ご意見紹介

5月15日、毎日新聞の「風知草」に疑問がある。

安倍首相の5月3日のメッセージなどから、推測してコラムを書くのはやめてほしい。その後、安倍首相はどのような国会答弁をしたのかをふまえて書いてほしい。そうしないと、読者へ誤った見解を広めることになる。小池晃議員への答弁は安倍首相の本音がでていると思う。(1)自衛隊を憲法学者の多くが違憲だといっている。中学公民教科書にも違憲と書いてある(これは明らかなまちがい)。その状態を解消するために提案した、(2)自衛隊の活動については明らかにしなかった、(3)12年自民党憲法案は公式・歴史的文書だから撤回しない などの答弁をしている。ましてや、第98条を持ち出して、「自衛隊=憲法違反」といえば、自衛隊は即なくなると答弁した。山田さんは国会答弁をふまえて書いているのかと疑念が深まる。
戦争法が施行され、自衛隊は「専守防衛」の組織ではない。小池議員が質問したように、「3項に自衛隊を明記すると、2項との矛盾が生じる」。そのよな自衛隊の位置づけ、活動範囲の拡大を憲法で無条件に認めることになる。法律論はどうか知らないが、憲法論からすると矛盾を含んだ提案だ。

2017年5月9日 参院予算委員  安倍首相の改憲発言について 小池晃議員の質問
http://www.a-koike.gr.jp/?page_id=201


なぜ新聞社は役割を見失ったのか?

日本の新聞社はもはや政府の御用新聞になりさがった。事実をもとに証明する。「沖縄県:オスプレイ空中給油再開」と「釜山日本領事館に設置された少女像」に関する社説の数。
1月7日現在、オスプレイは沖縄県の2紙を除くと、全国紙は全く、本土地方紙は4紙だけ。
一方、少女像に関しては、全国紙はすべて書いた。地方紙も管見の限り8本もある。
オスプレイは日本政府は容認している。
少女像設置は日本政府は批判している。新聞社説も政府と同様な見解を述べている。もっと、おもしろいことは、1月7日、「毎日」、「南日本」ともトップ記事あつかい。見出しも同じ。これって偶然、それとも~。
オスプレイ問題は日米同盟に関わること、少女像問題は日本政府の戦争責任に関わること。日本全体が考えないといけないこと。なのに、政府見解に沿った社説しか書けないなんて異常だ。教科書記述に政府見解をもとにしろと検定基準が設けられたときに反対の論調をあげたこととは全く違う。
戦後50年に、多くの新聞が、アジア・太平洋戦争に新聞社も加担したことを反省した連載があった。戦後70年にはそれをお目にすることはできなかった。「安倍談話」を評価する社説が並んだのにはあぜんとした。
秘密保護法反対の論を張ったが、その後、「明日、ママいない」、「小保方問題」、「美味しんぼ」などで政府と同じ論調で攻撃した。あのときが、新聞社の自滅の始まりだったのかもと、私は思う。
新聞社の役割は政府批判、憲法のもとに政治・経済・教育などがすすめられているかをチェックすること。もう一度、その原点にかみしめてほしい。


新聞社のすべきことは、読者に、政党や候補者が玉虫色で語る公約の本質を明らかにすることだ。

参院選序盤情勢「改憲勢力2/3うかがう」、しかし参院選後の改憲「反対」45%、安倍首相の下で改憲「反対」48%―在京各紙の報道の記録
    http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20160624/1466725161

今日の新聞は何だ。1面トップ記事に、「参議院選挙 序盤情勢」を書く必要があるのか。
昨日、参議院選挙は公示された。その翌日には、選挙結果予想が発表。
これって、「選挙に行っても無駄ですよ」といいたいのか。
新聞各社は、選挙のたびに、序盤、中盤、最終の選挙結果予想を出す。選挙が終われば、政党は政策を明確にしなかった、有権者は政治に無関心とまとめる。これは毎度のこと。
新聞社の役割は、有権者に、いかに選挙に足を運んでもらえるか、公約だけではよくわからない内容を説明し、今回の選挙の意義を明確にし、争点を明確にすることではないか。それを放棄するなら、政府の監視役としての新聞社の役割を放棄したと同じだ。

昨日の南日本新聞。報道本部長の署名記事。「多岐にわたる焦点 議席を託せる政策を示せ」
参議院選挙が公示された。焦点は安倍晋三首相が目指す憲法改正や安全保障関連法、環太平洋連携協定(TPP)等の是非、経済政策アベノミクスの評価など多岐にわたる。選挙戦では各党と各候補がこれらについて、主張や展開する政策を国民に具体的に示す重要な機会である。
これを払しょくするのが政治の力である。10代有権者が議席を託せるように、分かりやすく具体的な政策と安心して暮らせる未来像を示してほしい。そうでなければ選挙年齢を引き下げても、政治が若者の信頼を失い、投票率はいずれ低下しかねない。
有権者は各党、各候補の政策をしっかり聞き、見極めて1票を投じたい。政治への不満を日常口にするだけでなく、主権者としての責務を果たし、参世したい。

一見、当たり前の見解に思える。しかし、問うていることは、政党・候補者よ、しっかり、わかりやすく公約を語れ、有権者はそれをしっかりと判断して投票せよ。じゃ、新聞社の使命・役割は~、ノーコメント。
このような記事を選挙のたびに読まされる。そして、選挙が終わると、有権者の政治離れと人ごとのようなコメント。新聞社が投票率を高めるために何をしてきたのか問いたい。
選挙期間中は法律のしばりがあり、自由な選挙活動、選挙報道ができない。じゃ、そのことも報道していいのじゃないか。報道したくても法律のしばりがありできないと。そのことで、読者に、日本の異常な選挙のありかたを考えてもらう絶好の機会だと思う。新聞社が選挙中にできることは多岐にわたる。

私は、選挙予想を出すことは無意味だと確信する。新聞社のすべきことは、読者に、政党や候補者が玉虫色で語る公約の本質を明らかにすることだ。それは、前の参議院選挙の時の公約と国会での行動を比較することでもできる。実際、東京新聞は、戦争法に賛成した国会議員をいまだにインターネット記事で紹介している。


安倍首相の核兵器政策を問う

多くのメディアは、オバマ大統領の広島訪問は安倍政権の「成果」、オバマ大統領がどのような演説をするのか期待するとある。こんな本末転倒だ。私は、安倍首相の核兵器政策を問いたい。(1)安倍首相は、核兵器の惨状をどの程度認識しているのか。(2)安倍首相は、核兵器の惨状に苦しんだ、苦しんでいる人々にどのように対応したか。(3)安倍首相は、核兵器使用禁止(非核三原則)の実現のためにどのようなことをしてきたか。これらを問わず、オバマ大統領の発言に期待するなんて、ちゃんちゃなおかしい。
G7外相、教育相、環境相会合で、日本は世界をリードしているかの報道が目立つ。
また、サミットを口実に、日本は戒厳令下におかれているとの指摘を、日経新聞は、「5月13日 日経新聞:胃心伝真=戒厳令:「今、日本で一番安全な町は三重県の伊勢市と志摩市だ」といわれる▼開催(26、27日)まで2週間を切った「第42回先進国首脳会議」(通称=伊勢志摩サミット)に向けて、両市ではすでにさまざまな警備体制を敷き、まさに戒厳令に近い状況にある▼同サミットでは世界経済情勢や北朝鮮の核問題などが話し合われる予定だが、特に今回はオバマ大統領が米国大統領として初めて広島にも訪れるといったことも大きな話題となっている▼それだけに注目度は極めて高く、テロへの警戒感も尋常ではない。」と報じた。
安倍政権は、熊本地震をきっかけに、憲法に緊急事態条項を、と主張している。まさに、サミットを通して、既成事実化している。ほとんどの新聞は無視している。
また、沖縄日本復帰について、社説を書けた本土紙は、東京新聞、信濃毎日、愛媛新聞のみ。これも異常な状況だと思う。
5月16日の朝日新聞社説「「1億総活躍」社会 消費増税の支えが必要だ」には、もう笑いが止まらなかった。そのうち、無性に泣けてきた。
新聞が政府に迎合したなあと思う、今日このごろです。


高校教科書では、沖縄県の米軍基地記述がどのようになっているか、本土紙は伝えたのか。

高校教科書では、沖縄県の米軍基地記述がどのようになっているか、本土紙は伝えたのか。沖縄県は安倍政権と闘っている。私たちも応援している。しかし、高校教科書の記述を知らないとは。ちなみに、3月19日の「朝日」、「毎日」、「読売」、「産経」、「日経」、「西日本」、「南日本」は報じなかった。他で新聞に掲載した記事があったら紹介してほしい。しかし、沖縄県の2紙は大きく抗議している。沖縄県と本土の温度差をまた感じた一幕だ。

沖縄タイムス:<社説>[教科書の基地記述]事実ゆがめ誤解を助長
   http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=159532
      :教科書を訂正申請へ 沖縄の基地依存度「きわめて高い」と記述
  https://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=159413

琉球新報:「経済、基地依存度合いきわめて高い」教科書沖縄記述に誤認 高1用検定公表
  http://ryukyushimpo.jp/news/entry-241645.html
    :<社説>基地めぐる誤記述 教科書内容を即刻改めよ
  http://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-241640.html


「SMAPの解散」を議論する国会を批判できないメディア

19日、参議院予算委員会で「SMAPの解散」についての質問があり、安倍首相ら閣僚が答弁したという。質問者、答弁者、それを無批判に報道するメディアは異常だ。国会は国民生活の向上のために審議する場だ。個人的な趣味を披露する場ではない。一般の公務員には「全体の奉仕者」を強調しながら、自分たちは何をしているのか。それを批判できない(問題だと理解できない)メディアにもっと学習を求める。


なぜ、「自衛隊の軍事演習」を報道しないのか

なぜ、「自衛隊の軍事演習」を報道しないのか。11月9日まで、過去最大規模、しかも、北海道から鹿児島へ、民間フェリーで戦車を輸送するという、全国規模の訓練。このことを時々、報道するのは、安倍チャンネル=NHKのみ。戦争法が成立する以前も、憲法違反の合同演習を繰り返したのに、メディアはあまり関心を寄せなかった。戦争法が成立してもその姿勢は変わらない。やっと、辺野古問題を新聞社説は取り上げた。私からすると、「やっとか。あまりにも遅すぎる。」と思う。しかも、政府と沖縄県が「対立」ととらえている。この無神経さにも驚く。政府は、沖縄県民の意思を無視して、強引にことをすすめている視点がない。
戦争法廃止のために「国民連合政府」をつくる話が浮上している。私は、それまで待てない。もっと、日常的な危険な動きを新聞が報道しないと、とりかえしがつかないことになる。自衛隊の軍事演習は「軍事機密」にあたるかもしれない。それを委縮して報道をしないことは、国民に、戦争法が成立しても、安倍さんが主張するように、けして、国民生活に影響をあたえることはない、に迎合しているような気がする。
鹿児島県に住んでいると、この先の国民的行事に危機感を抱く。2015年、国民文化祭(皇太子夫妻が鹿児島に訪問)。2018年、明治維新から150年、すでに、鹿児島県はカウントダウンをすすめている。その内容は、「薩摩藩は、富国強兵をとなえ、五代友厚を中心に、イギリスと貿易・「外交」をすすめた。それが、日本が植民地にならなかった要因だ」という。2020年、東京オリンピック・パラリンピックの開催。その年に、鹿児島県では国体開催。くしくも、その年は、日本書紀編纂から1300年。JR宮崎駅には、「皇紀2675年10月31日」と表示してある。
1964年、東京オリンピックでも聖火スタート地点は宮崎市「八紘一宇」があるところ。当時は、「八紘一宇」の文字はなかった。翌年、文字が復活。それを考えると、いまからの一連の動きは、国民思想統制がすすんでいくと思われる。すでに、読売新聞社説を読むと、高校生の政治活動について、政府批判は「教員の押しつけ」、政府賛成は「教員の押しつけとはみない」見解を掲載している。もはや、日本は、中国・北朝鮮と同様に「独裁国家」になっているのではないか。「杞憂」だと指摘がある。しかし、私は真剣に危惧している。メディアの報道いかんによっては、「気づいたときは、すでに戦争が始まっていた」とも限らない。いま、そんな状況にあることをメディアに関わる方に持っていただきたい。


大学は企業のために研究すべきではない。

東京新聞:防衛省、軍事可能研究9件採択 東工大、理研など
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2015092502000146.html
について、新聞社説が書けたのは、沖縄タイムス、南日本新聞、琉球新報、京都新聞(2015/09/25現在)。

新聞社はなぜこの問題に社説を書けない。
安倍政権は大学政策において、「文系を統廃合し、企業が利用できる理系に重視しよう」と通知した(その後、「誤解だと」いったが)。

大学は企業のために研究すべきではない。ましてや、軍事研究のために研究すべきではない。真理追究が研究の大本だ。
日本のノーベル章受賞者が口をそろえていうことは、「日本は基礎研究が不十分」。自分の専門だけに偏っている。もっと、哲学、歴史、芸術などの基礎的土台をもって研究しないと、論理上危険だという。

安倍成長戦略は「政府に都合のいい研究に予算を傾斜配分しよう」としている。
もともと少ない研究費がどんどん削減されていく。これは日本の研究のみならず、将来的展望がない。
こんなことを新聞社は分かっているのかどうかしらないが、戦争法成立後、「安倍広報化」しているように思える。
国民は「忘れない」運動を続けている。しかし、メディアは、安倍政権に協力して「忘れさせよう」としているしか思えない。


毎日新聞に掲載された意見広告への抗議

2015年8月6日、毎日新聞西部本社は、意見広告「安保法制が「戦争法案」ですって?」を掲載した。
意見広告
公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/wp-content/uploads/2015/08/15.08.061.pdf

私は、西部本社に抗議をした。社内でどのような意見があったのか。8月15日の特集記事はいったい何だ。
毎日新聞:戦後70年これまで・これから:新聞は「戦争」をどう報じたか
(その1) 戦意あおり暴走加担
http://mainichi.jp/shimen/news/20150815ddm010040025000c.html

(その2) 責任と教訓かみしめ
http://mainichi.jp/shimen/news/20150815ddm010040034000c.html

8月17日、東京本社から返事がきた。あきれかえって、反論する気にはなれない。

小浜賢児様
 毎日新聞東京本社愛読者センターです。西部本社に電話で問い合わせをいただ
いた意見広告について、広告局から回答がありましたので、以下、お伝えします。

 平素は毎日新聞をご愛読いただき、誠にありがとうございます。
 8月6日朝刊に掲載しました「国家基本問題研究所」の意見広告について、掲載
の理由を知りたいとのお問い合わせをいただきました。
 毎日新聞は広告掲載基準に則り掲載の可否を審査しております。当広告につい
てもこの基準に則った審査の結果、掲載可と判断した--というのが掲載理由で
す。以上、回答申し上げます。
 小浜様の今後益々のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。また、引き続き毎
日新聞をご愛読いただきますようお願い申し上げます。

北海道新聞労働組合「戦争と新聞」(径書房ー1984年)には、毎年11月1日(自衛隊記念日)に防衛庁からの「自衛隊PR広告」を掲載するかの議論が記録されている。
また、河北新報は「3・11」被災状況を報道するにあたって、言葉の検討までしているという、被災者に希望をもてる言葉を贈りたいと。

最近、メディアの論調がおかしすぎる。しかし、NHK批判をすれば事足りるという方があまりにも多い。社説と記事が一致しないのは当たり前。この新聞は何を読者に伝えたいのかわからない。この時期だから、憲法・国民生活の視点にたって報道すべきだ。もう、「政局」報道はやめてくれ。私が知りたいのは、国会でどのような法律を制定しようとしているのか、内閣はどのようなプランをもっているのか、それらが憲法・国民生活にどのような影響をあたえるのかだ。
TPP報道もいつも間にか、「年内妥結を」の論調。2年ぐらい前の論調とはちがう、「重要5品目は守れ」(私はこれにも賛成できないが)はすっかり忘れてしまった。
いい記事には称賛を、ひどい記事には抗議を、今からも続けていく。


【ご意見紹介】毎日新聞に送った抗議のメール

「「論点明示報道」の重要性」(http://www.kenpou-media.jp/?p=2184)に全く同感です。私は毎日新聞、南日本新聞を購読しています。毎日新聞の報道のひどさ、「なぜ、NHKは国会中継をしなかったのか」という愛読者センターの記事、あまりにも無責任です。毎日新聞労組にも電話をしたのですが、ほとんど意見を聞かない態度にものすごく立腹し、こちらにメールを送りました。
この時期に毎日新聞を批判することは安倍首相の思うつぼですので、慎重に取り扱ってほしいのですが、毎日新聞には下記のメールを送りました。
今まで何回かメールを送りましたが、一度も返信はありません。今回はしっかりと説明をしてください。
上記の記事に腹が立つというか、それでも毎日新聞はジャーナリストかと疑いたくなる。
NHK国会中継は阿部さんが書かれたとおりかも知れない。しかし、どのテレビ局が他に報道してますか。もっといいたい。どの新聞社が「戦争法案」の本質をついた報道をしてますか。
6月2日5面「安保法案 衆院特別委審議 詳報」があります。「詳報」だということで期待して読んだのですが、どこが「詳報」ですか。質問した人をすべてをあげていないではないですか。これはNHK国会中継をしなかったことよりもっとあくどいです。NHK国会中継は質問したすべての人を放映します。時間の都合でリアルタイムで報道できなくても、深夜に録画を放映します。
「戦争法案」は単に「自衛隊が海外で戦争をする」だけではありません。1997年ガイドライン、その後の国民保護法制定などで、アメリカは日本を自由に使えることを政府間で確認し、戦争のさいに民間人も使役されることははっきりと書いてあります。各自治体は「住民保護計画」を作成しています。なぜ、この問題にふれないのですか。
法案の本質に迫らない、ましてや、質問した人を選んで記事にする、こんな日本の岐路にかかわることにこのような態度しかとれない毎日新聞はなさけない。
安倍首相と会食するメンバーのなかに「風知草」を書いている方もよく登場します。論調もずいぶん変わった気がします。
新聞の役割は政府から距離をおいて、国民視線から記事を書くことと考えていた私は「バカ」でした。「少年H」を思い出す、この2日でした。
良識があるなら、これぐらいの抗議にもこたえてほしい。それでなければ、安倍政権批判などできない。