしさん。「昭和庶民伝三部作」の第1作(初演は1985年)で、劇団「こまつ座」の公演作品のなかでも「再演を熱望する声が多く寄せられる」という。
 国が戦争へと突入することを扇動し、「満州(現中国東北部)はユートピアだ」などの情報を庶民に流した。「当たり前の生活を守るために、間違った情報に惑わされてはいけない」。井上さんはこんな思いでいたのだろうか。
 「なぜ、いまこの芝居を」との問いに、井上さんの三女で劇団の代表を務める麻矢さんはこう答えた。「父がこの作品を書いたときは、過去を忘れないという気持ちがあったと思う。けれども、いまはこれが『未来の物語』になるかもしれない」と。
 劇は笑顔にあふれているが、冒頭と終幕には防毒マスクが用いられる。そして開戦前夜の1941年12月7日のシーンで幕を閉じる。
 自民党は憲法論議を再び始めた。早ければ年内に党改憲原案をまとめる予定で、自衛隊の明記や緊急事態条項の創設などをもくろむ。
 「私たちは演劇を通じて抵抗していく」と麻矢さんは語った。「戦争ができる国になるのは嫌だ」。それぞれの手段で意思表示をなければならない。


憲法論議の作法と記者の責任

 安倍晋三首相は今月1日、第4次安倍内閣発足後に行った記者会見で、憲法改正について「(衆参両院の)憲法審査会に各党が改正案を持ち寄って、建設的な議論をしていくことが大切だ」と強調し、改憲論議の加速に改めて意欲を見せた。
 安倍首相が目指す改憲の柱は、憲法9条への自衛隊明記だ。しかし、その理由を聞けば聞くほど、なぜ憲法改正の必要があるのか、わからなくなる。憲法改正国民投票が現実味を帯び始める中、メディアには空気に流されることなく、ことの本質を国民に伝える責任がこれまで以上に求められている。
 何が問題なのか。一つ目は、憲法改正が必要な事情を自民党は立証できていない。安倍首相は憲法学説にある自衛隊の違憲論を解消したいという趣旨の発言をしているが、政府は自衛隊を合憲の存在として長く運用してきた。合憲の存在を合憲化するという理屈がおかしなことは小学生でもわかる。膨大なお金をかけて国民投票をする必要はない。
 それでも、憲法9条を変えたいというのなら、本音を隠しているのではないかと見るのが、自然だろう。これが二つ目。安倍政権は2014年7月の閣議決定で、集団的自衛権の行使は許されないとしてきた政府解釈を百八十度変更し、憲法9条を変容させた。これを固定化し、2項を死文化するつもりなのかもしれない。
 そして三つ目。森友・加計学園問題をめぐる安倍政権の対応などを見ていると、いったん憲法を改正すると次に何を始めるのか、まったく予測がつかない。例えば、軍法会議を復活させたり、憲法9条2項を削除し、自民党の憲法改正草案にある国防軍の設置に向かったり。「戦争ができる国」として次のステップに向かう恐れがある。
 気がかりなのは、「自衛隊を明記することがなぜ問題なの?」という情緒論がメディアの中に蔓延しつつあるように見えることだ。憲法も法である。自衛隊を明記することの法的効果は何か。国民投票で否決されるとどうなるのか。記者一人ひとりが、まっとうなリーガルマインドを持つことが求められている。


某陣営選対本部長と某新聞記者の会話(フィクションです)

記者「選挙おつかれさまでした」
本部長「ああ、○○新聞さんか。うちのボスは2千票差でダメだったよ」
記者「惜しかったですね。まあ、うちの情勢予測でもお宅の先生は落選確実でしたけど」
本部長「予測が当たりすぎるんだよ、まったく。電話で投票お願いしても、どうせ逆転できないでしょ、って言われちゃうんだから」
記者「小選挙区制になってもう長いんで、予測の精度がどんどん上がっているんですよ。過去データの蓄積がたまって、計算ソフトも向上しているし」
本部長「情勢予測がドーンと出ちゃうと、みんな投票行かないんだよなぁ…」
記者「行っても白票・無効票入れたりして」
本部長「うちはどこかと違って、支持者が投票行ったかどうかチェックなんてしてないよ」
記者「小選挙区制の問題ですかね」
本部長「それもあるけど、半分近くの有権者が投票に行ってないわけだからねぇ」
記者「その人たちが動くような運動しないといけないんでしょうね」
本部長「戸別訪問禁止って本当はおかしいだろ? 仕方ないから電話作戦だよ」
記者「公示期間中に電話するより、日ごろの野党・市民連合で情勢作っていく、とか」
本部長「もう予想屋みたいな報道はやめて、もっと政策論争やってよ」
記者「僕は書いてるんですけど、デスクが紙面をくれなくて…」
本部長「偉い人がソーリと料亭で飯食ってるからだろ? 君も一緒なの?」
記者「そんなことないですって(笑)」


首相の賭けと素浪人の勝利

 「疑惑隠し解散」で、「身勝手解散」だったが、「いまなら勝てる解散」でもあった、首相の深謀での総選挙は、思惑違いは多かったのだろうが、結果的には、自公勝利に終わった。「賭に勝った安倍、流刑地の女王・小池、2週間で野党第1党の党首になった素浪人・枝野」という仏紙「フィガロ」の評は、「言い得て妙」。その結果、「民進党つぶし」には、「成功」したが、「立憲民主党」が生まれて躍進し、「立憲野党と市民の共闘」は、したたかに、むしろこれまでよりはっきりした姿で前進した。
 パンダの命名にかこつけて、首相の会見より2時間前に「希望の党」の発足を発表した小池百合子東京都知事の「小池劇場」も、少なくとも一般的には、党の政策も、体制も明らかになっていないのに、「合流」を口走り、議員総会で強引に決めてしまった、民進党の前原政治代表の独断専行も、すべてメディアを意識した行動だった。
 小池知事の民進党全部の受け入れは「さらさら」考えず、考えの異なる方は「排除致します」という本音の発言や、「憲法改正」「安保法制容認」の「踏み絵」がなければ、「希望の党」は本当に野党第一党に躍り出ていたのかもしれない。「自民大勝の最大の功労者は、前原、小池」という見方に異論を唱えるのは難しかろう。
 安倍首相は23日の記者会見で、改憲について「与党、野党にかかわらず幅広い合意に努力する。第1党であろうと、第2党、第3党、第4党とも合意を目指す」といい、「政治なので、皆さますべてに理解を頂ける訳ではないが、そういう努力を払っていくのは当然」」と、改憲発議でも、「強行」があることを否定しなかった。選挙ではほとんど語らず、メディアを利用してぐいぐいとことを進める。安倍政治との新たな対決だ。


市民の意思を示そう

 安倍晋三首相の無謀な国会解散による総選挙が22日、投開票される。最大の争点は「民主主義」であり、この国は重大な局面を迎えている。
 森友学園、加計学園問題というスキャンダルを「知らなかった」で追及をかわして国会を閉会させた。その後の臨時国会では所信表明演説すらなく、突然の解散だ。
 「1億総活躍」「希望を生み出す強い経済」などと連呼してきた安倍内閣だが、特段の成果はない。電通社員の自殺やNHK記者の過労死などで浮き彫りになる人々の疲弊。なかなか進まない震災や原発被災地の復興。「市民を守る」と言いながら、山積する問題から目をそむけてばかり。霞ケ関の役人たちもだらしがない。各省庁の人事権が内閣人事局に移され、官僚たちは官邸の顔色をうかがうようになった。
 私たち有権者はどうか。「18歳選挙権」が施行された昨夏の参院選。18歳と19歳を合わせた投票率は46・78%程度で、全体(54・7%)を下回った。若い世代の投票率の低さは、「民主主義は市民が守る」ということを、大人が子どもに示していないからではないだろうか。
 野党の分裂などで政界は混乱している。だが、想像してほしい。「自分ファースト」と揶揄される首相がこのまま権力を掌握し続けるとどうなるか。憲法9条は危機にさらされている。
 まずは投票に行き、私たちの意思を示そう。


憲法とヘリ炎上~衆院選の争点

 10月22日投開票の衆院選を巡って、新聞各紙は12日付朝刊で一斉に序盤の情勢を報じた。「安倍一強」自民党は堅調、小池百合子氏支配の希望の党は追い風なく伸び悩み、小池氏に排除された民進前職らの立憲民主党に勢い―といったあたりが各紙共通だ。自民党が堅調だといっても内閣支持率は伸びていない。アベ政治が支持されているわけでも、自民党の地力が伸びているわけでもない。公示直前の野党第1党の分裂に伴う混乱で、相対的に自民党が強く見えている可能性がある。衆院選は見かけの上では「自民・公明」と「希望・維新」、「立憲民主・共産・社民」の3極構造だが、憲法改正や安保法制を軸に取れば、希望の党は自民党の補完勢力であることは明らかだ。選挙結果にもよるだろうが、仮に大連立に進むなら、自民党への最大サポーターになる。そうした選挙戦や公約の実相を見極めるなら、最大の争点は憲法、中でも9条の改悪を許すのかどうかだ。
 12日付朝刊には、この争点に深くかかわるニュースが載っていた。沖縄本島北部で飛行中の米軍ヘリが出火。民有地に不時着して炎上した。「あわや」の事故だ。沖縄配備の米軍機の事故・トラブルが相次ぐ。オーストラリア沖では欠陥機との指摘が絶えない垂直離着陸輸送機オスプレイが墜落し、乗っていた海兵隊員に死者も出た。そのような米軍機が毎日、上空を飛び交っている沖縄では、住民が日常的に危険にさらされている。確かに北朝鮮のミサイル・核開発は危機かもしれない。ならば沖縄は、今まさに住民の命が危険にさらされているリアルな危機ではないのか。
 米軍機の事故に対して安倍政権は遺憾の意を表明し、時には形だけの抗議をしてみせるが、本気で沖縄の住民の命を守るつもりがあるのか。名護市辺野古では、沖縄県の反対に耳を貸さず、恒久的な新基地の建設を強行している。衆院選では、安倍政権は国民の生命・財産を守るつもりがあるのかどうかが、全国で問われるべきだ。
 東京発行の一般紙各紙では、この事故の扱いは東京新聞が1面トップ、朝日、毎日も1面なのに対し、読売は社会面、産経は第2社会面にとどまった。意図的に過小評価するのだとしたら、危機の放置に加担することになる。


主権者国民の力が問われている

 「憲法改正を支持し、改正論議を進める」「外国人地方参政権に反対する」「党に資金提供する」——小池百合子・東京都知事が代表を務める新党「希望の党」が、公認に当たって立候補予定者に突きつけた10カ条の政策協定書は、この党の本質を表している。
 3日に都内であった市民連合の会見で中野晃一・上智大教授はこう喝破した。「憲法改正を支持しろとも書かれているが、憲法のどこをどう変えるのかの説明もなしに支持しろというのは、無茶苦茶だ。金額も書かずに金をもってこいというのは、奴隷契約書です」
 在日韓国人団体「在日韓国青年会」(朴裕植会長)も3日、声明を発表し、外国人地方参政権付与反対を掲げたことを批判。小池知事が関東大震災朝鮮人犠牲者への追悼文を見送ったことにも触れて、「偏狭なナショナリズムをもつ公人」と記した。
 政策協定書の第1項目に「『寛容な改革保守政党』を目指す」と掲げているが、改憲に前のめりな排外的な右翼政党と呼ぶのが実体にふさわしい。とにかく変えたい。何でもいいから変えたい。自己目的化した安倍晋三首相の憲法観とも共鳴し合っているようにも見える。
 大義なき解散と新党の出現で、野党第1党は解体した。私たちが目の当たりにしているのは、巨大な右翼2大政党が憲法改正を正面に掲げて、選挙選に挑もうとする、これまで見たことのない事態だ。
 今こそ、主権者としての国民の出番である。憲法を変える、変えないの最終判断は私たちの側にある。政治の姿を変える、変えないという選択も私たちの手にある。日本国憲法の下で戦後築きあげてきたものを「リセット」させていいのか。傍観者であることは許されない。