今週のひと言

8月に思うこと

 「八月は、六日、九日、十五日」―。上の句の「八月は」は、「八月や」だったり「八月の」だったりするようで、句の意味と作者のたたずまいが少し違うようだが、作者も何人か居るようだが、ともにイメージは「平和」への願いだ。セミの声が流れる中での式典の静寂は、毎年のことながら、年寄りには「あの日」を、若い人には「記憶の継承」を思い起こさせる。
 戦後72年。痛感するのは「日本の孤立」だ。
 6日広島、9日長崎の平和祈念式典では、国連での核兵器禁止条約の採択にも触れなかった。長崎の田上富久市長は、平和宣言で「核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにもかかわらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません」と批判した。8月15日の戦没者慰霊式で、安倍首相は5年連続でアジアへの「加害」について言及せず、3年続けて「反省」したのは、なぜか天皇だった。
 「慰安婦像」は米国など外国に広がり、韓国ではバスの座席に常駐することにもなった。「徴用者像」も登場、カナダでは、南京大虐殺記念日制定の動きもあって、日本への批判は広がるばかりだ。それに対する日本政府の対応は「解決済み」とか「強制はなかった」だの「民間人大虐殺などはない」と無視したり反論したり、どうみても潔くない。
 国内での原爆をはじめとする戦争被害に「国家無答責」で頑張っている姿勢そのままだ。その延長線上にあるのが核兵器禁止条約の無視。北朝鮮問題への「圧力一辺倒」だ。
 この夏。NHKのドキュメンタリーが頑張った。「会長が代わったらこうも違うのか?」といろんな人に聞かれた。「原爆死 ~ヒロシマ 72年目の真実~」(6日)「本土空襲 全記 録」(12日)「幻の原爆ドームナガサキ戦後13年目の選択」(12日)「原爆と沈黙~長崎浦上の受難~」(12日)「なぜ日本は焼き尽くされたのか~米空軍幹部が語った”真相”」(13日)「731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~」(13日)「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」(14日) 「戦慄の記録 インパール」(15日)、と新資料を発掘した番組を流した。「会長が代わったらこうも変わるんですね」と言った人が居る。たぶん、それとは関係ないかもしれない。でも率直な視聴者の言葉だ。
 日本は改めて、侵略戦争の誤りと、事実を事実として率直に認めて謝る。「戦争放棄・非戦・非武装」と「武力に頼らない国」を国是とする。差別や貧困や圧迫や隷従のない世界のために力を尽くす―。みんな日本国憲法に書いてあることを、ちゃんとやればいいだけのことだ。
 「慰安婦像には大使館員が毎朝花を供えるのはどうだろう」と言った人が居る。「北朝鮮には韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領と一緒に金正恩のところに押しかけたら」という人もいる。政府はこういう国民の気持ちに応えるべきではないのか。


戦後72年。戦争体験者の思い

 「戦車がうなりを上げ、逃げ惑う人をなぎ倒した。耳をつんざくばかりの轟音と悲鳴。緑の草原は血の色で染まった」
 敗戦直前の1945年8月14日、旧満州(現中国東北部)に侵攻したソ連軍の戦車部隊に襲撃され、1000人以上の日本人らが命を絶たれた葛根廟事件。数少ない生存者の一人、大島満吉さん(81)=東京都内在住=の言葉だ。
 犠牲になったのは、満州北西部の町、興安街(現中国内モンゴル自治区ウランホト)やその周辺に住んでいた民間人。その大半は女性子どもだった。引き揚げのため新京(現長春)を目指す途中、避難場所として向かったラマ教寺院の葛根廟の目前で惨劇は起きた。
 大島さん一家も、何度も死と直面した。逃げ込んだ壕の中で絶命した妹を除いて、逃避行の末、両親と兄、弟と翌年、引き揚げることできた。戦後10年ほどしてから、生還した人々が集まり、東京・目黒の五百羅漢寺で事件のあった8月14日に犠牲者の供養をするようになった。やがて興安街命日会と名付けられ、「初めは父が代表。他界前に私が引き継いだ。ささやかな集まりだが、研究者やジャーナリストなどこの事件に関心を持つ人が少しずつ加わるようになった」。今年5月には、記録映画「葛根廟事件の証言」(田上龍一監督)も完成。「映像を通じてより多くの人々に事件を伝えることができる。決して風化させてはいけない」と大島さんは語る。
 解釈改憲で集団的自衛権の行使が可能となり、「共謀罪」の成立要件を改めた「テロ等準備罪」を新設した改正組織犯罪処罰法が施行された。このまま改憲の方向へと進むのか、それとも平和国家の道を選ぶのか。
 「8月ジャーナリズム」という言い方があるが、その8月さえも戦争の問題にきちんと取り組まないでどうするのか。いま一度、戦争体験者の話に耳を傾け、当時の資料を発掘し、戦争の実相をより多くの人々に伝える。メディアの義務だ。


安倍首相の改憲への執念は変わらない

 安倍晋三首相は内閣改造後の3日夕の記者会見冒頭、森友学園、加計学園を巡る問題や防衛省のPKO日報問題で国民の不信を招いたとして「改めて深く反省し、おわび申し上げたい」と、約10秒間にわたって頭を下げた。「安倍内閣はこれからも経済最優先だ」とアベノミクス推進を掲げたのは支持率低下のときの常套句で、「またか」という以上の感想はない。発言の中で目を引くのは、憲法改正を巡って「スケジュールありきではない」として、これまで公言していた「今年秋の臨時国会に自民党の改憲案を提出し、2020年に新憲法を施行する」との目標を修正したことだろう。
 東京発行の新聞各紙も4日付朝刊では「改憲日程 首相が軌道修正」(朝日新聞)、「改憲日程ありき 否定」(毎日新聞)などと、この発言を1面トップの見出しに取った紙面が大勢を占めた。中でも産経新聞が脇見出しに「秋の提示方針 先送り」と踏み込んでいるのが目を引く。産経の記事によると、安倍首相側近の萩生田光一・自民党幹事長代理は3日夜、安倍首相の発言について記者団に「軌道修正した」と明言したという。安倍政権支持が際立つ産経の判断だ。自民党の改憲案提出は先送りになったと受け止めていい。傍証もある。自民党の改憲案づくりの実務の中心は、内閣改造で2度目の法務相に就いた上川陽子氏だったのだという。前任の金田勝年氏があまりに閣僚の資質を欠き、批判を浴びていただけに、法相ポストの人選には心を砕いたはずだ。憲法改正よりも、当面の課題として政権運営の建て直しを優先させたことがうかがえる。
 一方で、安倍首相にとって改憲が悲願であることに変わりはない。改憲勢力が衆参両院で、改憲発議に必要な3分の2超の議席を占めている状況にも変わりはない。だから今は、自らの傲慢さによって弱まった「安倍1強」の求心力を回復させることが至上命題—。安倍首相はそう考えているはずだ。当面は手堅い政権運営に努め、国民にはひたすら殊勝さをアピールしていく戦略なのだろう。会見で10秒間に渡って頭を下げたように。森友学園、加計学園、PKO日報の問題でも、野党の審議要求に柔軟に応じるかもしれない。それもこれも、憲法改正を実現させるため。改憲への執念はいささかも変わっていない。


問題の本質は安倍政権の隠蔽体質だ

 南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊の日報の隠蔽疑惑で、稲田防衛相と防衛事務次官、陸上幕僚長が辞任することになった。疑惑を調査してきた特別防衛監察は、稲田氏の隠蔽への関与をあいまいにし、責任に踏み込むことを避けた。
 稲田氏は28日記者会見をし、「隠蔽という事実はなかった。防衛省・自衛隊の名誉にかけてこのことだけは申し上げたい」と強弁したが、隠蔽の疑いはまったく晴れていない。というのも、安倍政権のこの間の振る舞いを見ていると、政権そのものが隠蔽体質に深く染まっているからだ。
 例えば、「共謀罪」法案。参院法務委員会の審議を一方的に打ち切り、参院本会議での採決を強行した。森友学園への国有地売却問題では、衆院厚生労働委員会で民進党議員が安倍首相に質問すると、「法案と関係ない」と反発した与党がいきなり採決を強行。議員の質問権を奪ってしまった。
 森友学園や加計学園の問題では当初、閉会中審査や証人喚問を拒絶した。報道で政権にとって不都合な文書が報じられると「怪文書」といい放ち、正面から真相究明に取り組もうとしない。とりわけ、森友学園の国有地売却に関する資料を廃棄した財務省は何をかいわんや、である。
 陸上自衛隊の日報の隠蔽疑惑をめぐってメディアは、文民統制のあり方にもっぱら焦点をあてて論じている。確かに、憲法9条の制約下で軍事組織をどうコントロールするかということは絶えず問い続ける必要があるが、今回の問題の本質は違う。
 権力に不都合な事実は隠そうとする、あるいは「黒」を「白」といいくるめる、安倍政権の隠蔽体質そのものだ。


ケイ氏の提言から

 国連「表現の自由」特別報告者のデビッド・ケイ氏が、今年6月にジュネーブで開かれた国連人権理事会に、日本に関する調査結果を報告した。現地には日本からのメディアが多数取材に訪れ、いくつかのメディアがこの報告に関して報道していた。
 中には、日本政府と同様に露骨に反発的な報道も見られたが、あらゆる日本のメディアの関連報道に、共通して黙殺された提言があった。実際、いちばん衝撃的な提言だったのは、その黙殺された箇所だ。
 それは、日本のジャーナリストのあり方、とくに記者クラブに関わる部分だった。和訳は外務省のサイトやメディア総合研究所のサイトにアップされているが、その箇所は、たとえば以下のようだ。
〈訪日中に驚いたことには、特別報告者と会ったジャーナリストのほとんどが、自らが置かれる実態を話すことにおいて、匿名を希望したことである。内部告発者を保護する独立組織がないことから、声を上げたことで管理側から報復行為を受けることを恐れていた。にもかかわらず、大手メディアの記者とフリーランスを束ねるジャーナリストの広い連帯組織がなく、そのため連帯や支援、共通目的は限られている。またあらゆる範囲のジャーナリズムを規制する、独立した報道協議会もない〉
〈当局からの情報に直接アクセスする唯一の回路として記者クラブを固定化することや、外部のジャーナリストを受け入れることに消極的であること、またクラブ会員だけに限って定期的に非公式で独占的に情報提供するよう当局と交渉するのができることは、本来の目的とは相反する効果しか生んでいない〉
 さて、これらの指摘に、日本のジャーナリストは、どう答えるべきだろうか。


核兵器禁止条約と憲法9条

 日本の侵略戦争が本格化した盧溝橋事件80年の7月7日、核兵器を非合法化する核兵器禁止条約が、7日、122カ国が賛成して国連の会議で採択された。
 核兵器の使用や開発、実験、製造、保有と、使用をちらつかせる脅しも禁じた史上初めて、歴史的な国際条約だ。ところが、米英仏ロ中の核保有5カ国と、米国の「核の傘」に依存する日本や韓国、ドイツなどNATO諸国の多くは、米国の要請でこの交渉に参加せず、オランダは交渉に参加して反対票を投じた。
 問題は唯一の戦争被爆国、日本は「核の傘」の下にいるとして、米国に追随し、「核保有国と非保有国の溝を深める」として参加を拒否、採択後には「今後も参加しない」と表明した。被爆者の願いを踏みにじり、国際世論に背を向けた恥ずかしい行動だ。
 新聞各紙は例によって、「保有国抜きでは実効性を欠く」とした読売と、以前から不参加を支持してきた産経以外は、条約について、「理想に向かう新たな道だ」(毎日)、「抑止論の呪縛解く一歩に」(信濃毎日)、と評価、「これが被爆者の願いだ」(中国)、「被爆者の声が届いた」(沖縄タイムス)と書いて、日本の姿勢については、「被爆国の責任放棄だ」(朝日)、「日本は国際社会を裏切った」(琉球新報)と批判、「被爆国から発信続けよ」(東京)、)「廃絶に日本も協力せよ」(高知)と訴えた。
 琉球新報は、「日本がなすべきは、核保有国の側に付くことではない。国際社会が日本に期待するのは『核兵器なき世界』を主導し、対立する核保有国と非保有国の『橋渡し役』を積極的に担うこと」「北朝鮮の脅威を強調することで、核兵器を正当化するようなことは被爆国として厳に慎むべき」「核兵器の非人道性を訴え、『核の傘』を畳むことを世界に働き掛けていくことこそが日本の果たすべき役割」と言い切っている。
 考えたいのは、「核」に限らず、「日本は戦争をしない。だから戦力は持たない」という9条の原則だ。70年の議論の中でも、「理不尽な攻撃があれば、守るための行動はするが、『やられたらやり返す』という道は取らない」という「専守防衛」の原則は確立されてきた。「核の傘」の議論も「自衛隊合憲化」の議論も、実は同じ。国際社会が求めた日本や日本国憲法への期待も同じ。そこでもここでも、日本は世界の世論を裏切っている。


アベ政治は変わらない

 自民党の歴史的惨敗に終わった東京都議選。安倍晋三首相は「反省」を口にしたが、何をどう反省するのか明らかにしていない。選挙戦では、おごり高ぶり社会をなめ切った発言が安倍首相だけでなく目立った。報道を元にいくつか振り返ってみて、つくづく思う。アベ政治は何も変わらないだろう。
 ▼「こんな人たち」
 安倍首相は選挙戦最終日の7月1日、東京・秋葉原で初めて街頭演説に立った。近年の選挙で自民党が遊説の打ち上げに選んでいる聖地。内閣支持率が低下する中で、ここに来れば熱烈な支持層に囲まれて幸せな気分に浸れると思っていたのではないか。ところがそうはいかなかった。一部の聴衆から「帰れ」「辞めろ」のコールが湧き上がる。安倍氏は感情をむき出しに、コールが発せられる辺りを指さし「演説を邪魔する行為を自民党は絶対にしない」と事実に反したことを言い(国会では自らヤジを飛ばす)、さらに「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と声を張り上げた。「大人げない」では済まない。自民党候補の応援とは言え「内閣総理大臣」と紹介を受けての登場。それが街頭の民衆を「こんな人たち」呼ばわりするとは、一国の首相が自ら社会を分断するに等しい。
 ▼「誤解」「緊張感」※防衛省のホームページにやり取りの詳報
 稲田朋美防衛相は6月30日の会見で、都議選の応援演説で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と発言したことについて「『防衛省・自衛隊、防衛相』の部分は撤回し、おわび申し上げる」と述べた。だが理由は「誤解を招く恐れがある」から。繰り返し「誤解の余地のない問題発言だ」と追及されても頑として言い張る。辞任も改めて否定し、何を言われても「緊張感を持ってしっかりと職務に邁進してまいりたい」。野党時代に内閣総辞職を迫ったりしていたことを突き付けられ、整合性を問われても「そういった御批判は真摯に受け止めますけれども、緊張感を持って(以下同文)」。1時間近くの会見で「誤解」34回、「緊張感」は16回、口にした。驚くほどの身勝手さと厚顔ぶりだ。
 ▼「落とすなら落としてみろ」
 批判の矛先をマスメディアに向けたのは自民党の二階俊博幹事長。6月30日、都議選の応援演説で「言葉一つ間違えたら、すぐにいろんな話になる。どういうつもりで書いているか知らないが、お金払って(新聞などを)買ってもらっていることを忘れては駄目だ」「落とすなら落としてみろ。マスコミの人たちが選挙を左右すると思ったら大間違いだ。マスコミが偉いと言ったって、限度がある」などと述べた。選挙結果はマスコミが自民党候補を落とそうとしたからというわけではない。発言は有権者を愚弄している。


メディアの方向

 「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」
 東京都議選の応援に出向いた稲田朋美防衛相の口から、仰天するような発言が飛び出した。同相は演説した27日の深夜に撤回した。だが、その前は、演説の場が陸上自衛隊練馬駐屯地に近い場所(板橋区)のため、自衛隊の活動への理解、支援に「感謝しているということを言った」などと釈明。自衛隊員は特定の政党を支持するために職権は行使できない。もちろん大臣も同様だ。「自衛隊の政治利用」との批判は免れず、首相の任命責任が問われる。
 「日本独自の核保有を国家責任として検討すべきではないか」など、稲田氏の言動には過去にも不適切なものがいくつもあった。そんな稲田氏をかばい続ける安倍首相は「2020年に憲法を改定し、9条に自衛隊を明記したい」と語っている。
 文部科学省の前川喜平・前事務次官は、日本記者クラブでの会見(23日)で、「私に対する(報道での)個人攻撃があった。官邸の関与があったと考えている」と言い、国家権力とメディアの癒着をただした。
 マスメディアはどこを向いているのか。右へ右へと傾きつつある流れに歯止めをかけるには、市民とメディアの連携こそ必要だ。


いまこそ、メディアスクラムを

 腐ってもNHK。そう思わせたのが、19日午後10時からの「クローズアップ現代+」の加計学園・獣医学部新設問題をめぐる新文書の報道だ。
 文書のタイトルは「10/21萩生田副長官ご発言概要」。「官邸は絶対やると言っている」「総理は『平成30年4月開学』とおしりを切っていた」と、安倍晋三首相の側近、萩生田副長官が文部科学省の高等教育局長に語ったとされる生々しい発言が記録されていた。獣医学部新設に官邸が深く関与したことを伺わせる決定的な内容だ。
 しかも、報道のタイミングも絶妙だ。この日の夕方、国会閉会にあたって安倍首相が記者会見し、「今後、何か指摘があればその都度、真摯に説明責任を果たしてまいります」と発言した直後のことだった。
 興味深いのは、この報道が「ニュース7」や「ニュースウオッチ9」という通常のニュース番組の枠で流されなかったこと。実は、1カ月前にこんなことがあった。朝日新聞が5月17日朝刊で「新学部『総理の意向』との見出しのスクープ記事を1面トップで報じた。文部科学省が、特区を担当する内閣府から「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向だと聞いている」と言われたとする記録が文書で残っていたとする内容。ところが、NHKも前日夜、同じような文書の存在を報じながらが、「官邸の最高レベル」が黒塗りにされていたのだった。
 真相は不明だが、社会部の特ダネをNHK上層部によって黒塗りが指示され、あいまいな報道になった、とささやかれている。今回の見事な特ダネは、現場の記者たちのリベンジではないか、と思えてくる。
 NHKのWEB特集「加計 “新文書”の持つ意味は」で、担当者は「今回の問題の本質は獣医学部新設の選定プロセスが適切であったかどうか」と明快だ。選定プロセスを明らかにするのは、人々の知る権利に応えるジャーナリズムの役割であり、組織を超えて共闘できるはずだ。現場の記者たちは意地を見せよ。今こそ、真のメディアスクラムが求められている。


たたかいは始まったばかり

「共謀罪」法案が6月15日の早朝、前夜から開会されていた参議院本会議で採決され、可決・成立とされた。法務委員会での審議・採決を省略する「本会議への中間報告」という姑息な手段を講じて、国会を早々に閉会し、森友学園・加計学園をめぐる安倍首相周辺の疑惑追及をかわそうという卑怯極まりないやり方だった。
 この「共謀罪」をめぐっては、ご存知の通り国際的にも関心が高まっている。英国のタイムス、仏国のルモンドなど海外のメディアもしばしば報じているが、大きな注目を集めたのは国連の「プライバシーの権利」特別報告者、ジョセフ・カナタチ氏(マルタ大教授)が日本政府に書簡を送ったことだろう。
 カナタチ氏は、「共謀罪」がプライバシーや表現の自由を過度に制限する恐れが強いことから「絵を壁に飾るための釘を打ちこむのに、巨大なハンマーを使うようなもので、壁そのものが壊れてしまう」と批判した。このようなカナタチ氏の懸念に対して、日本政府は質問に答えるどころか抗議文をもって返答するという暴挙に出た。それを見たカナタチ氏は「日本からの反論には内容がない」として、再度回答を促すメッセージを送っている。
 そのカナタチ氏は、インターネットを通じて行った日弁連のシンポジウムの中で、次のように語っていた。
「法律が通ってしまっても、まだ始まったばかりだ。引き続きやっていきたい。日本の人々は民主主義を享受し、基本的人権を享受する権利がある。辛抱強く働きかけたい。数週間で終わることではなく、数ヶ月、数年、永続的に関わることかもしれない。でも、私自身も関わっていこうと思う」